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第三章:式典と仮面の素顔

 風は秋の匂いを運び、朝の空気にはうっすら冷たさが混じっていた。

 ジゼラがハーバウクに赴任して、もうすぐ二年になる。

 その朝も、いつものように筆記具を机に並べていた。


 紙の端を揃え、椅子に腰を下ろした時、視線が止まる。


 机の上に、一通の封筒が置かれていた。


 封蝋の印に見覚えがあった。差出人の名を見た瞬間、息が詰まる。


 ──セヴラン・ローゼン。


 ローゼン伯爵家の後継ぎで、ジゼラの父とは腹違いの兄弟。まだ三十代半ば。つまり、年齢は、父よりもジゼラに近い。

 若くして実務に秀で、王都では名の通った人物だが、そんな彼がジゼラやコルネーリアに親しみを見せたことは、一度もない。


 赴任してからというもの、手紙は何通も届いた。破りもせず、開けもせず、そのまま文箱に積んできた。

 今回もそうするつもりだったけれど……宛先が庁舎では、無視するわけにはいかない。


 封を割る。

 上質な紙に簡潔な筆致。


『王都にて式典催される由、出席のこと。近頃の交際について耳にした。相手を伴い、然るべき挨拶をされたし』


 目を滑らせた先で、指が止まった。


 叔父は、ジゼラに恋人がいると知っている。

 しかもその相手がロルフだと、分かっていて書いている可能性まである。


 眉間に皺が寄り、呼吸が浅くなった。


 次期当主になる叔父が、ロルフとの交際を許すはずがない。

 結婚など、なおさら認めまい。


 ジゼラの恋愛など、感情ではなく家の案件の一つにすぎない。

 それでも、胸の奥に微かな光を求めてしまう。

 もしかして、ほんのわずかでも案じてくれているのではないか、と。


「……ううん……そんなわけない」


 あの人が、姪の心情を思いやるような人間なら、とっくに何かが違っていたはずだ。思えるだけの理由など、一度も与えられていない。


 封書を閉じ、封蝋の痕を指先でなぞる。


「……出席するしかないわね」


 書棚の背後、控えめな気配に気づき、振り返らずに告げる。


「ロルフ。式典の招待状が届いたの。一緒に王都へ行ってくれる?」



 ◇◇◇



 六日の道のりは、さすがに骨にこたえた。

 馬車が石畳を転がり、ようやく王都の宿舎にたどり着いた時には、もう夕方だった。

 ロルフに同行を頼むと、彼はあっさりと頷き、旅程の手配まで済ませてくれた。


 宿泊先は、格式あるホテルだ。


 館内に入ると、深い蒼と銀の絨毯が奥へと視線を導いた。

 柱には月桂とアカンサスの彫り模様が絡み、窓枠の金細工は糸を撚ったように繊細な曲線を描く。

 壁の燭台の真鍮は磨き込みの面に外光を淡く映し、火の色と溶け合って室内を温めている。

 王都に暮らしていた頃にも、立ち入る機会のなかった場所だった。


 部屋を物珍しく見まわしていると、ロルフが笑顔で箱を差し出してきた。


「君に贈り物があるんだ」

「え?」

 ジゼラはロルフの隣に腰を下ろし、箱を受け取る。


「開けてみて」


 蓋を開けると、そこには深い青のドレス。

 絹の光沢が柔らかく波打ち、見る角度で色が微妙に変わっている。

 間違いなく、王都でも一流の店の仕立てだ。


「素敵だけど……費用がかかったでしょう? 半分、出させて?」


 言いながら、自分でも可愛げのない言い草だと思った。

 それでも、黙って受け取ることはできない。性分なのだ。

 こんな時、コルネーリアなら笑顔で甘えてみせるのだろう。そう思うと、胸の奥に小さな苦みが残る。


