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隣の家の女神様  作者: 樟木
第1章
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7.いつか散るべき花-2

 予想だにしなかった衝撃的な出来事から半日が経過した学園での昼休み。


 一階にある購買部へ向かうために階段を下っていく。その足取りは不安定でおぼつかない。


 あの後〝女神様〟と解散してから視察の作業などに取り掛かったが、結局いまいち身が入らなかった。


 それも当然といえば当然か。


 まさか〝女神様〟にあんな隠し事があったとは。それに、まさか同性だったとは。


 昨日の視察会議で〝女神様〟とはいい塩梅で接していこうと決めたが、今ではそれが百八十度話が変わってきた。今後の〝女神様〟に取る姿勢を改めて定めなければいけなくなってしまった。


 俺は〝女神様〟の事情を知った上で、生徒会役員としてどう動くべきなのか。自問自答するも答えは出てこないままだ。


 昨日〝女神様〟本人から明確な答えを提示してもらえばよかったと、今になって後悔している。


「はぁ……」


 無意識にため息が出てしまう。


 〝女神様〟が隣の家に引っ越してきてから俺の頭を痛め続けていた悩みの種は、思いもよらぬ成長を遂げてしまった。


 アサガオの種を蒔いて育てていたら、ヨルガオの花が咲いたような気分だ。


 種は根を張り花となる。だから花になる前に摘んでしまうべきだろう。


 視察や自分のことを優先するならば、このまま〝女神様〟の事情には深追いせずに、今後それには関与しない姿勢を取るべきだろう。


 しかし、いつか咲くその花がヒルガオでもユウガオでもなく、全く見たことのないものだったら。


 好奇心にも似た感情が自分の中で蠢いていた。


 ぼーっとしながらゆっくりと一階まで下りて、そのまま廊下を歩くと購買部が見えてくる。


 そこではペンやノートを始めとする文房具が一式取り揃えられている。普段利用者はまばらだが、定期試験前はシャーペンの芯やルーズリーフを求めた争奪戦の場と化す。


 そして隅の一角には菓子パンや丼もの弁当などを販売している、こじんまりとした売店が併設されている。ここで時折料理部や製菓研究会が調理した物を販売しているが、今日は代わり映えのしない品揃えだった。


 俺は悩んだ末にいつも通り焼きそばパンとメロンパンを買って、特別棟に面している校舎裏へ出る。するとそこで賑やかな話し声が耳に入った。


 その声が聞こえてくるグラウンド側に目をやると、女子生徒ら十数名の群衆がこちらに向かって歩いてきていた。


 その中心には〝女神様〟がいる。


 髪色の明るい生徒が何やら〝女神様〟に話しかけると、〝女神様〟は笑みを浮かべて相槌を打つ。いつもと同じ光景だ。


 女子生徒らと同じ制服を着て談笑する〝女神様〟の姿を見ると、昨日の出来事が嘘のように感じてくる。それほどまでに〝女神様〟は彼女らにうまく溶け込んでいた。


 なぜ〝女神様〟は女装をして通学しているのか。色々と疑問に思うことはあるが、それを解消するために〝女神様〟本人から再度話を聞くのは気が引ける。


 かといってこのモヤモヤとした感情を視察に持ち込みたくはない。それに視察は〝女神様〟と一緒に回ることになる。このままでは支障が出る可能性も考えられる。


 俺が一人悶々としていると、〝女神様〟を先陣とした集団がすぐそこまで来ていた。


 今〝女神様〟と顔を合わせるのは気まずいし、そろそろ当初の目的だった生徒会室へ向かおうと足を進めた時だった。


 視界の隅に何かの光が映り込んだ。


 すぐに視線を元に戻すと、本館に入っていく〝女神様〟たちご一行を撮影するようにスマホを構えている大柄の生徒がいた。


 その生徒は俺と目が合うと慌てた様子で後ろを振り向いて、中肉中背の俺よりも遥かに広い背中をこちらに見せた。


 せっせとスマホを操作していると思われる彼の元に足を運んで、その肩に手を置く。


葛西(かさい)


「ブフォ!」


 奇声を発しながらガタイのいい体を大きく震わせて大袈裟に戦慄くのは、葛西(かさい)(わたる)。俺と同じく二年生で、数少ない俺の友人の一人だ。


 葛西とは俺が生徒会役員になったばかりの頃に出会った。その出会い方はとてもじゃないが良いものとは言えなかったが、なんだかんだで彼とは良好な関係を築けていると思っている。


