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隣の家の女神様  作者: 樟木
第1章
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8.いつか散るべき花-3

 そいつに構わず自動販売機のボタンを押し、落ちてきた小ぶりのペットボトルを取り出し口から拾う。


「新年度が始まってクラス替えがあったわけだけど、君は何組に配属されたのかな? ボクは相変わらず最前のクラスに振り分けられてしまったよ。つまりA組だね」


「……」


「そういえば例の視察の会議が昨日あったらしいね。明日から始動する予定なのは事前に告知があったけれど、まさか新学期早々に会議があるとは思わなかったよ。その連絡を見たのが今朝でね。申し訳ないとは思うけど許容してほしいな。ボクは携帯を持ち歩かない主義でね」


「…………」


「ボクは自分の時間を何よりも大切にしているからね。だけど君には借りがあるから今回はそれなりに尽力するつもりだよ。でも今後は君にあれこれ頼まれたくはないからこういうのは今回だけにして欲しいな」


「………………お前、その頭どうにかしろ」


 俺がなにも話さないからと好き勝手喋り続けた多賀谷(たがや)清十郎(せいじゅうろう)は、フンと鼻を鳴らすと、目元を隠すほど伸びきっている前髪の毛先を摘んだ。


「失礼だね。ボクはこれでも学年主席だよ?」


「脳みそじゃなくて髪の毛だよ。染め直すか切るかしてくれ。ついでに頭の中身も詰め直してもらえ」


「横暴だねぇ。君からこの髪をとやかく言われる筋合いはないよ」


「俺は生徒会役員なんだから、素行の悪い生徒を指導する責務はあるだろ。染髪に関する校則はないけど、許容されない範囲は存在するからな」


「そうやって権力で人を縛り付けるのはどうかと思うけどね」


 この通り多賀谷は一癖も二癖もある性格をしている。俺が生徒会役員になってから、おそらく一番多賀谷に手を焼かされているだろう。


 多賀谷とは中学生からの付き合いで、当時は俺と結城、そして北条と同じ部活動に所属していた。


 昔から要領が良く、去年の定期試験は当たり前のように全て学年一位。外部模試でもそこそこの成績をおさめていたらしい。


 さらに秀でているのは頭だけでなく顔を始めとする容姿も優れている。


 まあそこら辺は同性の感性からはあまりピンとこないが、彼の均整の取れた顔立ちとスラッとした背格好を見ると、多賀谷が一部の女子たちから人気を得ていることには納得がいく。


 そんな学業優秀で眉目秀麗の天才くんは、学年一の問題児でもあった。


 個性的な人が集まる上城(かみしろ)学園のなかでもとりわけ高い変人性を遺憾なく発揮して、何ものにも縛られずに校内を闊歩する姿はまさしく自由を求める獣だ。


「別にお前の自由を縛ろうとしているわけではないんだけどな。なんか、単純にみっともないんだよ」


「ふぅー……これもボクの一つの個性として捉えて欲しいね。君がボクにどのようなイメージを持っているのかは知らないけど、このカラメルプリンのような髪色はボク自身が気に入っているんだ。もうそれでいいだろう」


「俺はお前のためを思って勧告してやってんだよ」


「それはありがたく受け取っておくよ。だけど例えボクに端正な雰囲気があるからって、常にそうあるべきだというイメージを押し付けないでくれないかな。たとえ道ゆく人から嘲笑されようとも、これを自分の意思以外で変えるつもりはないね」


