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転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第4章 湯気の向こうに、新たな一杯
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第7話:のれんに込めるもの

 朝の厨房には、昨日と違う静けさがあった。


 スープの香りは控えめ。麺を打つ音もしない。

 早朝の光が窓から差し込むだけで、道具たちもまだ眠っているようだった。



 ラージスは、長年使い込んだ包丁を研いでいた。

 ゆっくりと、石に刃を滑らせる音が、静けさの中で心地よく響いている。


 ボクは帳面を開いたまま、椅子に座って試作の記録を整理していた。



 ふいに、ラージスが声を発した。


「なぁ……これ、客に出すとして、なんて呼べばいいんだ?」

 


 その問いは、ずっと向き合わずにいたものだった。


 味は仕上がった。スープも麺も、“今の味”になった。


 けれど、それをどう伝えるか――そこまでは考えていなかった。

 


「料理の名前、確かにね」


「ああ。これ、いつもの煮込み麺とも違ぇし。けど……“新しい麺”なんて単純な名前ってのも流石にな」


 確かに、そのまま説明すれば通じなくもない。

 でも、それじゃ印象に残らない。



 ボクは、帳面を閉じて言った。


「料理って、味だけじゃなくて、“言葉”でも覚えるものだと思うんだよね」


「言葉、ねぇ」


「パンのときもそうだった。“奇跡のパン”って呼ばれたからこそ、みんなが興味を持ってくれた。味を伝える前に、言葉が人の心に入ると思うんだ」



 ラージスは包丁を拭きながら、ふんと鼻を鳴らした。


「俺は昔から、味だけで勝負してきたつもりだったがな」


「うん。でも、それで伝わるなら、今こうして悩まないはずじゃない?」



 少しの沈黙。

 ラージスの手が止まったまま、しばらく天井を仰ぐ。



「……確かにな」



 その一言に、ボクは肩の力が抜けた。


 名前をつけることに意味を見出してくれるとは思っていなかった。

 前の知識をもとにすれば、もちろんボクは適切な名前を伝えることはできるけど、それはやはりラージスたちが考えるべきだ。

 


 そこへ、レイチェルがやってきた。


「おじいちゃん、朝から真面目な話してる?」


「うるせぇ」


「ふふっ。ねえ、名前ってことでしょ? わたし、ちょっと思いついちゃったんだけど」

 


 ボクとラージスが揃って顔を向ける。


 レイチェルは頬を指でつつきながら、はにかんで言った。


「おじいちゃんの麺だから、“ラージスの麺”って言ったら、略して……“ラー麺”? ……へへ、なんかヘン?」



 ラージスは目をぱちくりさせて、口を半開きにした。


「……はぁ?」


「いや、ほら、略すのって最近の流行りだし。ちょっと可愛いかなって……」


「くだらねぇ……」


 

 でも、ラージスは否定するだけで、それ以上言わなかった。


 むしろ、その口元は、わずかにほころんでいる。



 ボクは思わず笑ってしまった。


 だってボクが頭の中で考えていた名前と同じだったから。


「でも、なんか妙に落ち着く響きだね。“ラーメン”……言いやすいし、覚えやすい」


「おぉい、まさか乗るんじゃねぇぞ、おまえまで」


「乗ってないよ。でも、言葉って不思議だなって」

 


 ラージスは腕を組んで、厨房ののれんを見上げた。


 そこには、変わらぬ店の名前。

 何年も同じように揺れてきた布切れが、今は少しだけ誇らしげに見えた。



「……のれんは、変えねぇぞ」


「もちろん。でも、料理の名前があるって、いいことだと思うよ」


「ふん。看板料理ってやつか」

 


 その言葉に、レイチェルが勢いよく頷いた。


「うん! ラージスの店の“ラー麺”! この響き、わたし好きだよ!」


「……誰がそんな呼び方を……」

 


 ラージスは呆れたように頭をかきながら、それでも顔を背けるように笑っていた。


 


 朝の仕込みが始まる。


 水が湧き、小麦が量られ、火が入る。


 厨房が再び、いつもの音を取り戻していく中――


 ボクは手元の帳面に、“ラーメン”という文字を静かに書き加えた。

 


 これが、新しい一品のはじまり。


 のれんの向こうに広がる、見知らぬ誰かのための。


 


「さあ、今日も打つか。昨日の感覚、まだ手に残ってるうちにな」


 ラージスが立ち上がり、粉袋を担ぎ上げる。


 その背中は、どこか軽やかだった。


読んでいただきありがとうございます!


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