8話 特殊任務No.4
「では――スタートだ!」
私はバタフライを再展開。
視界を共有しながら、蝶はダクトをくぐり、半開きのドアを抜けて専用フロアへ滑り込む。
仕込んだ魔法は、風属性・コンパクトサイクロン。
規模は抑えたが、狙いは棚一つを吹き飛ばす程度。
必要最低限――けど、確実に注目は集まる。
あの時は、できなかった。
あの時の私は、誰かを犠牲にすることが怖かった。
でも、今回は違う。被害を受けるのは“私自身の責任”。
「行きます。」
――アクション!
直後、視界リンクが切れる。
一瞬の静寂、その後に――バァンッという乾いた破裂音と、床を這うような崩落音が耳を打った。
「仕込んだ魔法を発動すると、蝶は消えます。」
「上出来だ。見ろ、山崎が焦って出てきたぞ。――さぁ、突入だ。」
山崎とすれ違う形で、私は窓口を飛び越え、管理室へと侵入した。
神城は私の背後に立ち、静かに告げる。
「私は魔力感知で山崎の行動を見張る。花蝶君、君はログと盗難物の確認を頼む。パソコンに情報があるはずだ。」
私はすぐにモニターを操作する。けれど――
「パスワードが!」
「右のカードをスキャナーに通せ。」
指示されるがままに動く。すぐにアクセスが通り、画面が開いた。
まずは事件概要。
被害は3冊――解毒、治癒、延命、すべて回復系魔導書。
なるほど、価値はある。けど“破壊”じゃなく“回復”を盗むあたり、動機は単純じゃない。
続いて入室ログ。
――この日だけ、ログが空白になっている。いや、正確には最初から“記録が存在しない”。
「花蝶君、急げ。山崎が誰かに電話しながら戻ってきてる。」
焦る。でも、待って――
あった。
事件当日、出勤記録が山崎だけ。
しかも監視ログなし。これはもう、クロだ。
私はスマホで画面を撮影しようとし、2枚目を押したその瞬間。
「花蝶君、引き上げた。」
耳元にひやりとした声。
神城が、影のように背後を通り抜ける。
直後、ドアノブが回る音。
私はすぐにモニターを閉じ、窓口を飛び越え、しゃがみ込む。
そのまま床を這い、視界の死角へ滑り込んだ。
ドアがゆっくりと開き、足音が近づく。
静かに、息を殺した。
――これが第7支部のやり方。
一度、図書館の外に出て、大きく深呼吸する。
肺に入った空気が、火傷のように熱い。
「私……生きてますよね?」
ドクドクと脈打つ心臓。背中を伝う汗はまだ止まらない。
神城の声が後ろから聞こえた。
「あぁ。まったく、素晴らしい仕事っぷりだ。」
横目に見た神城は、相変わらず涼しい顔だった。
私はフッと笑った。
――これが第2支部から盗んだ任務でさえなければ、もっと誇れたのに。
でも、この達成感は本物だった。
その後―事務所へ戻り、事件の資料をまとめる。
パソコンの画面には、山崎の犯行を示す証拠が並んでいた。
「その資料、第2支部に送りつけてやろうか。」
……この人、本当に悪いことばかり思いつくな。
「これだけの証拠があれば、山崎さんが盗んだのは一目瞭然ですけど……」
私は資料にもう一度目を通す。
“正義感”とかじゃない。――ただ、あの場所に戻りたいだけ。
「こんなの送りつけて、本当に恩を売れるんですか?」
「リーダーの望月君は神経質だからねぇ……すぐ反応来ると思うよ。」
「本当に送りますからね。」
私はスマホを取り出し、ためらいなく送信を押した。
数秒の沈黙――
―プルルルル
「はやっ!?」
思わずスマホを落としそうになる。慌てて体勢を立て直し、そのまま電話に出た。
「あぁっ、ええと、第2支部の花蝶シノです!……要件をどうぞ!」
やばい、テンパった。額の汗が頬を伝う。
『シノ、お前は第7支部だろ。』
―ミスった。
「す、すみません!第7支部の花蝶シノです、要件をどうぞ!」
『チッ……お前に用はない。神城を出せ。』
私は口を開いたまま、神城を振り返る。
彼はニヤニヤと笑い、当然のように携帯を受け取った。
「やーやー、望月君、元気だったかな?どお、資料見てくれた?」
神城は私を一瞥して、音声をスピーカーに切り替えた。
『あぁ……あれは明日、こっちが動く予定だった案件だ。勝手な真似すんな。』
「バカだねぇ、明日じゃ遅いって。」
『誰がバカだ。こっちはお前みたいに行き当たりばったりでやってねぇんだよ。』
「でもさあ、容疑者に資料を渡してちゃ意味ないだろ?管理長の山崎、アイツが犯人だったらどうすんの―って、実際そうだったけど…。」
望月は黙り込んだ。
けれど、その沈黙すらスマホ越しに怒気をはらんでいるのが分かった。
「そこで一つ、提案があるんだ。多分だけど……明日になれば、山崎も君対策で証拠を隠しにかかる。だったらさ、望月君。君と、花蝶君と、私。三人で――手柄を取らないか?」
なるほど、そういう魂胆か。
一見すれば、これは第2支部の手柄になる。けれど私たちが関わっている以上、完全には独り占めできない。
神城、策士すぎる。
山崎もまた、同じくらいに手強い。
だからこそ、神城は動いたのだ。
『……ここでは話せないな。』
ああ、やっぱり駄目か。口説き落とすには足りな――
『国立図書館に来てくれ。話がある。』
心臓が跳ねた。横目で神城を見る。彼も少しだけ口角を上げていた。
「それじゃ、よろしく頼むよ。」
その後、再び準備を始めた。