 俺と多賀谷の攻防は平行線を辿る。


 多賀谷はこの話は終わりだと強引に切り上げて、退けと言わんばかりに俺と自動販売機の間に身体を割り込ませてきた。


 俺は反射的に舌打ちしそうになったがなんとか堪えて、横にそれて退いてやる。


 自販機に小銭を入れる多賀谷に真後ろから話しかける。


「なあ、今朝連絡を見たってことは、確認事項には一通り目を通したってことでいいんだよな?」


「……一応はね」


 自動販売機から取り出したペットボトルを凝視したのち、首だけこちらに向けた多賀谷が俺の問いに短く答える。


「〝女神様〟のことも知ってるんだよな?」


「もちろん。なかなか面白そうなことになりそうだね」


 言いながらこちらに振り返った多賀谷は、相変わらずの爽やかな笑みを浮かべていた。


「その〝女神様〟が視察に参加するっていう噂が学園中に広がってるらしいんだけど、お前もしかして誰かに話してないよな?」


「ボクにそんなことするメリットないだろう?」


 俺の問いかけにノータイムで返事をする多賀谷。


 まあ、そうだよな。こいつに世間話をする相手なんていないもんな。


「何か問題でも?」


「いや、なんでもない」


 今現在、特に問題は起きていない。


 ふと時間を確認すると、そろそろ昼休みが終わる頃合いだった。


 そろそろ多賀谷を焚きつけて教室に戻ろうとした時。多賀谷は自分が買ったミルクティーをこちらに向けた。


「このミルクティーのボトル、冷温兼用なんだね」


「……ああ、それが?」


 緑茶のペットボトルのキャップにもそう書いてある。


 俺が興味なさそうな返事をすると、多賀谷はニヤニヤした顔で一呼吸おいた。まるでこれから長話でもするように。こいつの話長いんだよな。


「通常のペットボトルは加熱することを想定して設計されていないから、熱を加えると容器が破裂する恐れがあるんだ」


「ああ。で?」


「この容器は耐熱性が高いから、五十度程度の高温なら余裕で耐えられる。それでいて冷却時の負圧にも耐えられるように製作されているんだ」


「……で?」


「だから季節関係なく使用できる汎用性の高いものになっているんだ。他にも酸素による酸化防止の工夫がこれには施されているけど、それは置いておいて」


「…………で?」


「あまり急かさないでくれよ。ボクが言いたいことはここからなんだから」


 こいつ今の時間把握してんのか? そろそろ昼休み終わるんだけど。これ多分最後まで聞いてもしょうもないやつだろうな。


 腹の中でふつふつと煮え繰り返る怒りを鎮めるように、何度か大きく深呼吸をした。そうすると気が落ち着き、頭の中がいくらかクリアになる。


「どうかしたのかい? 動悸かい?」


 もうこいつの気が済むまで話を聞いてやろう。こいつも友人が少なくて喋る相手がいないんだ。だから、温かい目で見守るように相槌を打ってやろう。


「お前ふざけてるのか? 言いたいことは端的に話せよ」


「これでも言葉を選んでいるつもりなんだけどねぇ」


「結局何が言いたいんだ? そのペットボトルの話から何に繋がる?」


「うーん……話を逸らしたのはそっちのくせにその態度は……」


「いいから早く話せよ時間がないんだぞ」


 多賀谷はやれやれといったようにイラつく仕草をした後、鼻につくような声で続きを話し始めた。


「このペットボトルは季節や環境によってその身を左右されているってことだよ」


「……は?」


「それは人だって同じだ。人格形成において生活環境による影響は計り知れないものがあるだろう。環境が人の性格を作り出すと言っても過言ではない」


 持ち前のよく回る口で、訳のわからない自論をペラペラ喋り倒す多賀谷。


「そう、それは例えば……」


「………………」


「ボクみたいな愚直で純粋無垢だったやつが、卑屈で卑劣な皮肉屋に成り下がったのは、自由を奪う学校という教育機関のせいなんだよ。ボクたちは制服に身を縛られ、チャイムに時間を縛られているんだ」