 そんな可愛くない返事にロルフは軽く笑って、ジゼラの額にキスを落とした。


「こんな機会でもなきゃ、使いどころがないから。気にしないで。それに……恋人には、ちゃんとした贈り物をしたかったんだ。ね、受け取ってよ」


 ジゼラは言葉を失い、手元に目を落とした。

 頬が熱くなったのを、自分でも意識する。


 ドレスの袖口には銀の糸が繊細に縫い込まれ、背中には小さな宝石が等間隔に並んでいる。

 肌を大きく見せるような派手さはなく、それでも高級感と品のある仕立てだった。

 添えられたイヤリングとネックレスも、石の価も、見当がつかない。

 けれど、庶民の店ではまず手に入らない品だというのは見てすぐ分かった。


「ありがとう。本当に嬉しいわ……」

「どういたしまして」


 ジゼラは改めてドレスに目を落とし、その縫い目の細やかさを指先で確かめた。

 それから、笑みを浮かべる彼を見上げる。


 ──彼は、一体何者なのだろう。


 ◇


 式典の会場は、王宮・南殿の祝賀広間だった。


 貴族用の石段を上がるたび、靴底が金砂の浮いた床を踏み鳴らす。

 白大理石の柱が並び、天井には古王朝期の祝宴を描いた壁画。

 高窓から差し込む光が燭台の火と溶け合い、室内に淡い金を落としていた。


 扉が開き、名簿官が名前を読み上げる。


「ロルフ・ライヒ殿。並びに、ジゼラ・ローゼン嬢」


 その名が響いた途端、会場の何人かが振り返った。

 特に女性たちの視線は、露骨だった。

 いくつもの扇がふわふわ揺れ、さざめきが波立つ。


 髪を後ろへ撫で付け、装飾を徹底して削いだ黒礼服。

 軍官の威圧も、貴族の華美もまとわず、それでも周囲の視線をさらっていた。


「ずいぶんと視線を集めてるわね」


 軽く笑ってみせたが、胸の奥がざらつく。扇の陰から向けられる視線が、どうにも気に障る。

 囁きに気づいたロルフは、横顔のまま微笑んだ。

 その笑みが妙に誇らしげに見えて、つい唇を尖らせる。

 彼といると、感情がぽろっと出てしまう。


「俺じゃない。隣にいる美人が目を引いてるんだ」

「まあ、お上手だこと」

「事実しか言ってないよ」

「はいはい」


 ロルフの言葉に口元だけで応じた直後、近づいてきたのは、壮年の貴族だった。

 豪奢すぎぬ正装、金の糸を控えめに散らした袖口。

 議政院の名簿で見た名だ。

 ……爵位は、確か、侯爵。


 その侯爵が、立ち止まった。

 軽く頭を下げ、胸の前で拳を重ねる。

 貴族式の敬礼。

 それも、目上に向けるかたちの深い礼だ。


「ご無沙汰しております。……ご健勝と伺い、安堵いたしました」


 声は抑えめに、それでも確かにロルフへ向けられたものだった。


 ロルフは一瞬だけ頷き返し、深くは応えない。それが了解であるかのように。

 ジゼラは黙ってその一連のやりとりを見つめていた。

 給仕が現れ、銀盆に載せられた杯が差し出される。


 ロルフの左手が、その杯を受けた。


 そう、左手で。


 それが何を示すか、ジゼラは知っている。

 侯爵が下位に向ける所作ではない。


 対等……もしくはそれ以上の礼だ。


「ロルフ? あなた……」


 ジゼラが口を開いた時、ロルフはまるで悪戯が露見した子供のように眉尻を下げ、後頭部を軽くかいた。


「まあ、ジゼラなら気づくよね。……でも、ここじゃあアレだし、続きは式典の後でもいい?」


 愛嬌を載せたずるい笑顔に、ジゼラはきゅっと唇を引き結ぶ。


「では今夜、私は敬語で通しますね」


 声の調子に、拗ねた気配がほんの少しだけ混じる。


「待って。ひどくない? 俺たち、恋人同士だよ?」