 葛西は深く息を吸って乱れた呼吸を整えると、その巨体に反して弱々しい声を出した。


「さ、佐竹(さたけ)しゃん……お、お久しぶりで……」


「ああ……二週間ぶりか? 本当は昨日顔を合わせる予定だったんだけどな」


「え、あの……連絡は入れたと思うんですけど……」


「冗談だよ。急用が入ったとか言ってたけど、何かあったのか?」


「はい……。まあその、色々と……」


「ふーん」


 妙に言葉を濁す葛西。その視線はありえないほど泳いでいる。何やら後ろめたいことがあるような様子だ。


 そんな態度をされたら不信感ばかりが募っていき、もしかしたら何かよからぬことでも企てているのかと勘繰ってしまうが、葛西は常に挙動不審なところがあるため判断に困る。


 まあ今回の件は事前に連絡をもらっていたし、そこまで深く追及する必要もないだろう。


「視察には参加できそうなんだよな?」


 両手で守るように持っているスマホをチラチラ確認している葛西にそう聞くと、彼は一瞬の間を置いてこくりと頷いた。


「それはもちろん予定通りに。……この後生徒たちの暴動に巻き込まれて怪我をしたり、大雨に打たれて熱でも出ない限りは大丈夫です」


「嫌なこと言うなよ……」


 昨日は雲一つない快晴だった空を見上げる。今は見える範囲の空一面に乱層雲が広がっていた。


 今日は夕方頃から雨が降る予報だ。夜間雨が降り続け、明日の午前中には止み、午後からはまた暖かい天気になるらしい。


「降っても短い間だからまだよかったけど、雨が長引いたら明日からの予定も狂ったかもな……」


 文化部ならともかく運動部は外での活動が多いため、天気が悪いと通常通りの活動風景を観察することができない。そのため視察時期を先延ばしする必要があり、結果として視察終了時期が伸びてしまう。


「まあ、予報では明日以降一週間は晴れの日が続くらしいし、一安心ではあるな」


「そうですねぇ……」


 俺の言葉に相槌を打ちながらも葛西は頻繁にスマホに目をやっている。


 こいつ本当に怪しいな。


「とりあえず、昨日の会議の内容についてはメッセージにまとめて送ってあるから、明日までに確認しておいてくれ」


 上の空といった様子の葛西にスマホを指差しながらそう言うと、葛西は遅れて反応した。


「……はい。では、これにて」


 ペコペコと頭を下げて去ろうとする葛西の肩をもう一度掴む。


「待てよ。今は、何してたんだ?」


「んえ……?」


 葛西は俺の問いかけが理解できないといわんばかりのおとぼけ顔を披露して、その場に立ち竦む。


「俺が声をかける前にやってたことだよ。なんか写真撮ってなかったか?」


 俺が先ほど見た光はおそらくスマホの撮影時のフラッシュだろう。なぜ葛西がフラッシュを焚いて撮影したのかはわからないものの、どうやらそれは図星だったようで、彼はわかりやすく狼狽え出した。


