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転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第1章 絶望の食卓に、一条の光(パン)
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第6話 パンの目覚めと大号令

 バルデュス辺境伯領・ロンベルグ城。


 石造りの広間に、軍旗と大剣を背にした男が腰を下ろしていた。


 ロンベルグ・フォン・バルデュス。威厳ある顔に、分厚い腕。戦場を幾度も駆け抜けた老練の武人にして、辺境伯家の当主。


 彼の前に、一枚の報告書が差し出される。


「……クレマン領で、最近“奇跡のパン”なるものが流行しているとか」


「奇跡の……パン?」


 眉をひとつ上げたロンベルグは、報告書を手に取ると無造作に目を通す。


「領内の幾つかの村で話題になっております。噂によれば“柔らかく香ばしいパン”で、子どもから兵士まで好評とか」


「ほう……。確かクレマン領は小麦の産地だったな」


「はい。そして、今回の件は子爵の息子――アルフォンス殿が発案し、料理長と共に領内の村へ製法を広めていると」


 ロンベルグの表情に、わずかな興味の色が差す。


 エドガーの息子が、パンを焼いて領地を動かしている――それだけで十分に異例だった。


「うまいだけではなく、兵の胃にも優しく、疲労が軽減されるという声も……」


「……ふん。面白い。よかろう、そのパンとやら、実際に取り寄せてみよ」


「はっ。すぐにクレマン家へ要請を」


「それと……エドガーには来たる会合の前に、立ち寄らせろ」


 ロンベルグの瞳がわずかに鋭くなった。


「“兵糧”を侮る将は、戦に勝てん。ならば、パンが兵を動かすのなら――その技こそ、戦略となる」





 「……辺境伯閣下からの指名要請、か」


 父さん――エドガーが執務室で書状を手に、小さくため息をついていた。


 それは、ただの視察ではなかった。正式な呼び出しであり、名指しでの謁見指示。


「で、パンを持参せよと……はあ……これは、面倒なことになってきたな」


 父さんはそう言いながらも、手際よく出立の準備を始めていた。


 書状を覗き込んだボクは、苦笑をこぼす。


「ボクのパンが、そんなに偉い人のところまで届くとはね」


 「アル様」と呼びかけたのは、執務室に控えていた家令のカール。


「こちら、ガストン殿に用意していただいた保存箱です。熱が逃げないよう魔道布を二重にしてあります」


「助かるよ。さすがカール」


 温度保持に加えて、湿気や香りを逃がさない細工も施してある特製の木箱。ガストンが厨房で焼きあげた、香ばしく艶のあるパンが三つ、丁寧に詰められていた。


 そして、その横には、ボクが記した製法の概要メモ。


 もちろん“夢で見た”という記述は、全部削除済みだ。


「坊ちゃん、今回は本当に広がりますぞ。辺境伯領全域となれば、領地の枠では収まらなくなります」


 ガストンの顔には、どこか誇らしげな色があった。


「うん。責任、大きいね。でも楽しみでもある」





 数日後、ロンベルグ城の執務室。


 木箱の蓋を開けると、ふわりと立ちのぼる香ばしい香り。


 ロンベルグは黙って一切れをちぎり、口へ運んだ。


 パリッという皮の音。歯が沈むと同時に、柔らかくふわりとほどける食感。


 そして、じわりと広がる小麦の甘み。


「……ふむ」


 無言のまま、二口目。


 兵士たちの視線が静かに注がれる中、ロンベルグはようやく言葉を漏らす。


「これは……うまいな」


 執務官が、ほっと安堵の息を吐く。


「保存が利いて、兵にも喜ばれ、胃にも負担がない。なにより士気が上がるとくれば……」


 ロンベルグは、重々しい声で命じた。


「このパン、辺境伯領全域に広めよ。各領地へ製法を伝え、糧秣としての採用を検討せよ。エドガーにはその料理長に指導任務を与えるよう伝えよ。すぐに動け」


「はっ!」


「それと……あの小僧、アルフォンスとかいったか。ふっ……五歳で、ここまでのものとはな。どこまで計算してやったものか......」


 その口元に、微かに笑みが浮かんだ。


「武ではなく、食で領地を動かすか。なかなか面白い」





 クレマン子爵家に戻ってきた父さんは、開口一番ぼやいた。


「パンの話をしただけなのに、“各地への伝達指導を”だと……。エドガー、頼むぞ、と言われて、断れるわけもない……」


「つまり、ガストンの出番ってことだね」


「坊ちゃん、冗談ではありませんぞ……これはもう戦場です」


 ガストンは苦笑しつつも、すでに厨房では指導要項の整理を始めていた。


「パンを焼いてるだけで、なんで戦地みたいなことになってるんだろうね……」


 ボクも思わず笑ってしまったが――その笑いは、少しだけ誇らしかった。



 


 夜、書き物机に置かれた地図をぼんやりと眺めていた。


 麦畑の向こう、村の灯、さらにその先――ボクの知らない土地がいくつも広がっている。


「ガストン」


「はい、坊ちゃん」


「このパンが“当たり前”になるには……どこまで行けばいいんだろうね」


 ガストンは、少し黙ってから答えた。


「それは、どこまで焼く気がおありかによりますな」


「なら……世界の端まで、焼いてやるよ」


 窓を開けると、冷たい風の中に、小麦と薪の香りが混じっていた。


 クレマン子爵家の厨房は、まだ灯りが消えていない。



 パンを焼く音が、かすかに聞こえていた。

いかがでしたでしょうか?

こちらで一応、第1章完結です。


前に書いたもののリビルドなので1章はサクッと済みましたが、第2章はプロットすら練ってないので、これから考えます笑


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