「今もなおその学校に縛り付けられているやつが言うセリフではないだろ」


「だから変えていかなきゃいけないんだ。人は自らを不自由の場に縛り付ける必要はないんだ」


 それは多賀谷がかねてから主張している持論だった。


 そう主張する多賀谷の真意は理解しているが、俺はそれには同意できそうにない。不自由の中に自由を見出すこともできるはずだ。


 やっぱこいつの話は聞くだけ時間の無駄だ。なんでこんなやつに育ってしまったのか。初めて出会った頃はもっと素直で良いやつだったのに。


 軽くため息をつきながら踵を返して教室に行こうとすると、多賀谷はまだ喋り足りないのか俺の行く手を阻んだ。


「ボク甘いもの苦手なんだよね」


「は……? じゃあなんでそれ買ったんだよ」


「間違えたんだ。本当は隣の緑茶が飲みたかった」


「ふーん。いい気味だな」


「だから交換しようよ」


「いやだよ」


 掴まれた腕を無理やり引き剥がそうとするも、へばりついて離れない多賀谷の手を、逆に噛みついてやろうと素振りを見せると、そいつは簡単に引き下がった。


 渋々といった様子でミルクティーを飲む多賀谷を横目に、教室を目指して階段へ向かう。


「そういえば、葛西(かさい)にもちゃんと言いつけないとな。視察中はお前の面倒を頼むって」


「……誰にものを言っているのかな」


 去り際の俺の言葉はちゃんと多賀谷の耳に入っていたらしい。最後に見た彼は不服そうな顔をしていた。


────────────


 両脇に抱えているノートPCと書類を会議室のテーブルに置く。


 本日の授業が終了して放課後になると、俺と早乙女(さおとめ)は明日の視察に向けて最終調整を始めた。


 といってもスケジュール調整や備品の準備などはすでに完了しているため、あとは場を整えるだけなのだが。


 何か忘れている物はないかと再び生徒会室に行くと、部屋の出入り口から段ボールを抱えた人が出てきた。


「おっ……ちょうどいいところに」


 首を傾けて前方を確認したその人は、俺に気がつくとこちらに近づいてくる。


「おい佐竹(さたけ)、これ会議室まで運んでくれ」


 そしてぶっきらぼうな声で、自分が持っている段ボールを半分持てと言ってきた。俺は頷いて、上段の方を取り自分の体に寄せる。


 封がされていないその段ボールには、クリアファイルやらルーズリーフやらが詰め込まれている。おそらく合同説明会運営委員会での会議で使用するのだろう。


「会議室って運営委員会のですか?」


「おん」


 そういい加減な返事をして先導するように歩き始めた人は、社会科教師で生徒会執行部副顧問を務めている真鍋(まなべ)先生。現在は合同説明会運営委員会の顧問も任されている。色々と多忙な人だ。よくサボってるところを見かけるけど。


「どうだ、順調か? 視察の準備の方は」


「ぼちぼちです」


「ほーん。……こっちはこっちで慌ただしくてなぁ……。部活動紹介の申請の取り決めを話し合おうとしたら、運動部の連中が演目内容で取っ組み合いの喧嘩おっぱじめやがってな」


「はあ……」


「それおさめたと思ったら今度は運営側が揉め出してよぉ……。結局昨日は碌に会議もできなかったぜ……」


 真鍋先生は渋い顔でふーっと長いため息を吐いた。よほど鬱憤が溜まっているらしい。


 うちの学園では合同説明会が終わるまでが専門委員会の任期となる。最後の大仕事となると彼らも熱が入るのだろう。


「大変ですね」


 俺が一応同情の言葉をかけると、真鍋先生はそれにうんだのおんだの返事をした。そして思い出したかのように再び俺に問いかける。


「そいで、結城(ゆうき)の代えは誰になったんだ?」


姫野(ひめの)です」


「ほーん……、〝女神様〟ねぇ……。なるほどなぁ」


 意味深に呟く真鍋先生。そういえば、先生は〝女神様〟の事情を把握しているのだろうか。


 昨日〝女神様〟は教員や生徒会メンバーは自分の事情を知っていると話していた。そうすると真鍋先生も〝女神様〟の秘密を握っている一人となるが、それはあまり考えにくかった。


