表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生貴族の食卓革命!  作者: まるまめ珈琲
第2章 煮え立つものは、想いか味か
13/35

第6話:売れ残らない器

「今日も“合わせ”が一番先に売り切れたな」


 昼の片付けを終えたヨナスが、スープ鍋を洗いながら言った。

 “合わせ”とは、ボクとヨナスの共作スープ。魚の出汁と野菜の甘みを丁寧に重ね、最後に香草を浮かべた、あの一杯だ。


「じゃあ、明日はその鍋を一回り大きくしてみる?」


「ずいぶん調子に乗った話だ......けど、そうだな。鍋は大きくしてみるか」


 ヨナスは笑いながら、洗った鍋を布で丁寧に拭いた。

 この数日、彼の所作が少しずつ変わってきている。無駄が減り、手に迷いがなくなり、表情に張りが出た。





 街の声も変わってきていた。

 パンと一緒に食べられる“汁”がある店、として、噂が少しずつ広まりつつある。


「ここ、あの柔らかいパンと合うスープが出るんだって」


「なんか身体に染みるってさ。汁、だけど前と違うって」


 そんな言葉が、昼の店先から流れてくる。

 通りがかりの子どもが、スープの香りに引き寄せられて立ち止まる姿も見かけるようになった。





「このまま客が増えたら、人手が足りなくなるかもね」


 厨房でボクが言うと、ヨナスは腕を組んでしばらく考え込んだ。


「確かに。だが、誰でもいいってわけじゃねえ。うちのスープは“仕組み”で成り立ってる。下手に触られたら、味が狂う」


「仕込み担当だけ増やしてみる?」


「……いや、まずは俺の匙を、帳面に落とし込んでからだな」


「レシピ化?」


「お前の言い方だと、そうなるな」


 ヨナスはそう言って、鍋の蓋に手をかけた。





 それはちょうど、一週間が経った日のことだった。


 昼時の客入りは上々で、スープ定食は今日も早々に売り切れた。

 ボクはふと気づいたことをヨナスに告げる。


「今月に入って、“スープが売れ残った日”が一日もないよ」


「……本当か?」


「うん。正確には、スープを全部出し切った日が、連続して続いてる」


 ヨナスは目を細めた。


「“売れ残らない”ってのは、地味に見えて、一番強ぇんだ」


「でも、“売り切れすぎる”のも問題だよ。食べられなかった人が、次に来なくなるかもしれない」


「それもそうだな……よし、明日から仕込みを一割増やす。器の数も見直す」


「スープの温度管理もだね。混み始めたら時間がずれるから、味も変わる」


「わかった。分量と時間、改めて計り直す」


 こうして、店はまた一段階進むことになった。





 片付けを終えた後、ヨナスがぽつりと呟いた。


「昔、売れ残った鍋を一人で飲み干してたことがあったんだ」


「え?」


「客が少なくてな。せっかく作ったスープを捨てる気にはなれなくて、無理やり腹に入れてた。……苦かったよ。味はいつもと変わらないはずだったんだがな、なんだか不思議と」


「うん。わかるよ。作った人の気持ちって、味に乗るんだ」


「今、鍋を空にするのがこんなに気持ちいいとはな」


 ヨナスは鍋の内側をぬぐいながら、微笑んだ。


「坊ちゃんざ来てから、俺は“作る意味”をまた考えるようになったよ」


「それは嬉しいな。でも、ボクもだよ。ヨナスがいたから、ボクの知識が役に立ってる気がする」


「合わさるってのは、やっぱり力になるんだな」





 そして翌日。


 新しく用意した大きめの鍋が、火にかけられていた。


「この鍋が、売れ残らなければ、うちはもう大丈夫だな」


「そうだね。でも、売れ残ったっていいと思うよ」


「どうしてだ?」


「味を残せば、また調整できる。挑戦できる。それは、前に進んでるってこと」


「……確かに。売り切れるのが目的じゃねえ。喜ばれて、また来てもらうのが目的だ」


 ヨナスはうなずいて、火を調整する。


 鍋の中から、ふわっと湯気が立ち上った。



 売れ残らないことに喜びを感じるようになったこの定食屋に、今は確かにあたたかい風が吹いていた。


いかがでしたでしょうか?


ブックマーク、評価、コメント、感想など励みになります。

いただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