 そしてぎこちなく口を動かす。


「は、は、花を、撮ってました……」


「花壇を背にして?」


「…………」


 俺が葛西を見かけた時、彼は間違いなくこちらを向いていた。俺というより〝女神様〟の方だが。


「しょ、証拠ならあります!」


 そう言って葛西は俺にスマホを差し出してくる。


 それには確かに花の写真が写っていた。念の為に撮影日を確認するも日付も一致していた。しかし何か違和感を感じる。


 葛西のスマホを操作してその写真の詳細を表示させると、すぐにその違和感の正体がわかった。


「この写真、設定で撮影日変更してるだろ」


「…………」


「それに、写真に写ってる花の開花具合が現物と違うぞ」


 写真では蕾の状態の花がちらほらと写っているが、実際の花壇に咲いている花を見るとほとんどの花が開花していた。


 先ほどから何も言葉を発しない葛西に視線を戻して、葛西のスマホを掲げる。


「何度お前の姑息な手に騙されてると思ってんだ。お前のやり口はもうわかってるんだよ」


「うぎぃ……」


 悔しそうに唇を噛み締める葛西。その芝居がかった仕草が妙に胡散臭く感じる。


 まだ画面が消灯していない葛西のスマホを見つめる。


 この中にまだ何かありそうだな。


「ちょっといじくるぞ」


「あぁん……! や、やめて! 触らないで!」


「気色悪い声出すな」


 スマホを操作していき、設定から写真アプリの非表示の項目を表示させると、そこに〝女神様〟の写真が保存されていた。


「これ、なんだ?」


 やけに写りのいい〝女神様〟の写真を葛西に見せると、葛西の顔が青く染まった。


「あっ、え……その……」


「お前去年も〝女神様〟のこと撮ってたよな?」


 葛西を発見した時から薄々勘付いていたが、先ほど葛西は〝女神様〟の写真を撮っていたようだ。


 葛西は去年、不特定多数の生徒の写真を無断で撮り、校内で問題を起こしていた。当時その騒動に対処していたのが、生徒会役員になりたてホヤホヤの俺だった。


 盗撮問題に発展しそうなところをなんとか鎮めて、葛西にはもう無闇に人の写真は撮るなと釘を刺したのだが、またこんなことをしているのか……。


「……〝女神様〟には事前に言ってあるのか?」


「も、もちろんちゃんと許可は取ってます!」


「ふーん」


 許可を取れば許されるわけではないとは思うが、とりあえず去年の再来にはならずに済みそうだ。


「ふう……」


 葛西は額に滲む汗を制服の袖で拭いて、ほっとしたように息を吐いた。


「一応聞くけど、その時は〝女神様〟になんて説明して許可もらったんだ?」


「『あの……ちょっと体の写真撮ってもいいですか……?』って言ったら承諾してくれました」


 嘘だろ……。


 当時の再現でもしているのか、葛西は顔を赤らめてにちゃつきながらそう話した。なんか少し気持ちが悪い。


「……それはいつの話だ?」


「……去年です」


「もう時効だろ、それ……」


 思わず頭を抱えてしまう。


 これまた問題になったりしないよな?


「何のために〝女神様〟の写真を撮ってるんだ?」


「…………」


「また素行調査だとか言って、校内の生徒をかぎ回ってるのか?」


「…………」


 返ってくるのは沈黙のみ。葛西は都合が悪くなると地蔵のように口を閉じる。だからこの沈黙が答えと言えるだろう。


「調査だかなんだか知らないけど、程々にした方がいいぞ。またバレて謝罪回りするのは嫌だろ?」


「バレるかバレないか、ギリギリを攻める快感が癖になるんです」


「お前、本当に危ないぞ? ただでさえ今生徒たちが騒いでるんだし」


 この時期に〝女神様〟に関与するのは危険だと思うが、葛西はこういう人の情報を集めることが好きらしい。学園のあれこれに流通しており、俺も時々情報を得るために世話になっている。


 葛西になぜこんなことをしているのか昔聞いたことがあるが、それにはなかなか複雑な感情が絡んでいた。


「まあ、ビッグニュースもありますからね」


「クラス替えの話か?」


 ビックニュースとまではいかないとは思うが、状況的にそれだろうと思いそう言ったが、葛西は首を斜めに傾けてむかつくくらいポカーンとした顔をした。


「……知らないんですか?」


「ん?」


 目で話の続きを促すと、葛西は半ば呆れ混じりに口を開いた。


「〝女神様〟が視察に参加すること、もう他の生徒たちに知れ渡ってますよ」


「……は?」


 情報回るの早すぎるだろ……。


────────────


 葛西と別れた後、俺は珍しく誰もいない生徒会室で昼飯を食べて、少し視察の作業をしてから教室に向かった。


 生徒会室の備品であるノートPCに保存されている資料を、自前のUSBにコピーする程度のことだったためさほど時間はかからなかったが、もうすでに昼休みの残り時間は五分を切っていた。


 生徒会室がある特別棟の二階から本館に続く渡り廊下を進んで、校舎に入ると近くに自動販売機がある。ついでに何か買っていこうとそこに立ち寄り、財布から小銭を漁る。


 〝女神様〟が視察に参加する。


 この情報がどこから漏れたのかはわからない。しかし、〝女神様〟が協力することは視察メンバーしか知らないため、情報の出所を探そうと思えば容易く見つかるだろう。


 可能性があるとすれば早乙女(さおとめ)多賀谷(たがや)辺りだろうか。北条(ほうじょう)はそう安易にぽんぽんと喋るとは思えないし、葛西は彼の口から噂が出回っているという情報が出た時点で当事者とは思えない。


 他に考えられるとすれば、〝女神様〟自身からこの情報が漏れた可能性もあるのか。


 まあ〝女神様〟のことが生徒に周知されたとしても、それが視察の活動に対してマイナスに作用するわけではないだろうから、特に気にする必要もないだろう。かといってプラスに作用することもないだろうけど。


 それにしても相変わらずこの学園での情報の拡散速度は凄まじい。


 俺の知らないところで生徒独自のネットワークでも構築されているのか、驚異的な速度で人の情報や噂が出回る。それが〝女神様〟についてなら尚更だ。


 上城(かみしろ)学園内部での〝女神様〟の生徒たちに与える影響力は未だ測り知れないところがある。〝女神様〟の発言や行動はもちろんのこと、〝女神様〟と接する者にまで注目がいく。


 〝女神様〟が学園のトップに君臨し続けるかぎり、その周囲には必ず他者の目が存在することになる。そうなると、俺の言動で何かを勘づく者がいてもおかしくはない。


 それに〝女神様〟は自分の正体を今までずっと隠し通せていたのだから、俺が変に干渉しても状況が悪い方向に傾くかもしれない。


 だから今は〝女神様〟の事情には深入りせずに、程よい距離感を保つべきだろう。


 そして、〝女神様〟に対する謎の好奇心には蓋をするべきだろう。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、コインの投入口に小銭を入れて緑茶を買おうとした時だった。


 風を切り裂くような声が耳に入る。


「やあ。久方ぶりだね」


 その声に首だけ振り向くと、そこには頭の上から半分は黒、もう半分は金色のプリンのような髪色をしたやつがいた。

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