 ロルフは思いきり不満そうに唇を尖らせた。


 子供めいた不満の言い草に、ジゼラは小さくため息を吐き、仕方なく視線を逸らす。

 だが、口元がほころぶのは止められない。

 この会場に似つかわしくはない仕草なのに、許せてしまうのは、ジゼラがこの男に恋をしているからだろう。


「……もう。仕方ない(ひと)ね。……でも、後で説明はしてもらうからね?」

「ああ、もちろんだ」


 ◇


 ロルフと一旦別行動をすることになったジゼラは、会場の奥、緩やかに張り出したバルコニーの縁で、懐かしい声に呼び止められた。


「ジゼラ~~~!」


 振り返ると、淡い黄色のドレスに身を包んだ令嬢が、扇を軽く振って近づいてくる。


 丸顔に明るい緑の瞳。

 あいかわらず、愛らしい笑顔だ。


「あら、リサも来ていたの?」

「うふふっ! 式典はチャンスよ? 人脈を広げるにはうってつけだもの。地方に引っ込んでたら、すぐに置いてかれるんだから!」


 胸元の子爵家の紋章(ブローチ)が揺れる。

 手紙のやり取りは続いていたが、顔を合わせるのは二年ぶりだ。


「ジゼラったら、すっかり雰囲気が変わったのね。ますます綺麗になった。表情も明るいし、なんだかいい感じよ」

「そんな……私じゃなくて、ドレスが綺麗なのよ」

「んもうっ! ジゼラは変にネガティブなところがあるんだから。……でも、ほんとに、よかったわ。元気そうで安心した」


 ふわりと笑うも、リサはすぐに表情を曇らせる。


「? どうしたの、リサ」

「実はね、その、あの、異母妹さんのことなんだけど……ええっと、話は聞いてる?」

「いいえ。何かあったの?」


「……あの、ちょっと、話題になってるの。彼女、女官課程の修了が遅れてる、って」

 声を潜め、リサが続ける。

「比べるのは失礼だけど……ジゼラは修了時に最高点を取ったでしょ? 現女官長以来、十八年ぶりの満点で。だから、どうしても周囲の期待が高くなっちゃうのよ」

 リサはさらに声を落とす。

「噂では、まだ式場の予約すら決まってないらしいの。シュヴァルツ伯爵夫人、そういうの厳しいから……」


 二人の結婚がまだなのは知っていたけれど、その遅れの理由までは知らなかった。


「シュヴァルツ伯爵家も困ってるみたい。表には出さないけど、予定がずるずると後ろ倒しで……そのうち、評判にも響くかもしれないから」


 リサは申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさい、こんな席で余計な話をして……」

「いいえ。教えてくれてありがとう」


 ジゼラは、ゆっくりと首を振った。


 やはり──胸の奥で予感していた通りだ。


 ◇


 会場の空気が緩みはじめた頃、ジゼラが目線を走らせると、ロルフの姿が人垣の向こうに見えた。


「待たせた?」

「そんなに」


 ロルフはグラスを手に、ちらと周囲を見渡す。


「?」

「セヴラン卿、さっき見かけたんだけど……ああ、いたいた」


 ロルフの視線を追って、ジゼラもすぐに気づいた。


 背丈は高くないが、歩みに迷いはない。

 紋章付きの外套をまとい、金の房飾りを指先で直しながら、まっすぐこちらへ歩いてくる。


「ジゼラ、久しぶりだね」


 声は低く、穏やかに抑えられている──この男もまた、場を読むのがうまい。


 ジゼラは軽く会釈を返す。


「……ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。……叔父様こそ、お変わりなく」

「ジゼラはすっかり、立派な淑女だね。ドレスがよく似合う」

「お世辞には、慣れておりませんが。感謝いたします」

