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転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第3章 味なき地に、火をともす
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第1話:鉄の膳に灯を入れよ

3章始まります!

 冷えた黒肉と硬いパン。それに彩りだけは立派な根菜の煮しめが、銀の皿に整然と並べられていた。

 けれど、そこに湯気はなく、香りもない。


 これがバルデュス辺境伯家の晩餐――そう思うと、自然と背筋が伸びる。

 味気なく、温もりもなく、それでも格式は保たれている。

 それがこの地の常識であり、信念なのだと、冷え切った膳を前にして痛感した。


 そんな皿の端に、見慣れた白いパンがひときれだけ添えられていた。

 クレマン領で僕が広めた“奇跡のパン”と同じ製法のもの。

 辺境伯家の食卓にまで届き始めているのを見て、わずかに胸が熱くなる。


「……まだ、この地の者には馴染みが薄いようだな」


 重みのある声でそう言ったのは、もちろんロンベルグ辺境伯閣下だった。

 貫禄と威圧を帯びたその眼差しは、ただでさえ重苦しい空気を一層引き締める。


「閣下のご命令があってこそ、領内にも届き始めております。ありがたい限りです」


 父――エドガーが頭を下げながらそう応じた。

 父の言葉に、閣下は短くうなずいて、白パンに手を伸ばす。


「柔らかくはあるが、兵の口に合うかは別だな」


 パンを軽く割って口にしながら、そうぼそりと呟かれた。

 肉を咀嚼する音が石の広間に響くたび、この地の現実が痛いほど伝わってくる。


 味を楽しむ余地などない。ただ、栄養を摂る。生き抜く。それが食事だ。

 バルデュスとは、そういう地なのだ。


 やがて食後の酒が出されるころ、閣下が僕の方をまっすぐ見た。


「アルフォンス。昼に命じた件、速やかに着手せよ」


「承知いたしました、閣下」


 僕は椅子を少し引き、丁寧に頭を下げる。

 その隣で、父も黙って一礼していた。





 ――思い返せば、その数刻前。昼の謁見でのことだ。


 石の床と冷えた空気に満ちた広間。

 階段の中腹に立つロンベルグ閣下の姿は、まるで鋼で組まれた彫像のようだった。


「軍の食事について、改革を命じる。栄養だけでなく、士気を維持する内容に変えよ」


「はっ、謹んで拝命いたします」


 そう答えると、閣下は鋭くうなずいた。


「クレマンでの定食改革は聞いている。温かいものが兵の力を引き出すというなら、この地でも試す価値がある」


「必要な視察と試作の上で、現場に適した改善策をご用意いたします」


「よい。厨房の責任者にも通しておこう。命令があったと伝えよ」


 言葉は端的だが、そこには確かな信頼と期待が込められていた。

 それを感じられるだけの重さが、言葉の端々に滲んでいた。





 そして、晩餐の席は終わりに近づいていた。

 部屋には、重厚な静寂が広がっている。


 そんな中で、閣下がふと声を落とした。


「……アルフォンス。少し私的な話をしても構わんか?」


「はい、もちろんです。閣下」


「娘のことなのだがな。ルミナという。四つになるが……どうにも、偏食がひどくてな」


 昼の剛直な声音とは違う、ごくわずかに父親としての苦味が混じった響き。

 その変化に気づいたのは、僕だけではないはずだ。


「主に口にするのは、すり潰した白野菜のスープばかり。だがそれも見た目や匂いが気に入らぬと、皿に手をつけぬ」


 父が静かに補足する。


「先ほど少し様子を見ましたが、乳母の方たちも手を焼いているようでした」


「これは軍の件とは別だ。だが、何か策があるなら頼みたい。……見た目はか弱いが、芯は強い娘だ」


 閣下はそこで初めて、少しだけ顔を緩めたように見えた。


「よろしければ、様子を拝見しつつ、工夫させていただきます」


「頼む。これは命令ではない。私的な願いだ」


「承知いたしました、閣下」





 軍のための食。そして、一人の少女のための食。

 二つの課題は、方向こそ違えど、根は同じ場所にある。


 食とは、ただ命をつなぐだけのものではない。

 誰かの力になり、誰かの心を温めるためのものなのだ。


 僕は、それを伝えるためにここに来た。

 この無骨な地にも、小さな灯をともすために。


いかがでしたでしょうか?


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