6話 特殊任務No.2
「どうもー、魔導書管理長、山崎さん。ちょっと確認したい魔導書がありましてねぇ……そこ、開けてもらえます?」
――直球すぎだろ。バカなのかこの人。
管理長・山崎は眼鏡をカチャリと押し上げ、無言で手元の書類をめくる。
数秒の沈黙の後、彼はじとりとした目を向けてきた。
「あなた、第7支部の神城セイジさんですね。書類、出してませんよね?」
「ええ、でもね。山崎さん。この前ここに来た第2支部の支部長……ああ、望月さん。彼、書類なしで通ってましたよね?」
バカなことを堂々と言い切る神城と、絶望的に眉間にシワを寄せる山崎。
2人の目の間に見えない火花でも飛んでるようだった。
山崎はふうっと息を吐き、書類を机に置いてから、口を開いた。
「神城さん。」
「……はい。」
「帰ってください。」
「えぇと…今、行ける流れでしたよね?」
山崎はグッと眉間に皺をよせた。
「そもそもねぇ、第7支部には入ってほしくないんですよ。あなたたち、問題しか起こさないんだから。分かるでしょ? ……ほら、帰った帰った。」
神城は、そのまま何の感情も見せずに私の方へ戻ってきた。
「すまない、花蝶君。無理だった。」
――ダッサ……。
いけますよ感、全身から出てたくせに。ヘラヘラして突撃して、結局これ。やっぱり所詮は三級魔法使い。
「身内でも入れないんだ。これで、ここの警備がどれだけ頑丈か証明されたね……山崎さん、なかなか食えない人だ。」
神城は顎に手を当てて、楽しそうに笑っている。
この期に及んで、何をニヤついてるのか。
入れなかった理由は“第七支部”だから? そんな考えも頭をかすめたが、口には出さないでおいた。
とはいえ、現実として侵入は拒否された。それならどうやって入るか。策を練るべきか。
……いや、違う。
問題の本質はそこじゃない。
ここは、国家魔法管理の中枢。無断では入れない。厳重な認証と監視の元に成り立つ、鉄壁のシステム。
にも関わらず――どうして魔導書は盗まれた?
身内でも入れない可能性があるこの警備体制を、何者かが破ったというのか。
それはつまり……。
「花蝶君。」
「……なんですか。」
「君の固有魔法を使おうか。」
「用途は?」
「君の能力で中を覗いてもらうよ。もともと、これは君の実習も兼ねているんだから。」
私は小さくため息をついた。
――最初からそのつもりだったんだ。入室を断られるのも想定内ってわけ。
目を閉じ、前に手を伸ばす。
「来て……バタフライ。」
手のひらから細かな粒子が溢れ出し、空気を震わせながら凝縮する。
やがて、淡い光を帯びたガラスの蝶がその姿を現した。
「視覚共有、開始。」
私の視界が、蝶のものとリンクする。ぼやけた映像が、少しずつ鮮明に形をなしていく。
「それで……何を見てくれば?」
「……あまり、指示厨にはなりたくないなぁ。何をすべきか、分かるかい?」
「えぇ。大体は。」
蝶がフロア内へと飛び込んでいく。
膨大な数の魔導書、警備の魔法陣、巡回する監視体。どれも高度に設計されている。
……だが、知りたいのはひとつ。
――盗まれたのは、どの本か。
それさえわかれば、犯人の目的も輪郭を持ち始める。
問題は、その“本”がこの山の中から見つけ出せるかどうか。
私は蝶の視界で、静かに世界を探り続けた。
魔導書の列、列、列……どれも似たような背表紙。古代語、現代語、数字、色だけのコード。目が回る。胃のあたりがじんわり気持ち悪い。
―数十分後。
「随分と難航してるね。」
耳元で神城が笑う。
私は蝶の視界から一瞬抜け、目元を押さえた。
「酔いそうなんですよ。空飛ぶカメラの視界を直結されて、上下左右ぐるんぐるん。
しかもですよ、どんな魔導書があって、どれが消えてるかも分からないんです。数冊失踪したって話なのに、こんな膨大な中から探せって…無理ゲーすぎません?」
文句が口をついて出る。やる気ゼロなのにドヤ顔だけは一級品。この人、3級のくせに威圧感だけは国家資格超えてるんだけど。
「……で、神城さん。何かヒントとか、ないんですか?」
私は腕を組み、蝶の視界を遠ざける。ふてくされるように彼へ睨みを送ると、神城は口元だけで笑っていた。