「世辞なもんか。我が姪は慎み深すぎるのが瑕だな」


 そのやり取りを見守るように立っていたロルフに、セヴランの視線が向けられる。


「……ロルフ殿ですね」


 叔父の一言に、ジゼラのまつ毛がぴくりと震えた。

 父や他の親族に対してですら、ここまで丁重な呼びかけは聞いたことがない。


 ロルフはわずかに首を傾けた。


「お噂は、こちらこそ。ローゼン家を支えておられる方と伺っております」

「恐縮です。……どうぞ、私の姪をよろしくお願いいたします」


 笑顔のままの口調。

 それでも、確かにそこには何かを了解している空気があった。


 ジゼラは視線だけでロルフに合図を送ると、軽く礼をとった。


「では、そろそろ失礼します。長居すると、人の波に呑まれてしまいそうで」

「そうか。それがいい。……三日後には舞踏会がある。少しでも身体を休めるように」

 セヴランはにこやかに頷き、グラスを掲げて見送る。


 その穏やかな笑みの奥に、どこまでの情報があるのか。

 ジゼラは問うことなく、ただ黙礼を返した。

 ロルフもまた、軽く一礼し──ジゼラの歩調に揃えて、式場を後にする。



 扉を背にし、冷たい夜気の匂いがふわりと漂う通路を進む。


 控えの間を通り抜け、外階段へと足を向けかけたその時だった。


 前方から、二つの気配。

 絨毯の敷かれていない床をかすかに踏む音と、ゆるやかな衣擦れ。

 見慣れた輪郭に、ジゼラの足が止まる。


 ラベンダー色のドレスが、夜灯の下に輪郭を見せた。


「……お姉様」


 扇を傾け、足を止めたのは、異母妹・コルネーリアだった。


 仕立ての良いドレスだが、濃すぎる頬紅、疲れの残る目元……。

 隣に立つのは、グレゴール・シュヴァルツ。ジゼラを見るなり彼の目が見開いた。

 次いで、吸い寄せられるように視線が固まる。声も動きもない。

 それでも、そこには値踏みするような熱が宿っていた。

 ぞっとした次の瞬間、ロルフが視界を遮るようにジゼラの前へ出てくれて、ほっとする。


「行こう」


 ロルフは振り返らず、ジゼラにだけ言葉を向けた。


「ええ」


 答えながらも、ジゼラは異母妹たちを一瞥もせずに踵を返す。


 そして、ロルフの背に守られるようにして、出口へと歩みを進めた。


 呼び止める声は聞こえなかった。



 ◇◇◇



 ホテルの客室は、式典前夜と同じ一室だ。

 窓の外には王都の街明かりが点在し、遠くの坂道を馬車が静かに下っていくのが見えた。

 秋の夜気がひんやりと漂い、カーテンの端に冷気が触れている。



「説明するよ」


 ソファーに腰を下ろしたロルフが、ジゼラと向かい合う。

 声は落ち着いていたが、その視線は決して軽くない。


「あなたは、何者なの?」

「……俺の本当の名前は、ロルフ・アゼルリート。……ライヒは借りている名前なんだ」


 ジゼラは息を呑んだ。


 アゼルリート──北方を束ねる大公爵家。


 紋章は白銀の鷲、氷を裂く風を象徴する。

 領地は三つの侯国に匹敵し、財力と兵力は王家を脅かすとさえ囁かれている。

 古き王族の血を引き、王位継承の権利をも握る家門。


 その名を、この国で知らぬ者はいない。


「……アゼルリートって、公爵家……?」

「ああ。俺は嫡男だ」

「どうして、隠していたの?」


 咎めではなかったけれど、ロルフはゆっくりと視線を落とした。


「隠していたんじゃない。でも、その……言えなかった。アゼルリート家の政務は、王宮の意向が強く反映されるんだ。俺の赴任も、表向きは研修でも、実際は地方貴族の動きを探る役目を負わされてた」

