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転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第4章 湯気の向こうに、新たな一杯
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第8話:開店前夜、仕込みの夜

 日は傾き、キットスの町に夕暮れの静けさが降りてきた。


 人通りが少なくなるころ、ラージスの店では、厨房の明かりだけが頼りなく灯っていた。


 仕込みが始まってから、もう何時間も経つ。


 


「スープ、三釜目も沸いてきたよ」


 ボクが火加減を見ながらそう声をかけると、奥で麺の玉を並べていたレイチェルが手を止めて振り返った。


「スープの香り、今日のがいちばんいいかも」


「うん。焦がし油も干し魚も、昨日より丁寧に出てる」


「じゃあ、麺の茹で時間も合わせないとね」


「そこ、大事」


 二人のやりとりが、いつしか厨房の“日常”になっていた。


 


 対してラージスはというと、ずっと無言で器の棚を見上げていた。


 背中はどっしりしているけれど、視線はどこか落ち着かない。


 


「器の配置、気になる?」


 ボクが問いかけると、ラージスはふっと鼻を鳴らした。


「気になるってほどじゃねぇ。……ただなぁ、坊ちゃん。明日から、いろんな顔が見に来ると思うとよ」


「緊張してる?」


「してねぇ」


「ふーん、してないんだ」


「……してるかもしれねぇ」


 


 レイチェルがくすっと笑った。


「おじいちゃんがそんな顔するなんて、珍しい」


「……おまえ、余計なこと言うな」


「言うよ。明日、わたしも店に立つんだから。心の準備、大事だし」


「立つなんていつ決まった」


「もう決めたの! だって、“ラー麺”って名前、わたしの発案だもん」



 にやりと笑うレイチェルに、ラージスは呆れたような顔を向けた。


 でも、何も言わなかった。


 


 夜が深くなると、厨房の空気も少しずつ引き締まっていった。


 麺は仕分けられ、スープは鍋ごと保温。器も磨かれ、湯を張った桶に準備されている。


 あとは、明日を迎えるだけ。


 


 そんなとき、入口の戸が、こんこんと軽く鳴った。


「開いてるよ」


 ボクが声をかけると、そっと扉が開く。


 入ってきたのは、あの男だった。


 


「おぉ、もうこんなにできあがってるとは」


「ガストンさん!」


 レイチェルが小さく叫ぶように声をあげる。


「ふふ、差し入れをな。焼き立てだぞ」


 彼が掲げた籠の中には、ふっくらとしたパンが並んでいた。


 


「まさか、焼きたてを持ってきたの?」


 ボクの問いかけにガストンは笑いながら言った。


「ええ。なんだか無性に焼きたい気分になったのです」


「ありがとう。でも……なんでここが?」


「“ここが面白そうだ”って直感でしてね。間違ってなかったようですね」

 


 ガストンが厨房の空気を一息吸い込んだ。


 干し魚と焦がし油、そして、出汁の香りが混ざり合う空気。

 それは、かつてのラージスの店とはまるで違っていた。

 


「……で、おまえは、どうなんだ」


 ガストンが、ラージスにだけ向けて言った。


「……なにがだよ」


「変わったろ。料理も、顔つきも」


「……うるせぇな」


「昔のままだったら、ここまで仕込みの香りに熱がなかったさ」


「……まぁ、な」


 


 ラージスがふっと息を吐いて、腰を下ろした。


 大鍋の前に、三人が腰を並べる。


 パンの香りとスープの香りが、同じ空間に並ぶ。


 


「坊ちゃん、明日はどうなさいますか? ご一緒に?」


「ううん、店には来るけど、手は出さないよ。明日はラージスとレイチェルの出番だから」


「……坊ちゃんらしい」


「フフ、ボクの仕事はここまでだよ」

 


 レイチェルが椀を重ねながら、ぽつりと言った。


「明日、たくさんの人が食べてくれるといいな」


「ああ。食って、驚いて、笑って……そんでまた来てくれるといい」


 


 ラージスの声は低く、でも確かだった。


 ボクは、その言葉を聞いて、帳面をそっと閉じた。


 


 厨房には、まだ微かに湯気が立っていた。


 静けさのなかに残る熱。それは火でも、鍋でもない。

 料理に込めた思いが、空気をあたためているのかもしれない。



 のれんが、静かに揺れていた。


 誰もいない店先で、明日の朝を待つように。


読んでいただきありがとうございます!


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