 というのも真鍋先生は驚くほど口が軽い。生徒たちとの距離が近いということも相まってか、学園に広まる噂の元を辿ると実はこの人だったというオチがザラにある。


 そのため、真鍋先生が〝女神様〟の事情を知っている場合、もうすでにその話が他所に出回っているはずだ。


「何かあったんですか?」


 いつの間にか渡り廊下まできていた俺は、一人納得したように頷いている真鍋先生に問いかける。


「いんや大したことは何も。ただ、今日数人の生徒たちから自分も視察に協力したいって申し出があったから、通りでなって思っただけよ」


 その言葉に思わず足が止まる。〝女神様〟が視察に参加するという噂がそのように作用するとは。


 構わず歩き続ける真鍋先生に追いつくために、早足で本館の廊下を進んでいく。


「それって承諾したんですか?」


「いんや、俺じゃなくて視察の顧問に聞いてくれって追い返したけど」


 その言葉に安堵する。明日に視察を控えているなか、今更視察のスケジュールを変更するのは厳しいものがある。それにそんな下心のある理由で参加されても正直言って迷惑だ。


「けどお前らからしから、人員の増加はありがたいことなんじゃねぇの? 〝女神様〟様々だな」


「……どうですかね」


 上城(かみしろ)には合計七十二団体もの部活動や同好会が存在する。それを十日間で三組ずつに別れて視察していくとなると、平均で一日に二団体以上視察することになる。


 さらに、その視察での各団体の状況を報告書に書き残さなればいけない。その作業もなかなかに手間がかかる。


 そうなるともっと人手が必要になってくるが、人を増やせばいいってものでもない。


 新道(しんどう)さんの話によると、数年前は二十人近くの人数で視察していたらしい。しかし、部の審査の際にメンバー間で意見が食い違って暴動が起きたり、賄賂をもらって部の状況を都合のいいように報告書にまとめる者がいたため、極力少人数で信頼できる者を集めて視察を執り行うことになったようだ。


 そのため人数を増やすかどうかは、視察を開始して様子を見てから判断しても遅くはないだろう。


「それに、お前ら男連中も〝女神様〟が近くにいればテンション上がんだろ?」


「…………」


 これは多分、真鍋先生には〝女神様〟の件は共有されてないんだろうな。


 真鍋先生ならこういう時、「でもまあ本当は……、いやなんでもない」とか言って匂わせてくるはずだ。先生も俺と同じく全く信用されていないのかもしれない。


「んだよ、黙っちゃって。もしかしてお前、〝女神様〟に気でもあんのか?」


 下品な笑みを浮かべて尋ねてくる真鍋先生。この人はこれで妻子持ちだからわからない。偏見でしかないが大人はもっと落ち着いているものだと思っていた。


「いや、別に……」


 俺が言葉を濁すと、真鍋先生は嬉々として体をくねらせた。


「もう……ツンデレなんだからっ!」


 きも。


「もっとありのままの感情を曝け出せよ。自分の思ってることは口に出すのが身のためだぜ?」


 そう言って真鍋先生は真剣な顔を作り出し、俺と真っ向に向き合う。


「俺はな? なんだかんだ言ってお前らのこと、結構信頼してんだぜ?」


 その言葉と共に、爽やかな三十路ウインクを飛ばしてくる。


「……俺は先生のことあまり信頼してないです」


「んなっ……⁉︎」


 真鍋先生はガクッと顎が外れたのかというぐらい口を開けて、信じられないと目を見開いた。


「こんのくそがきがぁ……」


 そして、口の中に梅干しを放り込んだ時のように唇を窄めて、会議室の中に入っていった。


「ケッ……。んだよ、飲み物の一つぐらい奢ってやろうと思ってたのによぉ」


 ぶつくさと文句を垂らす真鍋先生に続いて俺も会議室に入り、段ボールをテープの上に置く。


「冗談です」


「もっと面白みのある冗談言えや。顔がマジなんだよ……。まーもういいや、おつかれさん」


 しっしと手を振り退室を促す真鍋先生に無言で頷き返事をし、俺は再び生徒会室を目指した。


────────────

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