番外編②:サンドイッチ革命、はじまる!
朝の光が差し込む厨房に、焼きたてのパンの香ばしい匂いがふわりと立ちこめていた。
ボクはすでに目を輝かせながら作業台に向かっている。まだ誰も来ていないこの時間帯は、自由に台所を使える特別な時間だ。
手元には昨日のうちにガストンが焼いておいてくれたパン。表面はカリッとしていて、ほんのりとした焼き色が美しい。指先で軽く押すと、ふわっと弾むような感触が伝わってくる。
「今日はね、パンに何かを挟むんだよ!」
勢いよく言ったボクの言葉に、いつの間にか背後に立っていたガストンが、びくりと肩を揺らした。
「……挟む?」
やや困惑気味の眉が、少しだけ上がる。
「そう、パンで“具”を挟むの! ただのパンじゃなくて、ボクが考えた“お昼ごはんの主役”になるパン料理!」
「パンを……主役に……」
まだ完全には理解できていないようだったけど、ガストンはボクの勢いに押されて、なんとか納得しようとしてくれているみたいだった。だけどまあ、口で説明しても限界がある。
「百聞は一見にしかず、ってことで、まずは作ってみるよ!」
そう言って、ボクはさっそく作業に取りかかった。
まずは具材の準備から。冷水に放ったレタスの葉を広げてパリッとさせる。水気をしっかり切ることで、挟んだときにべちゃっとならずに済む。野菜のしゃきしゃき感も大事な要素だ。
次に、薄くスライスしたロースト肉。これは昨晩の残りをうまく再利用する。フライパンで軽く火を通して、表面に香ばしい焼き色をつけると、ジュウッと音を立てて香りが立ちのぼる。
「この香り、いいですな……」
ガストンが思わず呟く。
「でしょ? 冷たいままでもいいけど、ちょっと焼くだけでぐっと美味しさが引き立つんだよ!」
次は卵。
固ゆでにしたゆで卵の殻をていねいに剥いて、包丁で刻んでからボウルに移す。そこへ、白っぽい自家製マヨネーズをスプーンでひとさじ加える。
「ちなみに、このマヨネーズも手作りだよ。材料は卵黄、油、酢、塩。これだけなんだけど――」
「……これはなかなか混ぜるのが難しそうですね」
ガストンが眉をひそめながら、ボウルの中を覗き込んだ。
「うん。だから、“気合い”と“リズム”が大事なんだ!」
ボクは小さな泡立て器を握りしめ、勢いよく混ぜ始めた。
「ほら、こんな感じ!」
腕がだるくなるくらい混ぜた頃、ようやく滑らかなマヨネーズが完成。
「坊っちゃん、まさか……これまでの仕込みも全部……」
「もちろん自分でやったよ!」
ガストンが驚いたように目を見開く。
「坊ちゃん、勉強にもなりますので、せめて料理人たちを使ってください」
「たしかに、次からそうするよ!」
そして、いよいよ仕上げ。
主役のパンを半分にスライスして、軽くトーストする。表面がこんがりと色づき、バターを塗るとじゅわっと染み込んでいく。その上にレタス、ロースト肉、卵サラダの順に具材を乗せ、最後にもう一枚のパンを重ねる。
「見て、これが……サンドイッチ!」
ボクは胸を張って、両手でそっと持ち上げて見せた。パンの間から、鮮やかな具材が層になってのぞいている。
「……これは、料理なのですか?」
しばらく無言で見つめていたガストンが、ようやくぽつりと呟いた。
「立派な料理だよ! パンの中に小さな世界が詰まってるんだ!」
「確かに……見た目にも楽しい……」
ガストンはまじまじと断面を見ながら頷く。
「まだ試作だけど、まずは誰かに食べてもらわなきゃ!」
ボクはキッチンから飛び出した。
次に向かうは、母さんの部屋。
トントン、と扉をノックして開けると、母さんは読書中だった。ちょうどいいタイミング。
「母さん、お昼ごはんに新しいのを持ってきたよ」
「まぁ……今日はパンだけじゃないのね」
「ううん、パン“が”主役なんだ!」
サンドイッチを手渡すと、母さんは目を丸くしながらそれを受け取った。
「ふふ、なんだかかわいい形ね。いただきます……」
一口かじった瞬間、目がぱっと見開かれる。
「……おいしい!」
「でしょ! 具とパンが喧嘩してないでしょ? むしろ手をつないで仲良しなんだ!」
「うふふ、仲良しなのね。あなたの表現、ほんと面白いわ」
頬に笑みを浮かべた母さんを見て、ボクも嬉しくなった。
次は、書斎にいる父さんのところへ。
机に向かって難しそうな書類を読んでいたけれど、サンドイッチを差し出すと黙って受け取り、ぱくっとひと口。
もぐもぐ。
……沈黙。
ごくりと飲み込んだあと、父さんがぽつり。
「……悪くないな」
ボクは思わず小さくガッツポーズ。父さんから“悪くない”が出たら、それは最高級の褒め言葉だって、ボクは知っている。
そして、厨房に戻ると、ガストンが待ち構えていた。
「坊っちゃん……わたくしにも、その……一つ、よろしいですか」
「もちろん!」
ボクはサンドイッチを一つ差し出す。ガストンは両手で丁寧に受け取り、慎重にひと口。
「んむ……なるほど……これは……携帯性にも優れている……!」
そう、そこなんだよ!
「そうなの! 外でも食べられるし、手も汚れにくい。しかも、美味しい! 革命なんだよ、これは!」
ガストンが噛みしめるようにうなずいた。
午後になると、ボクは厨房で追加のサンドイッチを作り、屋敷の使用人たちにも配って回った。
廊下を掃除しているメイド、重たい箱を運んでいる執事、庭で草を刈っていた職人さん――
「坊っちゃん、これは……?」
「お昼の新メニューだよ。食べてみて!」
最初はみんな戸惑っていたけれど、ひと口食べたら、顔がぱあっと明るくなった。
「坊っちゃん、これ……また食べたいです!」
「次はどんな具がいいかなー?」
「さっきの玉子も美味しかったけど、甘いのもいいかも……」
「それだ! ジャムとクリームでデザートサンドだね!」
ボクの頭の中に、次の試作案がどんどん浮かんできて止まらない。甘いのも、しょっぱいのも、何でもパンに挟んでみたい。お肉や魚、フルーツまで!
厨房に戻って、ひとりでにやにやしながらノートを開く。
ボクの“新作ノート”には、もういくつも案が書き込まれている。
夜。
ベッドに横たわりながら、今日のことを思い返す。家族も、ガストンも、使用人たちも……みんなが笑顔で食べてくれた。
それが何より嬉しかった。
ボクはノートにそっと書き記す。
──パンは焼くだけじゃない。何かを挟むことで、新しい顔を見せる。
──その形は、きっとどこへでも持っていける。
──そして、誰かと分け合える。
「サンドイッチ……パンのもう一つの革命だよ……」
つぶやいたそのとき、ボクのお腹がぐぅっと鳴った。
「うん、またやろう」
目を閉じながら、ふと考える。
今度は、フライパンで焼いたお肉を挟んでみようかな?
それとも、焼き野菜? クリームチーズとフルーツも合いそうだ。
想像が広がっていく中で、ボクは静かに眠りに落ちた。
読んでいただきありがとうございます!
1章終盤から直後くらい、ガストンが旅立つ前の番外編です。
きっとマヨネーズはこの世界では衝撃的だったに違いない。
おもしろかった、続きが気になる、と思ってくださった方はブックマークやコメント、リアクションや感想など頂けると励みになります!
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