第5話:お皿の上にある物語
ルミナ様が、色のついた野菜に手を伸ばした。
それだけのことが、これほどまでに心を震わせるなんて――自分でも、少し、驚いた。
ただし、その指先はほんのわずかに触れただけで、皿から持ち上げることはなかった。
それでも、拒絶ではない。興味が生まれた証。昨日まで一切口をつけようとしなかった食材に、彼女は目を向けた。
「これは、きれい……でも、ちょっとだけ、こわい」
小さく、けれど確かに、そうつぶやく。
その声に、ボクは否定の言葉を挟まなかった。無理強いは、ルミナ様にとって毒になる。
「こわいと感じるのは、大事なことだと思います。知らないものに触れるって、それだけで勇気が要りますから」
「……ボクも、はじめて見たときは、少しだけ怖かったですよ。でも、それが何かを知ったら、好きになれることもあります」
そう言って微笑むと、ルミナ様はスプーンを持ったまま、ほんの少しだけ頷いてくれた。
午後、厨房では新たな試みが始まっていた。
今回は兵用の携帯食を「見た目」にも配慮して整える、という提案を試す。
スープとパンだけでは、どうしても単調になる。
ならば、目で食べる工夫を――そう考えて、軍厨房の余剰野菜を使って彩りを加えることにした。
「彩り……ですかい?」
マルコさんが眉をひそめた。
「兵に見た目なんざ必要で?」
「必要です。……特に、長期駐屯や野営のときほど。心が荒れるときこそ、彩りは“意味”を持ちます」
マルコさんは黙ってボクを見つめたあと、手元の鍋の蓋を開けた。
昨日と同じスープの中に、人参を細く切って花形にあしらった根菜を浮かべてある。
「……こういうのでいいんですかい」
「はい。それで充分です」
マルコさんは、何も言わずにうなずいた。
武骨な厨房に、少しだけやわらかい空気が流れる。
その日の晩、ボクはまたルミナ様の部屋を訪れた。
今日は“物語”を皿の上にのせてみる。
ただ整えるだけではなく、食材に名前をつけ、並びに意味を持たせる。
ルミナ様の感性は、ただ“見た目の整い”に向いているのではなく、もっと深いところで何かを感じ取っている気がしていた。
「ルミナ様。今日のお皿は、森のお話です」
ボクが蓋を開けると、皿の上には緑と白の野菜が並べられていた。
森に見立てたパセリ。その間を通るように、じゃがいもの細切りが“道”を作っている。
「この道の先には、甘い木の実が落ちていた、というお話です。ここにあるのは……ほんの少しだけ、焼いた果実。甘味と香りを、閉じ込めてあります」
果実は、ごく薄く焼いた干し果。色は目立たないよう調整してある。香りも、控えめだ。
ルミナ様は皿を見つめたまま、すぐには動かなかった。
けれど、目を伏せることも、顔を背けることもなかった。
「これは……」
彼女の小さな声が、ふっと漏れる。
「……この“道”は、こっちに続いてるの?」
「ええ。でも、どこまで行くかは、ルミナ様の気持ち次第です」
「……ちょっとだけ、行ってみてもいい?」
「もちろんです」
ルミナ様は、じゃがいもの細切りを一つ、スプーンですくって口に運んだ。
咀嚼。小さな音。表情に出る緊張。
けれど、飲み込んだあと、彼女はそっと息を吐いて――静かに笑った。
「やわらかい。ちょっとだけ……甘い?」
「じゃがいもを、少しだけ煮詰めました。香りは控えめに、でも旨味が残るように」
「ふうん……」
ルミナ様は、森の中を進むように、今度はパセリをひとつまみ。
そのあとは、ごく少しだけ焼き果実の香りをかぐ。
そして、自分のペースでスープへ戻っていく。
無理はしていない。試している。確かめている。
その姿に、ボクは言葉を飲みこんだ。
お皿の上に、ただの“料理”を置くだけじゃ足りない。
時にそれは、安心であり、物語であり、“自分の居場所”でなければならない。
ルミナ様にとって、食卓はまだ戦場だ。
でもその中に、進むべき道を見つけられたなら――きっと、彼女は一歩ずつ進める。
食べるという行為が、“こわい”から“気になる”へ、そして“知りたい”に変わるように。
ボクは今日の皿を下げながら、もう次の森の地図を描きはじめていた。
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