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隣の家の女神様  作者: 樟木
第1章
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4.はじめまして〝女神様〟-4

「──……えっと、二年C組の姫野(ひめの)一希(かずき)、です。早乙女さんから、視察の人数が足りないって聞いて、参加することになりました……。よ、よろしくお願いします……」


 会議室にいる皆の視線を一身に受け、時々言葉を詰まらせながら自己紹介をした〝女神様〟。その声は意外にも中性的でハスキー気味だ。


「いぇーい! ヨロシク〜!」


 早乙女(さおとめ)が調子のいい甲高い声を出すと、〝女神様〟を自分の隣の席に着くように促した。


 おずおずと俺の正面の席に座った〝女神様〟は、ふと視線をこちらに向けると、驚いたように目を見開いた。


佐竹(さたけ)くんも、視察のメンバーだったんだ……」


「ああ……まあ、生徒会役員だからな……」


「そ、そういえばそうだったね……」


 ぎこちないやり取りだった。


「ん〜? なんかあったん?」


 俺と〝女神様〟との間に漂う変な空気感から何か感じ取ったのか、早乙女が小首を傾げて聞いてくる。


「あ、うん……。佐竹くんと、北条(ほうじょう)さんもわたしと一緒のクラスだったから……」


「へ〜そうなん。じゃー、一希ちゃんは今ここにいる人らとは全員カオミシリってこと?」


「う、うん……」


「ならこっちの自己紹介は省いて大丈夫そうだな。時間も時間だし、そろそろ会議に移ろう」


 早乙女と〝女神様〟の会話からまた雑談に発展しそうな雰囲気を感じて、半ば無理やり会議を進行させる。


「前回の会議からの変更点とか連絡事項を共有する前に、姫野さんに軽く視察についての諸々を説明しないといけないんだけど……。早乙女、任せていいか?」


「ん、ウチ? まあいいケド……」


 視察の要点や注意点などの説明を早乙女に任せて、俺は会議室にくる前に印刷しておいた資料を配布していく。


 視察のスケジュール表や各団体から事前に提出してもらった申請書のコピー、調査した内容をまとめる報告書など全てを配布し終えた後も、早乙女の説明が終わるまで余裕があった。


「──持ち物はペンと紙ぐらいでオッケーで〜、あとは時間ゲンシュでヨロシクって感じかな〜」


「うんうん」


 早乙女の間延びした声を聞き逃さないようにと真剣な表情で聞き入る〝女神様〟。


 早乙女から『佐竹くん友達少ないっしょ?ウチがなんとかすんから!』とメッセージが来た時から薄々勘づいてはいたが、やはり当てのある人とは〝女神様〟のことだったか……。


