第1話:帰還と麺の不満
4章始まります。
屋敷の厨房で、ボクは首をひねっていた。
「……うーん、やっぱり、美味しくないなぁ、というか......ハッキリ言ってしまうと......マズい」
目の前には、料理人が用意してくれた“麺料理”が並んでいる。
塩気の強いスープに、妙にねっとりした麺。それに乾燥した野菜と固い豆が乗っていた。
「素材は悪くないはずなんだけど……組み合わせが、全部バラバラだ」
料理人のひとりが申し訳なさそうに言った。
「昔からある麺料理を参考にしたのですが……お口に合わなかったようで……」
「ううん、ごめんね。責めてるわけじゃないんだ。ただ……なんていうか、“美味しくない理由”がすごくはっきりしてるんだよ」
ボクはスープをひと口啜って、苦笑した。
麺がのびていて、塩が舌に刺さる。でも、後味は妙に薄い。具は硬いのに、味がない。
うん、これはダメだ。
「そもそも、この世界の麺って、食事として成立してない気がするな……」
誰にも聞こえないような、ごく小さな声で独りごちる。
小麦はある。水も塩も香草も、ちゃんとある。でも、それらを合わせて生まれるはずの“美味しい何か”、そして、"うまみ"が、どこにもない。
パンとスープは、なんとか改革できた。でも麺は、そもそも“料理”になっていない気がした。
「ボクが考える麺はね……もっと、こう……香りが立ってて、喉ごしが良くて、スープと一緒に食べると、口の中が幸せで満たされる、みたいな」
そう呟いた瞬間――厨房の扉が開いた。
「ほう、口の中が幸せとはまた……帰ってきた途端に聞くには、贅沢な話ですな」
「ガストン!」
扉の向こうに立っていたのは、長旅から戻ったガストンだった。
少し日焼けした顔、肩には薄く荷の跡。けれど、背筋はぴんと伸びていて、どこか誇らしげだった。
「帰ってきたんだね。旅、おつかれさま!」
「ありがとうございます、坊っちゃん。パンの指導も、ようやく一段落つきましてな。少しはクレマンの名に恥じぬ働きを見せることが出来たのではと思っております」
ガストンはそう言って、ボクの前に並んだ“麺料理”をちらりと見て、ひとつ眉を上げた。
「……これは、麺、ですか?」
「ボクがお願いして、試しに作ってもらったんだ。“次は麺だ”って思ってたから」
「なるほど、そういうことでしたか」
ガストンは歩み寄り、皿の上を覗き込む。
湯気の立ちのぼる煮込み麺に、眉をひそめた。
「……この香り……香草塩の煮込み麺、ですな。昔からある形ですが……こうして改めて見ると、見た目も香りも少々粗雑な気がしますな」
フォークを手に取り、慎重に麺をすくい、ひと口。
噛んだ瞬間、ガストンの表情が、わずかに曇る。
「……なるほど。これは確かに……噛んでいて迷いますな。味の芯がないというか、どこへ向かっているのか、見えない」
「でしょ? 麺とスープが別々で、まとまりがないんだ」
「ええ。これまでは“そういうもの”として疑いもせず作っておりましたが……奇跡のパンを知った後に、こうして改めて口にすると、たしかに感じるのです。噛み合ってないというか、チグハグ、という感覚を」
ガストンはスプーンでスープをすくいながら、目を細めた。
「塩と香草、油、麺。それぞれが主張を重ねすぎて、調和を欠いておりますな。どれも材料としては馴染み深いのですし、伝統的な配合で作られておりますが……こうして合わせると、今となっては不思議と食が進みません」
「ボクが考える麺は、食べてて“気持ちいい”んだよ。香りも喉ごしも、味の移ろいも、全部が繋がってる」
「……まるで音楽のようですな」
「うん。パンのときと同じで、“ずっとこうだったから”って放っておかれてる。……それが、一番もったいないよね」
ガストンは苦笑しながらうなずいた。
「全くですな……パンも然り、今度は麺。坊っちゃんによって、今までの伝統の見直しが、またひとつ進むかもしれませぬ」
「でね、ちょうどよかったんだけど……ガストンの旅の話、聞かせてよ。パン以外にも、何か新しい発見とか――」
「実は、それでひとつ、坊っちゃんにご相談が」
ガストンが、珍しくまっすぐにボクを見てきた。
「キットスの町に、昔なじみの料理を出す職人がおりましてな。名をラージスと申します。腕は確かで、昔ながらの麺料理を作っていたのですが……今、どうにも苦戦しているそうで」
「苦戦?」
「パンとスープが評判になったことで、客がそちらに流れてしまったようでして。麺が“時代遅れ”だと、揶揄されておるそうです」
「それって……」
ボクは、目の前の麺料理を見下ろしてから、そっとスプーンを置いた。
「ボクに、何かできるかもしれないね」
パン、スープ――そして、麺。
まだ誰も美味しくできていないなら、やる価値がある。
「そのラージスさんの店、見に行ってみたいな」
そう言うと、ガストンは目を細めて、深く頭を下げた。
「ありがたく存じます、坊っちゃん。話を通しておきましょう」
ボクは一度だけ深呼吸して、ゆっくりと頷き、そして笑った。
「さあ、次の“革命”に行こうか」
その瞬間、まだ食べかけの皿からふわりと立ちのぼった湯気が、心なしか重く感じられた。
今はまだ、何もかもが鈍くて重たい味。でも、変えられる。変えてみせる。
その先に、新しい香りが――まだ見ぬ“美味しさ”が、待っている。
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