3話 第7支部
第7支部――そこは国家魔法監理局の中でも、最も評価の低い部署だった。
噂は、よく聞く。だが、誰も深く語ろうとはしない。
支部長は3級魔法使い。等級は低くないはずなのに、その実態は――凡才。
固有魔法を持たない。才能も無い。
ただ命令違反と問題行動だけを繰り返し、現在ではたった一人の部下すら死なせて、孤立している。そして、机と椅子だけの部屋で、独り、報告書のホコリを払って生きているとさえ言われていた。
そして、私はそこへ“送られる”。
それはつまり――飼い殺し。
戻ってくる道はない。
二級という肩書きも、実力も、今この瞬間から何の意味もない。
名簿の上で生きているだけの、死人だ。
その後、淡々と作業が進んだ。
気づけば、大きなナップサックを背負って、第二支部の前に立っていた。
背後に聳えるのは、馴染んだビル。
だがその姿はまるで、私が戻るのを拒むように、遠く、冷たく感じられた。
振り返らずに、その場を後にする。
2級である私が、3級のリーダーに就く――そんなこと、考えたこともなかった。
国家試験に合格し、晴れて魔法使いになった日。
私の固有魔法「バタフライ」は、その汎用性が高く評価され、スタートから2級という破格の待遇を得た。
周囲から見れば、それは“努力せずに得た地位”だったろう。
鼻につく、嫌われ者だったかもしれない。
でも、現実は違った。
実戦経験の不足が露呈し、判断の甘さが任務を狂わせた。
その結果が、この左遷――否、処分。
固有魔法が何だ。階級が何だ。
「現場で使えない奴」は、こうして追い出される。
静かに、地面を見つめる。
アスファルトに滲んだ黒い染みが、どこか自分の人生のようで、やけに重く感じた。
第7支部の場所は、この住宅街の道をまっすぐ進んだ先。
ただの道なのに、足が進まない。いや、進めたくない気持ちのほうが勝っていた。
その時だった。
――プルルルル、とポケットの携帯が鳴る。
画面に表示された宛名は『第7支部』。
私はためらいながら、ゆっくりと電話に出た。
『そこから動くな。』
一言目がそれだった。
無意識に背筋が伸びる。
「……今回第七支部に配属されました、花蝶シノです。」
『君の前方奥に見えるのが、私の事務所だ。電話は繋いだままで構わない。ゆっくり前へ進みたまえ。』
低く響く声。
だが、どこか芝居がかった軽さがある。
本心が見えない。道化のような……あるいは、狡猾な仮面。
全身に謎の違和感を受けながら、私は三階建ての古びたビルの前に立った。
玄関横、歪んだ金属板に書かれた文字――『地理局第七支部』。
――違う。ここは“国家魔法監理局第七支部”。
だが、正面にそんなもの掲げれば、敵に「ここを狙ってくれ」と言っているようなもの。
だから、大抵はカモフラージュの名を使っている。ここも例外じゃない。
カラカラ……と音を立て、ドアを開ける。
もちろん自動ドアなどない。ただの鉄製の扉だ。
『一番上まで来てくれ。』
電話越しの声。短く、威圧感のある抑揚。
拒否という選択肢を、最初から与えられていないような口調。
「……はい。」
そう答えながらも、胸の内に圧迫感が残った。
相手は三級魔法使い。階級的には、私以下。
なのに――この威圧感。
まるで、自分より何段も上の存在に睨まれているような感覚。
階段を上がるごとに、違和感が強まる。
これは……感じたことがある。魔力による誘導だ。
人為的な魔力操作による“感知妨害”――でもなんで。
――まさか!
「魔力感知──」
言いかけた瞬間、視界がブレた。
「遅い。」
耳元で囁く声。もう、遅かった。
首筋に冷たいものが触れる。
背の高い男の指先が、喉元に突きつけられている。
動けば、撃たれる。
言葉を発せば、殺される。
そう、体がはっきりと理解した。
「君……弱いね。」
「私が……弱い?」
「私が君に気づいたのは、駅を降りた時だよ。
魔力感知を段階的に強めて、君の反応を見ていた。」
「君が異常に気づいたのは、私との距離――約10メートル。
その時点で、もう“即死”だ。」
その瞬間、喉元の指が押し込まれる。
「う……ぐぅ、がはっ……!」
呼吸が止まり、膝が崩れる。
床に這いつくばる私を、男が上から見下ろしていた。
黒いロングコートのポケットに手を突っ込み、にやりと笑う。
パーマの隙間から覗いた目は、蛇のようにギラついていた。
「ようこそ、国家魔法監理局第七支部へ。
私は君を――歓迎するよ。」
その言葉に、希望はなかった。
私に残されたのは、人生の終わりと、底知れぬ恐怖だけだった。
「私の名前は神城セイジ。よろしく、花蝶シノさん。」