表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第2章 煮え立つものは、想いか味か
14/35

第7話:密やかな報告

 日差しが傾き始めた頃、定食屋の前に見慣れない男が立っていた。

 旅人のような風体に、黒ずんだ外套。顔は半分、深く被った帽子の影に沈んでいる。


 男は何も頼まず、ただ外から店を見ていた。

 やがて客が数人入るのを見届けると、石畳の路地に姿を消した。





「……今日は“合わせ”がいつもより早くなくなったな」


 厨房でヨナスが言った。


「午前中に一度、街の噂話をしてる人を見かけたよ。“パンと汁の昼定が、今一番この街でうまい”って」


「……それを広めたのは誰だろうな」


「よく来るお客さんか、それとも商人か。もしかしたら、好奇心のある貴族かもね」


 ヨナスは肩をすくめた。


「目立つのは好きじゃねえが、客が増えるのは悪くねえ」


 そう言いながら、彼は火加減を整えた鍋の蓋をそっと開ける。


 香りがふわりと広がる。

 それはもう、かつての“塩湯”ではなく、何層もの味が重なった一杯だった。





 その夜、ひとりの使者が馬を駆って北へ向かった。

 身なりは地味だが、その足取りは慣れたもので、途中の宿にも寄らず馬を替えながら進む。


 数日後、ある地方領主の執務室に、その報告が届くこととなる。





「――クレマン領にて、新たな食を確認。街の定食屋にて、パンと組み合わせたスープ、温菜料理が広く支持されております」


 書状を受け取った男は、目を細める。


 ロンベルグ辺境伯。

 広大な北方を治める貴族であり、食の革新に密かな関心を寄せている人物だ。


「……また、エドガーのところの倅か」


 ロンベルグは「ふん」と鼻をならしつぶやいた。声には呆れと、ほんのわずかな期待が混じっていた。





 辺境伯の私室。

 窓辺に立つロンベルグは、書状をもう一度手に取りながら、執事に言う。


「この件、次の定期報告に含めよ。あまり大げさにせず、要点だけで構わぬ」


「は。承知いたしました」


「それと……エドガーには一言添えておけ。“件の食事改革に関し、詳細を知る人物があれば、同席を望む”とな」


「エドガー子爵の御子息を、とのことで?」


「はっきりと言葉にする必要はない。ただ少し、こちらら知っていると言うことを匂わせればよい」


 ロンベルグの声は低く、重かった。





 一方その頃、定食屋では仕込みが進んでいた。


「坊ちゃん、次はどんな具を考えてんだ?」


「根菜を一種類だけ増やしてみたい。甘みの層を足すと、口に残る余韻が変わる」


「なるほどな。なら火は弱めのまま長く煮るか」


「うん。焦げないように見てくれる?」


「任せとけ。火を見るのは俺の仕事だ」


 鍋の中で湯が揺れる。


 ヨナスとボク――スープという器の中で、違う素材が合わさって、互いの形を変えていく。

 それは、料理だけじゃなく、店も人も、すべて同じだった。


 



 翌日。

 厨房で湯気を浴びながら、ボクは帳面を開いてスープの仕上がりを記録する。


「塩分、昨日と同じ。具材も寸法通り。……でも、ちょっと味が違う気がする」


「昨日より、空気が冷えてるからな。火の通りも微妙に変わる」


「なるほど。じゃあ、火を少しだけ強くしよう」


 ヨナスが火口を調整しながら、笑った。


「坊ちゃん、なんでそんな細かい違いに気づけるんだ?」


「……神の啓示、かな」


「は?」


「冗談だよ」


 ヨナスが呆れたように笑う。

 でも、本当のことは言えなかった。どこまで行っても、ボクの知識は“この世界のもの”じゃないのだから。



 小さな店に、またひとつ客が入ってくる。


 パンとスープの香りは、確実に街に根を張り始めていた。


いかがでしたでしょうか?


ブックマーク、評価、コメント、感想など励みになります。

いただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