表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第3章 味なき地に、火をともす
23/35

第7話:その一口が届くまで

 日々の献立が少しずつ変化していく中で、厨房の空気もまた、わずかずつ変わり始めていた。


 大きな音もない。派手な盛りつけもない。

 それでも、温かな湯気とささやかな香りが、石造りの空間にゆるやかな色を灯していた。


「今日のスープの仕上がり、昨日より少し塩が軽いかもしれません」


 キエルが味見を終えて、控えめに声をかけてくる。

 ボクはひと口、鍋からすくって確認した。


「たしかに……でも、今日の根菜の甘味が強いから、これくらいの塩加減でちょうど良いと思いますよ」


「なるほど......。はい。ではこのまま仕上げますね」


 キエルはすぐに火加減――いや、熱板の調整に戻った。

 加熱に火を使わないこの装置にも、厨房の面々はすっかり慣れてきている。





 午後の配膳。

 配られた器を手にした兵たちは、もう以前のように“疑う目”を向けることはなかった。


「今日のスープ、昨日より少しとろみがあるな」

「柔らかいパン、もう慣れてきました。腹持ちも悪くないですし」


 それぞれが、ごく自然に“違い”を受け止めている。

 それが何よりも嬉しかった。


 ある兵士が、そっとこちらに視線を向けて言った。


「アルフォンス様、こうして食事が変わっていくのを見るのが、最近の楽しみなんです。明日も、きっと少し違う気がして」


「それはよかった。少しずつですけれど、確実に前へ進んでいます。皆さんの身体に負担がなく、かつ心が軽くなるような食事を目指して」


 ボクの言葉に、その兵士は穏やかに頭を下げて、再びスープに向き直った。





 その夜、ルミナ様の私室を訪ねると、部屋には小さな灯がともっていた。

 机に向かって、ルミナ様は何かを書いているようだった。


「こんばんは、ルミナ様。今夜のお皿には、少し新しい試みを加えてみました」


 声をかけると、ルミナ様は筆を置き、そっとこちらを向いた。


 今夜の皿には、色味を抑えた根菜のスティックを、白い陶器の器に放射状に並べてある。

 その中央には、淡い黄色の果物を煮詰めてつくったピューレ状のものをひと匙。

 どこか陽だまりを思わせるような、やさしい見た目とごく控えめな香り。


「これは……今日のお話?」


「ええ。“風の丘”という名前をつけました。丘を越えた先に、ひとつだけ甘い果実が落ちている……そんな風景を、お皿の上に描いてみたのです」


「……絵みたい。綺麗ね」


 ルミナ様は、皿をじっと見つめた。

 手はまだ動かない。でも、拒絶の色はなかった。


「果物は……においが強いから、いつもはいや。でも、これは……あまりにおいがしない」


「そう感じていただけたのなら、調整は成功です。香りを閉じ込めて、刺激を抑えるよう工夫しました」


 ルミナ様は、小さなスプーンを手に取った。

 迷いながら、けれど真っ直ぐにピューレに触れる。

 そして、ほんの一匙だけ、唇に運ばれた。


「……甘い。でも、こわくない。やさしい甘さ」


 小さな声だった。でも、はっきりとした言葉だった。


 その表情には、ほんの少しだけ緊張が残っていたけれど――それ以上に、何かを“確認した”ような静かな安堵があった。


「無理に召し上がらなくて大丈夫ですよ。ただ、少しでも“きれい”だと、大丈夫だと感じていただけたなら……それだけで、今日は嬉しいです」


「……ちょっとだけ、こわくなかった」


「それなら、きっと明日はもう少しだけ遠くまで行けますね」


 ルミナ様は、器の縁にそっと指を添え、もう一口、スプーンを口へ運んだ。





 何かを口にするというのは、ただ身体を満たすことではない。

 五感を通じて、自分と世界との関係を確かめる行為だ。

 それがどれほど怖く、どれほど尊いことか――ボクは今、目の前で教わっている気がした。


 ひと皿に物語を。

 ひと匙に、やさしさと静けさを。



 ボクは、ルミナ様の小さな一歩に応えるために、また明日、道の続きを考える。


いかがでしたでしょうか?


ブックマーク、評価、コメント、感想など励みになります。

いただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