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転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第1章 絶望の食卓に、一条の光(パン)
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第4話:変わりゆく食卓

 朝の食卓が、前よりもずっと明るくなった気がする。


 食器の配置も料理の見た目も、以前とそれほど変わったわけじゃない。けれど、父さんと母さんの顔が、どこか柔らかくなっていた。


 それがなにより嬉しかった。


「このパン、昨日よりさらに香ばしいわね。焼き加減、変えたの?」


 母さんがにっこりと笑いながら、パンをちぎって口に運んだ。


「うん。ちょっとだけ温度を調整してみたんだ。表面にバターも塗ってるから、香りも強くなってるはずだよ」


「ええ、そうね、なんだかほんのり甘い気がするわ」


 母さんの感想はいつも素直だ。料理を作る側として、これほどありがたい評価はない。


 父さんはと言えば――やっぱり無言。


 けれど、噛む回数が明らかに増えている。それは“味わってる”という証拠だ。


 ちょっと前までの父さんは、食事は「栄養の補給」でしかなかった。味なんて二の次、黙々と流し込むだけ。それが今は、一口ごとに確かめるように咀嚼している。


 いい傾向だ。


 言葉にしなくても、ちゃんと伝わってるって、こういうことだと思う。





「アル坊っちゃん、今日も朝から厨房ですか」


 厨房に入ると、料理人のひとりがもう自然に挨拶してきた。


 最初は不審そうに見られていたけれど、最近はもう完全に「いつもの光景」になっている。


 厨房の空気も変わった。


 以前は淡々と作業をこなすだけだった料理人たちが、今はそれぞれの作業に熱が入っている。パンだけじゃない。野菜の下処理やスープの味も、少しずつ工夫され始めている。


「これは、昨日の分より水分量を増やしてみた生地だよ。柔らかさがどう変わるか見てみよう」


「なるほど……見た目にも、艶が出ておりますな」


 ガストン料理長も、今では試作のたびに目を輝かせるようになった。


 最初の頃の「また何か始めるつもりか」って顔が懐かしいくらいだ。


「ガストンの包丁さばき、ちょっと変わったよね」


「おや、気づかれましたか。どうせやるなら、切り口も美しく、と思いましてな」


「うんうん、それ大事。見た目だけじゃなく、食感も変わるから」


「……坊っちゃん、最初は正直“お遊び”だと思っておりましたが……最近は、わしのほうが学ばせてもらっているような気がしますよ」


「それ、お世辞じゃないなら嬉しいな」


 厨房の片隅で、料理人たちがくすくす笑っている。雰囲気まで、ほんの少しずつ柔らかくなってきた。


 パン一つで、ここまで変わるとはね。





 その夜の食卓では、さらにちょっとした変化があった。


「ソフィア、今夜のスープ……味が良くなったと思わないか?」


「うん、思った。野菜の香りが立ってて、なんだか優しい味」


「ガストンが煮込み時間を調整したらしいよ。あとは、香草も変えたって」


 父さんと母さんが、自分から食事の感想を言ってくるようになった。


 この世界では、食事は貴族の“義務”だった。栄養を取り、場を整えるための形式。味に対する興味や感想なんて、あまり重要じゃない。


 けれど、今は違う。


 口に入れて、噛んで、考える。語る。


 当たり前のようで、ずっとなかった当たり前。


「アル、厨房で何をしてるのかと思ってたけど……最近のご飯、楽しみになってきたわ」


「それならよかった!」


 母さんの言葉に、思わず笑みがこぼれる。


「おまえがやってること、最初は理解できなかった。だが……悪くないな」


 父さんなりの、最大級の賛辞だ。





 「ガストン、今日のパン、焼きのタイミングが完璧だったね」


「ええ、あれは坊っちゃんの指示通り、秒単位で確認しましたからな。いやはや……料理というものが、ここまで緻密であるとは」


「でも、それが全部正解じゃないんだよね。次に試してみたいのは、蒸気を使う方法なんだけど……」


「蒸気、ですか……?」


「うん。焼く前に、水を入れたトレイを窯の中に入れる。そうすると、表面が乾くのを防げて、もっとふっくら焼けるらしいよ。夢で見たんだ」


「夢……」


「すごい夢だったんだ。神様がパンを蒸してた」


「……もはや夢なのか幻覚なのか……」


「うーん、啓示かな」


 ガストンは苦笑しながらも、もう驚かなくなっていた。


 パンが美味しくなれば、理由なんてなんでもいい。





 少しずつ、でも確実に。


 ボクの“ちいさな革命”は、この家の中に浸透し始めている。


 食卓が明るくなり、家族の会話が増え、料理人たちが笑いながら仕事をするようになった。


 ガストンは、今やボクの最初の仲間であり、最大の助っ人だ。


 料理のことなら何でも任せられるし、何より――彼はもう、ボクを「子供」じゃなく「仲間」として見てくれている。


 それが、何より誇らしかった。


「ねえガストン、このパン……領民にも食べさせてあげたいと思わない?」


「……領民に、ですか」


「うん。せっかくの小麦の名産地だよ。僕らだけで美味しくしてるなんて、もったいないじゃん」


 ガストンは、しばらく黙って考え込んでいたが、やがて――


「……悪くない、かもしれませんな」


 と、静かに頷いた。




 ボクはふと窓の外を見る。


 広がる麦畑。その先に続く村々の風景。


 次は、あそこだ。


「クレマン家のパンを、領民に――だね」


 にやりと笑ったその瞬間、また一つ、パンの香りが広がった。


いかがでしたでしょうか?


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