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転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第4章 湯気の向こうに、新たな一杯
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第2話:頑固職人の冷たい一杯

 キットスの町は、クレマン領の南に位置する小さな宿場町だ。

 交易路の途中にあり、旅人や行商人の立ち寄りが多いこの町には、さまざまな店が立ち並んでいる。


 その一角に、少し目立たない木の看板が揺れていた。


「……ここ、かな」


 ボクは足を止めて、看板を見上げた。

 “ラージスの麺屋”と、古びた筆で書かれている。


 ガストンが言っていたとおり、昔からある伝統的な麺料理屋だ。


「中に入ってみよう」


 ボクは戸を押して中へ入った。


 ――がらん。


 鈴の音が鳴ったが、店内には客の姿はなく、少し古びた木のテーブルがいくつか並んでいる。

 湯気の残り香が漂っていたが、それも弱く、どこか活気に欠けていた。


「いらっしゃ――……おや?」


 奥から出てきたのは、年配の男性。

 がっしりした体格で、手には打ち粉の白さが残っている。きっと、ずっと厨房に立っていたのだろう。


「もしかして、ラージスさん?」


「……ああ。俺だが……えっと、あんたは……?」


「あ、ええと、クレマン子爵家から来ました。アルフォンスっていいます。ガストンから話、通ってませんか?」


 ボクがそう言うと、ラージスは「あっ」と小さく声をあげ、額の汗を袖でぬぐった。


「おう……あいつの言ってた坊ちゃんか。なるほどなるほど……失礼した、いや、失礼しました。まさか本当に来るとは思わなんだ」


「ふふ、言われ慣れてます」


 ラージスは照れたように鼻の下をこすりながら、ちらちらとボクの顔色をうかがった。


「おじいちゃん、なに緊張してんの? その人、ガストンさんの知り合いなんでしょ?」


 ぱたぱたと小走りで現れたのは、赤茶色の髪を後ろで結った女の子だった。

 まだ十代の後半くらいで、瞳の奥には強い好奇心が光っている。


「……孫のレイチェルです。手伝いは任せてるが、口のほうも達者でな」


「こんにちは、レイチェルさん。クレマン子爵家から来ましたアルフォンスと言います」


「こんにちは。……って、子爵家のご子息!? うわ、緊張するじゃんおじいちゃん!」


「おまえが言うな!」


 ラージスが叫ぶと、店内に微かに笑いが起きた。


 


「でた、せっかくだ、食っていくか? 今のメニューでよけりゃ、すぐに出せるが」


「ええ、ぜひ。味を見てみたいです」


 ラージスは厨房へ戻り、レイチェルもそれに続いた。

 しばらくして、香草の香りをまとった煮込み麺が出てきた。


 見た目はきれいに整っている。丁寧に切られた野菜、澄んだスープ。


 ボクはひと口すすって――思わず眉をひそめた。


「どうだ?」


 ラージスが腕を組んで問う。


「うーん……たぶん、ですけど。麺とスープが、仲良くしてない感じです」


「仲良く……?」


「それぞれは悪くないんだけど、合わさったときに、主張がぶつかってて。味の芯が定まらない、というか……」


 ラージスは黙ってスープをすくい、ひと口啜った。


「……そういうもんだろ。昔から、うちはこれでやってきたんだ」


 声は穏やかだったが、どこか棘がある。


「伝統の味には理由がある。奇をてらうより、守るほうがよっぽど大事だ。……坊ちゃんにはわからんかもしれんがな」


「でも、食べてて“気持ちよくない”んです。スープが強すぎて、麺が味を運んでくれない。これじゃ……」


「これじゃ、なにさ?」


 ラージスの視線が鋭くなる。


「……“また食べたい”とは思えない」


 ボクは正直にそう言った。

 一瞬、空気が凍ったように感じた。


 


 その沈黙を破ったのは、レイチェルのつぶやきだった。


「昔は、もっと色々と工夫してたのにね……」


 ぽつりと落ちたその声は、スープの湯気よりも静かに、でも確かに店の空気を揺らした。


 ラージスの眉がぴくりと動く。


「……レイチェル」


 低く名前を呼ぶその声に、彼女は少しだけ唇を噛み、視線をそらした。


「だって……本当じゃん。香草の種類も、スープの濃さも、その日の気温や湿度で変えてたでしょ? “毎日違うから面白い”って、おじいちゃんが言ってたの、覚えてるもん」


「それは……」


「でも、最近はずっと同じ。何年も。食べるたびに、なんとなく……がっかりするの」


 ラージスが何か言いかけて、言葉を飲み込む。

 拳を握ったまま、目を伏せるその姿には、怒りでも反論でもなく、ただ戸惑いが浮かんでいた。


 ボクは、静かに麺の器を見下ろした。


 伝統を守ることと、変わらないことは違う。

 変えることは、捨てることじゃない。


 ――パンのときと、同じだ。


「……ごめんなさい、おじいちゃん。言いすぎました」


 レイチェルがぽつりと謝った。


 けれどラージスはそれに返事をせず、ただ黙って厨房の奥へと引っ込んでいった。

 背中はどこか、寂しげだった。


 しん……とした空気が残された店に、レイチェルの小さなため息が響く。


「ごめんね……せっかく来てくれたのに、変な空気になっちゃって」


「ううん、気にしないで。……ボクも、言い方、少し強かったかも」


「おじいちゃん、頑固だから。でも……あの人、本当は変えるのが怖いだけなんだと思う」


 レイチェルがスープの器を片づけながら、ぽつりとこぼす。


「昔ね、“料理ってのは、お客の顔を思い浮かべて作るんだ”ってよく言ってたの。そういうの、今は言わなくなっちゃったけど」


「……それ、いい言葉だね」


「うん。でも、いまは“昔の味を守る”ばっかりで……なんか、食べてて嬉しくないの」


 ボクは少しだけ、笑った。


「じゃあ……その嬉しくない理由、もうちょっと探ってみようか」


「え?」


「できるかはわかんないけど。美味しくない理由がわかれば、美味しくできるかもしれない。……きっと、パンのときと同じように」


 レイチェルの瞳に、少しだけ光が戻った。


 それでも、厨房の奥からは、ラージスの足音も、声も聞こえなかった。


読んでいただきありがとうございます!


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