4話 第7支部–始動−
数十分後、私は第7支部の事務所にいた。
ここは、絶望的に居心地が悪い。
まず、事務所にはたった二つの席しかなかった。一つは支部長のもの。無造作に伸びた髪で目元を隠しながら、パソコンと睨めっこしている。
もう一つは、きっと前任者の席だ。椅子は出しっぱなし、机は散らかり放題。端には、誰かの家族写真が立てかけられている。もう、二度と見られることのない笑顔がそこにあった。
私は、椅子を引くことすらできなかった。
あまりにも“死”の気配が濃すぎる。
考えてみればこの席、死亡したって噂の前任…
背筋がぞわついた。
誰も口に出さないだけで、この空間に漂っているのは、「喪失」そのものだった。
そして、椅子の前で立ち尽くしていると、背後からカタリと音がした、支部長が書類を置く気配がする。
その音がきっかけとなり、ようやく私は声を出せた。
「支部長……何か、することはありますか?」
背を向けたままの支部長が、ぬるりとした動きでこちらを見た。
目元は髪で隠れているのに、不気味なくらい「こちらを見ている」のがわかる。
「君さ……捨てられたんだよね? 第二支部から、こんなとこまで落とされるなんて。相当嫌われてるか……よっぽどの失敗でもしたのかな?」
言葉が刺さった。心を読まれているような、そんな感覚すらある。
だが、私は一歩も退かない。
「……だから、仕事をください。」
その瞬間、支部長の机に置かれた指が、パチンと音を立てる。
彼の目線は私の背後を通り過ぎ、どこか遠くを見ているようだった。
「仕事ねぇ……この支部には、そんなもの来ないよ。来るのはせいぜい、他所の尻拭いか、帳尻合わせぐらいだ。」
私は、現実を突きつけられ俯き、声を出さないでいた。それを見て支部長が一息つく。
「まぁ、一つあるとしたら。」
支部長が立ち上がり、ゆっくりと私の背後へ回り込む。
その歩みは蛇のように静かで、まるで音を吸い込むような足取りだった。
私の肩に、重たい手が置かれる。
「君、ある任務から外されたそうだねぇ? その内容、まだ覚えてるかい?」
「国立図書館で、魔導書が盗まれた件……です。」
「正解。それが、君の仕事だよ。」
――は?
何それ、意味が分からない。
私は外されたはずだ。それなのに、どうして?
支部長は机の前に戻り、書類の束を適当にめくりながら笑った。
「うちの支部に任務は来ない。だから、自分たちで拾うんだよ。任務をかっさらって、成果だけ持っていく。そうすりゃ、でかい顔できる。」
彼の視線が、真っ直ぐに私を射抜く。
「その任務、奪って恩を売ろうじゃないか。」
馬鹿げてる。そんなの、正規の仕事じゃない。
勝手に首を突っ込めば、他支部に睨まれる。それでも……それでも。
私は、唇を噛んだ。
だが、それでも。
このまま第7支部に埋もれるつもりはない。
――火がついた。
今度こそ、あの任務を掴みきる。
第2支部には言いたいことが山ほどある。恩を売って戻れれば、それが一番いい。
「分かりました。私もさっさと恩を売って、こんなボロ臭い支部から抜けさせていただきますから。」
「いい度胸だ、花蝶君。期待しているよ。」
支部長の口元がニヤリと歪む。
その笑みは明らかに、私を使い捨ての駒と見ている顔だった。
けれど、そのとき――
私も、同じような顔をしていた。
「さぁ…第7支部―任務開始だ。」