 休み明け且つ合同説明会が控えている状況下で、視察に協力しようと思える者が校内でどれほどいるかを考えれば、妥当な人選だとは思う。


 俺も〝女神様〟なら真面目に視察業務に当たってくれると信用できる。


 だから俺は〝女神様〟が視察に参加することに異存はない。ただしあくまで同じ組織の一メンバーとして、極力彼女とは関わらずに必要最低限の接触でやり過ごせればの話だが。


「んで、視察はコーヘーセーを保つためにペアを組んでやることになってて〜、一希ちゃんは佐竹クンと一緒になんだケド〜……ダイジョブそ?」


 早乙女は〝女神様〟と俺を交互に見ながら、これからやっていけそうかと尋ねてきた。


 思わず視線が〝女神様〟の方へ向いてしまう。すると、〝女神様〟も俺の様子を伺うように丸々とした瞳を巡らせていた。


 意図せずかち合ってしまった視線に戸惑いながらも、〝女神様〟は口元に柔らかな笑みを湛えて、自分は問題ないと静かに頷いた。


 一方で俺の心の内には複雑な感情が渦巻いていた。〝女神様〟とうまく話せるだろうか……、なんて可愛い悩みがあるわけではない。もっと切実で残酷なものだ。


 もしこのままことが進むと視察が始まる明後日からの約二週間、俺は放課後を〝女神様〟と一緒に過ごすことになる。それを考えるだけで体の重心が下がるような感覚に陥る。


 早乙女が言っていたように、今回の視察は公平性を保つために二人一組で行うことになっている。


 当初の予定だと、俺は多賀谷(たがや)とペアを組むことになっていた。そして早乙女は葛西(かさい)と、北条は結城(ゆうき)と組む予定だった。


 しかし、結城が視察組織から抜けたことと、葛西が女子とコミュニケーションを取れないという理由でペアを組み替えざるおえなくなった。


 その結果早乙女と北条、多賀谷と葛西でペアを組み、俺は結城の代理となる人と組むことになった。


 直近でのメンバー変更になるため、最悪視察当日に視察の要点や注意点を説明することになる可能性を考慮して、俺が代理の人とペアを組むことを引き受けたが、それがこんなに早く決まり、尚且つ〝女神様〟ならば話は別だ。


 俺にとってこのタイミングで〝女神様〟と関わることは非常に都合が悪い。ただでさえ彼女と同じクラスになってしまったのに、一定期間行動を共にして悪目立ちするのは危険だ。


 今はクラス替えで〝女神様〟のファンたちも気が昂っているはずだ。やつらは微かな匂いも見逃さずに嗅ぎつけてくる。


 ふと去年のクリスマス会にて、〝女神様〟の動向を探る生徒たちの血走った目が脳裏に浮かぶ。


 あれは本当に怖かった。俺の〝女神様〟のファンへの印象を決定づける一幕でもあった。彼らは〝女神様〟がサッカー部のエースと一緒に校内を回っているという噂を聞きつけ、その二人を血眼になって捜索していた。


