表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第3章 味なき地に、火をともす
24/35

第8話:心が動けば、味は変わる

 兵の食事に湯気が戻ってから、どれほど経っただろうか。

 最初は警戒と戸惑い、次に驚きと静かな反応。今はもう、誰も疑うような目をしていない。


 柔らかく香ばしいパンと、あたたかなスープ。

 たったそれだけのことが、兵たちの足取りや目線を変えていた。


「アルフォンス様、今日の塩加減、昨日よりやわらかですね」


 キエルが控えめに言った。


「根菜の甘味が出やすいので、少し引いています。味が丸くなるはずです」


 そう応じながら、器の湯気を見つめる。

 同じ一杯でも、味は日々変わる。変えているのは、鍋の中だけじゃない。

 向こう側で静かに膳を囲む兵たちの顔も、穏やかだった。


「なんだか最近、腹のもちが違う気がします」


「前より食ったあと、少し眠れるな」


 小さな感想が、交わされる。

 その一言一言に、ボクは確かな手応えを感じていた。





 夕方。

 父上とともに、ボクはロンベルグ閣下の前に立った。


 定例報告の場とはいえ、今回は特別な意味を持つ。

 厨房改革――軍の根幹にかかわる問題への取り組みに、閣下がどんな判断を下すのか。


 執務室の空気は、ひとつの声を待つように張り詰めていた。


「……報告を」


 低く、だが明確に発せられた言葉。

 ボクは父上に一礼し、歩み出る。


「行軍時も含めた温食の提供と、それに伴う調整についてご報告いたします。再加熱器具を導入し、補給班との連携のもと、対象は兵全体に拡大済みです」


 閣下は、腕を組んだまま動かない。

 その沈黙が、逆にすべてを見通していることを語っているようだった。


「兵からの反応は?」


「……最初は警戒もありましたが、現在は“ありがたい”“楽しみだ”という声も出ております。食後の疲労感や体調不良の報告も、明らかに減少傾向です」


「味に満足しているのか」


「“おいしい”というより、“やさしい”“落ち着く”といった声が多いようです。必要だったのは、刺激ではなく安心だったと……ボクはそう考えています」


 閣下の視線が、ほんの少しだけ深くなった。

 鋭さのなかに、測るような重みが宿る。


「兵の胃袋は、戦の根だ。……だが、それはただの燃料ではないのかもしれん」


 閣下はゆっくりと椅子に凭れた。

 その言葉は、結論ではなく、自らへの問いのようだった。


 そして。


「アルフォンス。お前の働き、しかと見届けた。……今はまだ、すべてを変えるには早い。だが、続けてみよう」


「はっ。御意にございます」


 その評価が、どれほど重みのあるものか――ボクには、痛いほど伝わっていた。





 翌朝、ボクはルミナ様の部屋へ向かった。

 

 彼女の偏食について相談を受けたのは、もうだいぶ前のように感じられた。


 今日は閣下自身が、その“経過”を見に来られると聞き、慎重に献立を整えた。


 選んだのは“白い森”。

 白根菜を薄く削ぎ、ふんわりと重ねて雪のように盛りつけ、中央に淡い果実のピューレをひと匙添えた。


 控えめな香りと色合い。主張しすぎない温度と甘味。

 ルミナ様にとって、少し先へ進むための、穏やかな一皿だ。


「今日は、森に初雪が降った日をイメージしました。ひんやりした空気の中に、やさしい甘さを、ほんの少しだけ」


 ボクの言葉に、ルミナ様は目を細めて皿を覗き込み、やがてスプーンを取られた。

 その手に、もはや迷いはなかった。


 一匙をすくい、静かに口に運ぶ。


「……ふわふわしてる。やさしい味。……こわくないよ」


 小さく微笑まれたその横顔を、そっと見守っていた。

 そして、その様子を確認するように、部屋の奥で気配が動いた。



「ふむ……たしかに、変わっているな」


 低く落ち着いた声。

 ロンベルグ閣下が、扉の外から様子を見ておられた。


「閣下。今朝は、お時間をいただきありがとうございます」


「礼を言うのは、こちらの方だ。アルフォンス。ここまで進めるとは思っていなかった」


 視線はルミナ様へ。だが、あくまで言葉はボクに向けられていた。

 依頼されたのは“偏食の改善”。

 それは、ただ食べさせることではなく、“口にしたいと思わせること”だ。


「彼女は、もう“食べること”を怖れていません。今日の皿も、恐怖ではなく関心のもとで選ばれたものです」


「……なるほどな。言葉より、皿が語っている」


 ロンベルグ閣下はわずかにうなずき、娘の皿へ視線を落とした。

 そして、ルミナ様がふとボクの方を向いて言った。


「アルの考えたごはん、すきよ。たべると、やさしいきもちになるの」


「ありがとうございます。ルミナ様にそう言っていただけるのが、何よりです」



 ルミナ様は、スプーンを器の縁に置いて、少し考えるような顔になった。

 そして、まっすぐな声で言った。



「じゃあ、アルをルミナのお婿さんにしてあげてもいいかなって思うの」



 時が止まる。

 そして――静寂。


 侍女が器を落としかけて慌てて受け止め、ボクは反射的にロンベルグ閣下の方を見た。


「……ルミナ?」


 その一言に、閣下は眉をひそめる。


「だって、アルのごはん、ずっとたべたい。だから……お婿さんにしたら、ずっとつくってくれるでしょ?」


 無邪気な問いだった。けれど、問いにしては破壊力が強すぎた。


 ロンベルグ閣下は口を開きかけ、何も言わず、やがて顔を手で覆った。


「……アルフォンス。貴様まさか、ここまでとは……」


 そのまま踵を返すと、黙って部屋を去っていかれた。

 その背中からは威厳も剛直さも消えていて、ただひたすら混乱と困惑が滲んでいた。





 ルミナ様は残った“白い森”を、静かに口へ運ばれていた。


「ねえ、アル。ルミナのすきなもの、また、つくってくれる?」


「……ええ。もちろん。機会があれば、また」


 自然な口調で、そう返せたのは、もう彼女に対する“恐れ”がなかったからかもしれない。


 彼女の心にも、兵たちの心にも、ボクの一匙は届いていた。

 変化は、起こすものではなく、重ねるもの。


 刻まれた一皿一皿が、確かにそれを証明していた。

いかがでしたでしょうか?

これにて3章完結です。

結構悩んで何度も修正しました......。


4章はプロットまでは出来てるので、ちょっとずつ書いていきます、しばしお待ちを。


ブックマーク、評価、コメント、感想など励みになります。

いただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