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転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第1章 絶望の食卓に、一条の光(パン)
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第5話:広がる奇跡のパン

 クレマン子爵家から南へ馬車で半日ほど。なだらかな麦畑の丘を越えた先に、その村はあった。


 大きな水車と、小さな市場があるだけの、素朴で静かな村。でも、この領地では比較的人が多く、職人や商人も住む、地域の中心的な場所だ。


 今日は、そこにあるパン屋で“試み”を行うことになっていた。


 もちろん、勝手に押しかけたわけじゃない。


 まずボクは、ガストンと一緒に村長のもとを訪れた。


「そのような新しいパンが、坊……いえ、アルフォンス様の指導で、クレマン家の厨房にて……?」


 初老の村長は、驚きと戸惑いを混ぜた声でそう言った。


「うん。僕の言うことをそのまま信じなくてもいいけど、ガストンが焼いたパンを見れば、きっと納得してもらえると思うよ」


「ふむ……では、村のパン屋をお使いいただいて構いません。トラヴィスの店なら、設備も人手も揃っておりますので」


「ありがとう。じゃあ、さっそく――」


「……くれぐれも、お身体に気をつけて。長旅の疲れが出ぬように……」


 うん、そういう扱いをされるのにも、少し慣れてきた。


 ボクは領主の息子。クレマン家の跡継ぎ。だからこそ、言葉も振る舞いも丁寧にされる。


 でも、それでもやっぱり、パンを焼くのは“みんな”の手であってほしいと思うんだ。





 村のパン屋〈麦の環〉は、煙突からうっすらと白い煙を上げていた。


 石造りの大きな窯、粉まみれの作業台、そして口数の少なそうな店主――トラヴィス。


「こ、子爵家のご子息が……厨房へ……? お、おそれ多い……!」


「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。今日は、パンの“試し焼き”をお願いしに来ただけだから」


 ボクは、厨房に持ち込んだ小麦粉の袋と、配合をメモした紙を差し出す。


「火加減、捏ね、発酵。それだけで、パンは驚くほど変わるんだ。やってみよう、ガストン」


「はっ。では、まずはお手本から参りましょう」





 ガストンの動きに、村の職人たちが目を見開く。


 水の量、捏ねる手つき、温度の調整。ひとつひとつの所作が丁寧で、余計な力がない。


 そして窯へ入れる直前、表面にひと塗りのバター。


「おいおい、焼く前に油を……?」


「香ばしく焼きあげるためだよ。火加減も大事だけど、蒸気と艶が味に関わるんだ」


 もちろん“前世の知識”とは言えない。いつものように、夢で見たと言っておく。


 ガストンももう慣れたもので、深くは追及しない。



 


 焼きあがったパンを一口食べた瞬間、村の職人たちは目を見開いた。


「……これは、本当にパンですか?」


「うん。“本当のパン”だよ」


 トラヴィスは、何も言わずに二口、三口と口に運び、やがて深いため息を漏らした。


「……信じられねえ……あの粉と水で、こんなに……」


「やってみれば、できるよ」


「でも、こんな細かい調整、俺たちには……」


「大丈夫。練習すれば、できるようになるよ」





 その日から、ガストンの指導が始まった。


「捏ね方が荒い。生地を潰してどうする!」


「指先じゃなく、手のひら全体で! そうそう、包み込むように!」


「火加減は強ければいいってもんじゃない。香ばしさを引き出すには“待つ”ことも大事です!」


 普段は寡黙な村の職人たちも、最初こそ戸惑っていたけれど――


 焼き上がったパンの出来に、自分の手で触れ、香りを嗅ぎ、食べてみた瞬間――その目が変わった。


「……こんなパンが、自分の窯で焼けるなんて……」


「うちのじいちゃんの代から、パンは“硬いほど偉い”って言ってたけど……あれ、嘘だったのか……」


 そうだよ。美味しくないことに、理由なんかいらないんだ。


 「変えたい」って思ったその瞬間から、誰でも変われる。


 ボクはそのことを、ずっと伝えたかった。





 数日後。


 〈麦の環〉の店先には、新しく焼きあがったパンが並べられていた。


 見た目は変わらない。けれど、香りがまるで違う。ほんのりと甘く、皮はパリッと。まるで誰かが魔法をかけたようなパンだった。


「……お? いつもと違うな、このパン」


「なんか、柔らかくて甘い? いや、香ばしい?」


 最初は戸惑っていた村人たちが、ひとつ、またひとつとパンを買っていく。


 そして、少しずつ、でも確実に、その評判が広がっていった。



 


「やったね」


「ふふ……焼きあがったのはパンですが、わしの心もまた、焼き直されたようです」


「またうまいこと言うね」


 ボクは笑いながら、村の広場を見渡す。


 ここから広がっていく。村から村へ、町へ、国へ。


 焼き立てのパンの香りと一緒に、ボクの“ちいさな革命”が。





 夜、クレマン家の厨房を覗くと、ガストンが新しいレシピ帳を前にして呟いた。


「……次は、保存方法、か。村だと日持ちも大事になる……うーむ......」



 伝えるって、簡単じゃない。けれど、ボクとガストンなら、きっとやれる。


 “本物のパン”が、この領地の“当たり前”になる日も、そう遠くないかもね。


 香ばしい余韻を胸に、ボクはそっと笑った。


いかがでしたでしょうか?


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