 うちの生徒たちはその手の話に敏感だし、そういう噂が広まるのも早い。今回の視察で話が進んでいき、何かの拍子で例の件がバレたら洒落にもならない。


 だからこそ〝女神様〟への対応は慎重に誠実にしなければいけない。


 もし仮に〝女神様〟と一緒に行動する相方が彼女と同じ同性なら、生徒たちからの目もマシにはなるだろう。それが早乙女ならば生徒たちの反応は良好になるはずだ。


 だから〝女神様〟のペアは早乙女に任せよう。


 熟考の末、答えは決まった。いや、最初から答えは決まっていたのかもしれない。


 数秒ほどしか経っていないのに、なぜか乾き切った唇を無理くり動かす。


「……姫野さんがいいなら、このままペアを確定しよう」


「オッケー。んじゃー……、視察についてはこんなもんかな〜」


「うん。ありがとう、早乙女さん。……それと、よろしくね。佐竹くん」


「ああ……こちらこそ」


 昨日と似たようなやり取りだった。


 喉まで出かけていた言葉は飲み込んだ。


 視察開始を前にしてメンバーが欠員するというアクシデントが発生したが、こうして新たに人員を補充できたおかげで組織は良い方向に傾きつつある。


 今俺が組織にさざなみを立てる必要はない。自分の都合で組織の流れを妨げるわけにはいかない。自分の感情を優先するわけにはいかない。


 ペア分けに関しては、北条は関係値的に早乙女以外のメンツなら葛西としか組めないし、その葛西が女子との接触を拒むのなら、今のまま俺が〝女神様〟と組むほかない。


 そして何より、視察に協力してくれる〝女神様〟を邪気に扱っていいはずがない。こんな腫れ物みたいに誰かに押し付けたくない。


 だから多少世間の目に晒されて、矢面に立たされることは覚悟しよう。


 そう結論づけて、腑抜けた気持ちを切り替えるために深呼吸をする。


 そして俺は〝女神様〟と向き合った。


「姫野さん、視察について他に何か気になることはあるか?」


「ううん……。大丈夫だよ」


「なら、視察の情報の全体共通に移ろう。時間も時間だから、簡潔にまとめて言っていくけど……」


 今の時間を確認しつつ、早乙女と北条に共有を開始していいかと目配せする。


「よろぴく〜」


「…………」


 早乙女から気の抜けた返事が返ってきた。


 北条は相変わらずの澄ました表情で資料を眺めているが、一応耳は傾けているらしい。


 最後にもう一度姫野の様子を伺うと、彼女も資料を手に取って優しく微笑んでいた。


 全員が話を聞く姿勢になったことを確認すると、俺も資料に目を通して、一番上の項目から読み上げていく。


「……それじゃあ、まずは視察スケジュールの変更から。来週から文化棟にある多目的ホールに改修作業が入る影響で、普段そこを使って活動している部活動の活動場所が──」


 しばらくの間、会議室では資料に記載してある共有事項を読み上げる声と、それに相槌を打つ声がこだましていた。


────────────


 約三十分間の会議が終わると、皆一斉に帰り支度を始めた。


 そして我先にと北条が部屋の扉へと向かう。


「それじゃ、お疲れ」


「おつ〜」


「お疲れ様……」


 早乙女と〝女神様〟が返事をすると、北条は軽く手を挙げて廊下に出ていった。この後、彼女が所属している放送委員会の方でも集まりがあるらしい。


 今回の合同説明会の運営委員は主に生徒会と放送委員会などの専門委員会で構成されている。そこで個々の組織がこの一年間で培ってきた知識を、合同説明会成功に向けて役立てる。言わば自分たちの活動の総まとめとなる。


