第6話
オークのスタンピードを退けた一件は、瞬く間に領地中に広まった。
人々は、私のことを「辺境の聖女様」「守護天使様」と呼び、以前にも増して慕ってくれるようになった。
「いやぁ、まさかイライザ様にあのようなお力があったとは!」
「もはや『地味な令嬢』などと、口が裂けても言えませんな!」
領民たちの素直な賞賛はくすぐったいが、悪い気はしない。
本当の自分を受け入れてもらえる喜びを、私は今、噛み締めていた。
そして、私の隣には、当たり前のようにカイウス公爵の姿があった。
彼はあの日以来、私の工房に入り浸るようになった。
「ふむ、この魔力伝導率……ミスリル銀にオリハルコンを混ぜたのか?」
「ええ、少しだけ。安定性が格段に上がるんです。ほら、ここの回路を見てください。螺旋状にすることで、魔力のロスを最小限に……」
彼は私の説明に熱心に耳を傾け、時には的確な意見をくれることもあった。戦場で数多の魔道具を見てきた彼の視点は、私にとって新鮮で、刺激的だった。
二人で熱く語り合う時間は、何物にも代えがたいほどに充実していた。
氷の仮面はとうに剥がれ落ち、彼の瞳には私にだけ向けられる優しい光が宿っていた。
その熱のこもった視線を受けるたびに、私の心臓はトクン、と甘い音を立てる。
この穏やかな日々が、ずっと続けばいいのに。
そう、願い始めていた。
だが、そんな平穏は、王都から届けられた一通の書状によって、無残にも打ち砕かれることになる。
鷲の紋章が刻まれた封蝋。それは、王家からの正式な召喚状だった。
「――国境付近で、大規模な魔物のスタンピードが発生。前線が崩壊寸前であり、至急、魔道具職人『エインズ』は王都へ出頭し、王国の危機を救うべし」
父が読み上げる文面に、工房の空気が凍りついた。
「な……! なんという身勝手な!」
父が怒りに声を震わせる。
「婚約を破棄し、イライザを辺境に追いやったのは向こうだというのに、今さら助けを求めるとは!」
「おそらく、王都にいる『エインズ』信奉者の誰かが、例のポンプやオーク撃退の噂を聞きつけ、アルフォンス殿下の耳に入れたのでしょう」
カイウス公爵が冷静に分析する。
その通りだろう。私の正体は、もう隠しきれない段階に来ている。
(アルフォンス殿下……)
彼の顔を思い浮かべると、胸の奥にもやもやとした感情が渦巻く。
私を「地味で気の利かない女」と罵り、捨てた男。その彼が、今、私の力に頼ろうとしている。
「……行きますわ」
「イライザ!?」
私の決意に、父とカイウスが驚きの声を上げた。
「これは、ベルクシュタイン辺境伯家の義務です。この国の民が危機に瀕しているのなら、見過ごすわけにはいきません」
それは、貴族としての建前。
けれど、それだけではなかった。
(今こそ、見せつけてやるチャンスじゃない)
あなたが見捨てた女が、どれほどの価値を持っていたのか。
あなたの愚かな選択が、どれほど大きな損失だったのか。
それを、彼の目の前で、王国中の人間の前で、証明してやるのだ。
最高の形で「ざまぁ」を執行するために。
私の瞳に宿る強い光を見たカイウスは、何も言わずに静かに頷いた。
「……わかった。ならば、私も共に行こう」
「公爵閣下!?」
「君一人を、あの強欲な狼たちの巣窟へ送るわけにはいかない。それに、これは私の戦いでもある」
彼は私の手を取り、その力強い瞳で、まっすぐに私を見つめた。
「君の才能も、その心も、すべては私のものだ。アルフォンスごときに、指一本触れさせるものか」
その言葉は、まるで所有権を主張するような、独占欲に満ちた響きだった。
だが、不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ、彼の力強い腕に守られることに、どうしようもないほどの安心感を覚えていた。
こうして、私とカイウスは、王都へと向かうことになった。
それは、過去との決別と、新たな未来を掴むための、戦いの始まりだった。