 ロルフの声は乾いていた。

「身分を明かしたら、その瞬間に、目的を疑われる。だから、最初から名乗ることを禁じられていたんだ」


 ジゼラは黙って聞いていた。


「でも、ジゼラと働くうちに……──本来はもっと早く戻されるはずだった。でも、調査継続って名目で報告して、自分から延長を願い出たんだ」

「……私の為?」

「いや、自分の為だよ。俺がジゼラと一緒にいたかったんだ」


 ジゼラの胸が高鳴る。


 けれど同時に、どうしても口をついて出てしまう。


「……でも、公爵家の嫡男なら、本来は婚約者がいて当然でしょう?」


 ロルフは小さく首を振る。


「普通はそうだよね。だけど、アゼルリート家は強すぎて、どこと結んでも均衡を崩す。だから父が『時期尚早』とすべて退けていた」

「……だとしても、婚約破棄された私を……あなたのご両親が許すとは思えないわ」

「ローゼン家は財政を担った名門だ。評判は揺らいでも血筋の価値は変わらない。父は形式より実利を重んじる人だ。俺が選んだ相手を否定はしないよ」


 ロルフの眼差しが、まっすぐにジゼラを射抜いた。


「呆れてる?」


 呆れても、怒ってもいなかった。

 でも、すぐに言葉は出なかった。


 額に手をやり、目を閉じ、数拍。


「……いいえ。確かに最初から名乗られていたら……きっと、私はあなたを避けていたかも……」


 ここで、彼をまっすぐに見つめ、続ける。


「でも今の私は、あなたが誰であっても、もう後戻りはできない」


 ロルフが、膝が触れるほどの距離に座り、しばし見つめ合う。


 彼の表情には、迷いのようなものが浮かんでは消え、短くない時間、沈黙が落ちる。


 そっと肩へと腕が伸びた。

 ぎこちなく、どこか怯む気配に笑ってしまいそうになる。


 避けるわけないのに……。


 それに、この人が誰であっても、自分はもう選んでしまった。


 触れられた肩に意識を向けたまま、ジゼラは目を閉じた。





 ◆◆◆





 二年前、コルネーリアは自分が姉より幸せになったと信じていた。


 グレゴールは、幼い頃からジゼラの婚約者だったけれど、それはただの義務。

 彼が本当に好きなのは、自分のように明るくて、華やかで、周囲を楽しませることができる女性なのだと。


 グレゴールの隣で笑っている時、彼はいつも楽しそうだった。

「君といると飽きないよ」「そんなに無邪気に笑う女性は初めてだ」──そんな言葉に、コルネーリアは心を弾ませた。


 姉は、いつだって──お茶会でも夜会でも、コルネーリアのほうがずっと注目され、賛美の言葉を受けてきた。

 その反面、皮肉めいた視線を向けられることもあった──「冷たい人ね」「笑えばいいのに」「あんな堅苦しい人、王子妃になっても人気が出なさそうね」


 そういう言葉を、コルネーリアは幾度となく聞いてきた。


 だから、ジゼラより自分のほうが伯爵夫人にふさわしいと、自然に思い込んでいた。


 シュヴァルツ伯爵夫人からの教育も、女官長の研修も、宮廷の礼儀作法も、少し勉強すればすぐに身につくと思っていた。


 姉があれほど簡単にこなしていたのだから、自分にだってできるに決まっている、と。


 しかし、立場が変わった瞬間、すべてが逆転した。


 先ほど伯爵夫人から向けられた冷たい視線と皮肉交じりの言葉が、胸の奥に重くのしかかる。


「今のお話はご存じなかったようですね?」


 知らない政治の話題を振られても、うまく切り返す術を持たない。それどころか、言い訳をする余裕さえなく、ただ固まってしまった。



 そして、今。

 姉はといえば……素敵なドレスを着て、素敵な男性と式典に参加している……。




「……お姉様」



 姉は、呼びかけには答えてくれなかった。

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