 放送委員会は音響などの機材の整備やブースの設営および管理、当日の新入生たちの会場案内、有事の際の対応などなど、割と重責を担っている。


 北条は視察業務のほかに、その放送委員会での仕事も任されているらしい。見かけによらず忙しいようだ


 颯爽と部屋を出ていった北条と違い、早乙女と〝女神様〟はゆったりと身支度を整えていた。


 〝女神様〟が身支度を終えるタイミングを見計らって、早乙女が嬉々として話しかける。


「ねぇねぇ、一希ちゃん! 一希ちゃんはこの後ヒマ〜?」


「あっ、えっと……。これから、お友達と遊びに行く予定が……」


「え〜マジか〜……。もうちょいダベりたかったんけど〜」


「ご、ごめんね……!」


 眉と目尻を下げて心底申し訳なさそうに俯く〝女神様〟を、早乙女が慌てて静止に入る。


「い、いいっていいって〜、また明後日たくさん喋ろ? ……でもホントあんがとね〜、一希ちゃんがキョーリョクしてくれてマジ助かるわ〜! ねぇ〜?」


 北条の時と同じように、俺に同意を求める早乙女。俺も同じように頷いた。


「……ああ、本当に助かったよ。いきなりの頼み事なのに引き受けてくれて」


「ううん……。わたしもこういうの、面白そうだなって思ってたから……」


「そっか……。そう言ってもらえるとありがたい」


「う、嘘じゃないよ? わたし、部活にも委員会にも入ってないから、この期間何しようか迷ってたんだ……。だから、ちょうどよかったのかも……」


 それにと言葉を続ける〝女神様〟は口元を僅かに綻ばせ、優しく穏やかな目を俺たちに向ける。


「やっぱり困っている人は放って置けないんだ」


 そう言った〝女神様〟は、慈悲に満ちた微笑みを湛えている。


 そんなセリフをすらすらと言えるところが、彼女が〝女神様〟と呼ばれている所以の一つなのだろう。そう俺が感心している傍ら、早乙女はなぜか感極まった表情をしていた。


「──一希ちゃん……!」


 涙をちょちょぎらせながら〝女神様〟の手を取る早乙女は、驚いて後退りする彼女をよそに両手で握る手を強めて情熱的に語りかける。


「一緒に頑張ろう……! ウチも視察が無事に成功するように、精一杯努力するから! だから──……一希ちゃんのてぇ、スゲーすべすべする……。なにコレ……」


 途中までいい感じのことを言っていた早乙女だったが、握っている〝女神様〟の手がよほど滑らかだったのか、驚愕しながら何度も彼女の手を摩っている。


「え、えっと……」


 当然〝女神様〟は早乙女の奇行に困惑している。動揺しつつも真っ直ぐに早乙女を見つめていた視線は、助けを求めるように俺の方に回ってくる。


 その視線に目で応えて、〝女神様〟に張り付く早乙女を言葉で引き剥がす。


「早乙女。姫野さんの友達、待ってるんじゃないのか」


「──あっやべ、そうだった……。ごめんごめん!」


 我に返った早乙女はパッと〝女神様〟の手を離した。


「う、ううん……大丈夫だよ……」


 早乙女に触られまくった手を片方の手で守るように包み込み、曖昧な笑みを浮かべてそう言った〝女神様〟だが、その瞳は少しだけ揺れていた。


 「それじゃあ」と言って、〝女神様〟は荷物を持ってパタパタと扉まで駆けていくと、その途中でくるりと振り返った。


「あの……早乙女さん。わたしも、頑張るから……! またね……!」


 なんの混じりっ気のない表情でフリフリと手を振る〝女神様〟。そしてチラッと俺の方を向くと、ほんのりと微笑んだ。


 俺も軽く頭を下げて会釈する。


「あはっ、かわいい〜!」


 去りゆく〝女神様〟をまるで愛玩動物を見るかのような目で眺める早乙女。その目に若干恐怖を感じるも、それには触れないでおいた。


「俺たちも帰るか」


 俺が荷物を持って立ち上がると、早乙女も同じようにリックサックを背負った。


「うい〜。今日は早めに帰れそー」


 早乙女は両腕を上げてグッと伸びをすると、ニヤニヤしながらこの後何をしようかと一人呟き始める。


 早乙女は昨日の夜から不測の事態に対処すべく尽力してくれた。色々とお疲れだろうし、今日ぐらいは早めに帰宅して休んでもらおう。


 そう思い、テーブルの中央に転がっている鍵を拾う。


「それじゃあ、鍵は俺が持ってく──」


「って、ああぁぁぁーー‼︎」


 会議室の鍵は俺が職員室まで返しにいくと伝えようとすると、早乙女がいきなり天を仰いで叫んだ。


 キーンと耳鳴りがしそうなほどの金切り声を上げた早乙女は、ギギギッと錆びついた機械のように首をこちらに向ける。


「きょ、今日までにやらなきゃいけない部活動の経費集計、やるのわすれてた……」


「……あー」


「ろくじまでにていしゅつしなきゃいけないのに……。ど、どうしよう……」


 途端に子供のような言葉遣いで急にオロオロし始めた早乙女は、見た目よりも幼く見えた。


「どうしようって言われてもな……」


 手伝ってやりたい気持ちは山々だが、俺もまだやらないといけないことが残っている。スケジュールの最終調整をするため、各団体とコンタクトを取らないといけない。


 それを考えると、今の俺には早乙女を助けるほどの余裕はない。けれど同じ生徒会役員の仲間として、このまま早乙女を放っておくのも心苦しい。


 どうするべきか……。


 返事を渋っていると俺から帰ろうとする気配を感じ取ったのか、早乙女が猛スピードで回り込んできた。


「てつだってよぉ〜‼︎ ウチひとりじゃむりだってぇ〜‼」


 半べそをかいて、俺のカバンを綱引きのごとく引っ張る早乙女。先ほどまでのギャルっぽい立ち居振る舞いは見る影すらない。


 ここまでされたらさすがに手伝わざるを得ななかった。


「わかったから、引っ張んなって」


「……てつだってくれるの?」


「ああ、最後まで手伝うから……」


「……ありがと」


 人は見かけによらないとはいうが、早乙女の場合は少し違う。彼女は自分を良く見せようと背伸びしているだけだ。故にこうして時々ボロが出る。だけどそこが愛らしい、と生徒会副会長を務める先輩が言っていた。


 こうしてドジをかました早乙女に泣きつかれるのも何回目かわからないが、悪い気はしないということはそういうことなのだろう。


「時間もないし、早めに取り掛かるか」


「……うん」


 俺はしょぼくれた早乙女を引き連れて会議室を後にした。


────────────

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