第4話:三日続けて飲む味
定食屋の新しいスープは、特別な宣伝もなく、静かに広まりはじめていた。
それでも、三日続けて同じスープを頼む客が出たのは、店にとってもボクにとっても、意味のある出来事だった。
「また来たな、あの爺さん。三日連続で“白”だ」
昼下がりの厨房で、ヨナスがスープの鍋を見ながらぼそっと言った。
「そうなんだ。二日目に味を変えたけど、何も言わなかった?」
「うなずいてた。何も言わずにな」
「味が落ちたと思ったら、黙って帰るはずだから、たぶん……満足してる」
「なるほどな。坊ちゃん、ああいう無口な客を読むの、得意か?」
「まあね、好きだから。無口な人って、案外言葉以外にいっぱい教えてくれるんだ」
スプーンの置き方、器の動かし方、最後に飲み干す速さ――全部、味の感想みたいなものだ。
味は、続けて選ばれることによって初めて“信頼”に変わる。
一度では奇抜、二度で納得、三度でようやく“常連”になる。
その日の夜。片付けが終わったあと、ボクはヨナスに提案をした。
「明日、三日目に来るお客さんが、いつも通り“白”を頼んだら、少し変化を加えてみたい」
「変化?」
「最後の一杯だけ、香草を浮かべるんだ。前の味を邪魔しない程度に」
「……冒険だな」
「うん。でも、その一匙に気づいてくれたら、伝わるはず。“あなたの味覚を信じてる”って」
「変わったこと考えるな、坊ちゃん」
ヨナスは頭をかいて笑ったが、反対はしなかった。
その表情は、たぶんちょっとだけ、楽しみにしているようだった。
翌日。
件の老人は、また同じように昼すぎに来て、席に着いた。
「いらっしゃい。今日は“白”だな?」
ヨナスが訊ねると、老人は軽くうなずいた。
厨房の隅で見守っていたボクは、そっと細かく刻んだ香草をスープに浮かべた。
乾燥させていない、採れたての香り。派手ではないけれど、口に含めばすぐにわかるはず。
老人は黙って、スープをひと口。
次の瞬間――小さく目を見開いた。
けれど、そのまま何も言わず、すぐに二口目をすくった。
パンをちぎり、浸して、ゆっくり噛んで飲み込む。
その背筋が、ほんの少しだけ伸びていた。
器は、綺麗に空になっていた。
出ていく背中を見送りながら、ヨナスがぼそりと漏らす。
「……気づいたな」
「うん。でも言わなかった」
「言わねえ方が、ありがたみは増す」
「そうかも」
ボクは微笑んで、洗い場に目をやった。
「この店ってさ、いま、すごく静かだけど、ちゃんと変化してるよね」
「騒ぐのは最初だけだ。続くもんは、静かに広がる」
「三日続けて飲むって、きっとすごいことだよ」
「“また来たい”より、“また飲める”って思ってくれる方が、ありがてえな」
ヨナスが、まるで独り言のように言った。
その言葉が、妙に耳に残った。
夕方、ボクは厨房でスープを調整していた。
明日からはまた、少しずつ変えていくつもりだった。
ヨナスが鍋の前で腕を組みながら言う。
「坊ちゃん。“いつもの味”ってのは、作る方にも呪いみてえなもんだ」
「……どういうこと?」
「人間、一回うまくいった味があると、そればっかり守りたくなる。手も変えられねえ、材料も冒険できねえ。やがて“昨日と同じ”を作るためだけに動くようになる」
「それって、悪いことじゃないけど……成長は止まるかもね」
「そうだ。だから変える。少しずつ。気づかれるか気づかれねえかくらいの微差でな」
ヨナスの言葉は、どこか自分自身に言い聞かせているようだった。
そして、翌朝の厨房。
ヨナスが、棚から使いかけの香辛料袋を取り出して、火にかけた鍋に少量を加えた。
いつもの“白”のはずが、ふっと香りが変わる。
「……それは?」
「干したにんにくと、砕いた乾き茸。うちじゃあんまり使わなかったが、ちっと混ぜてみたくなった」
ボクは笑った。
「それって、三日続けて飲んだ結果だよね」
「どうだかな」
ヨナスは短く言って、鍋の蓋を閉じた。
蓋の内側で、また新しい“いつもの味”が生まれていた。
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