プロローグ
昼過ぎに学園から帰ってくると、俺の家の付近に〝女神様〟が佇んでいた。
〝女神様〟と言っても女性の神様のことではない。俺が通う学園でそう呼ばれている少女のことだ。
しかし、なぜ〝女神様〟がここにいるのだろう。
当然の疑問が頭に浮かぶと同時に、〝女神様〟の水のように透き通った瞳と目が合った。
「──えっ……」
〝女神様〟は短く息を吐き出すように感嘆の声を溢すと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
〝女神様〟が歩みを進めるたび、何かを警告するかのように心臓の鼓動が速まっていく。
人二人分のスペースを開けて立ち止まった〝女神様〟は、俺の顔を覗き見て小首を傾げる。
「──佐竹くん……? ど、どうしてここに……?」
「……どうしても何も、そこに俺の家があるから」
「え……あっ──」
俺の目線に従うように顔を動かし、郵便ポストの隣に貼ってある表札を見た〝女神様〟は、間抜けた声を上げた。
「……姫野さんこそ、この辺りに用でもあるのか?」
顔を強張らせて絶句している〝女神様〟に今度は俺が問うと、彼女は焦るように視線を彷徨わせた。
「よ、用っていうか、その……家が……」
「家……? 姫野さん、この辺りに住んでるのか?」
「う、うん……。……あそこ」
〝女神様〟が指差した方向を見た瞬間、全てを察した。
どうやら俺の家の隣にある、数ヶ月間の建築工事を経て最近ようやく完成した新築の家に、新しく人が越してきたらしい。
そして、その入居者というのが……。
「わたしたち……お隣さん、みたいだね……?」
「あ、ああ……みたいだな。……あー、よろしく、でいいのか?」
「う、うん……。これから、よろしくね。佐竹くん」
そう言って、〝女神様〟──姫野一希は優しく微笑んだ。
春休み最後の日。
隣の家に〝女神様〟が引っ越してきた。