11話〜15話 総集
――そして、次の日。
現在、山崎宅。
2階で2LDKの室内には、生活の痕跡が静かに沈んでいた。
壁にかけられた家族写真。表彰状。カレンダーに赤く囲まれた病院の予定。
どれも、ここにあった幸せを考えると、目を逸らしたくなる。
「今はこの家で、お一人ですか?」
不用意に聞こえたその言葉に、山崎はちらとこちらを見やった。
望月と神城の表情を確認してから、小さく、ゆっくりと頷く。
「ええ。息子はもう独立しています。……妻は、病院です。」
淡々とした口調なのに、その一言が場の温度を数度下げた。
私は言葉を選びかけて、何も言えずに黙る。
「――あの、皆さん。」
沈黙を破ったのは、山崎自身だった。
ゆっくりと立ち、全員の顔を順に見てから、深々と頭を下げる。
「お願いがあります。……私が死んだあとで構いません。どうか、妻を、守ってやってください。」
その声に、虚勢はなかった。ただ、残された人への祈りだけが宿っていた。
私は、何も言えなかった。
「……山崎さん。」
神城が口を開く。
その唇に浮かんだのは、冷笑でも皮肉でもない――ほんの一瞬、素の笑みだった。
「我々は、あなたを利用することに決めました。そして、守ることにも決めました。……そのどちらも、矛盾していません。」
「……ありがとうございます……」
山崎は絞り出すように声を返し、震える肩を抱くように、再び頭を下げる。
その横顔に、私は罪と希望が重なって見えた。
「――と、いうわけで、センチな空気はここまでにしよう。」
神城が手を叩く音が、静かな室内を断ち切った。
そのままテーブルに身を乗り出し、小声で囁く。
「先ほどから、2人組がこちらに向かってきている。距離はおよそ三十メートル。違法魔法使いかは断定できないが……足音が、静かすぎる。動きに無駄がない。プロの手口だ。」
息が詰まるような静寂が落ちた。
「――あの、そのことなんですが……」
私が声を潜めて問いかける。
「相手も魔力感知を使っていたら、この家に山崎さん以外の魔力があるの、気づかれませんか?」
その瞬間、望月の手が、ぽんと私の肩に置かれた。
驚いて振り向くと、どこか余裕めいた笑みを浮かべている。
「心配すんな。そんな高精度の魔力探知ができるのは、俺の知る限り――コイツだけだ。」
視線を神城へ向けると、案の定。
――あの、むかつくドヤ顔。
やっぱりね。……自信だけは一流なんだから。
「山崎さんはこのままテーブルで待機を。絶対に動かないでください。」
神城が声を潜めて命じる。
「俺たちは――玄関で待ち伏せだ。」
張り詰めた空気が、次の瞬間を静かに告げていた。
―数十秒後。
ゴンゴンッ!と
玄関に鈍い衝撃音が響いた。
私は息を詰め、壁の陰で身を潜める。耳に集中する。
「おーい、山崎さーん?居留守っすか?」
「……バカじゃねえの、通報されるぞ。」
「うるせぇな、殴るぞコラ!」
バァン!
今度は拳でドアを殴ったらしい音。次の瞬間、足元の小さな宅配窓がカチャリと開く。
……まずい。
私はそっと死角へ身を滑らせた。視線が合わないよう、壁伝いに移動する。
「……あーあ。靴、あるじゃん。」
「チッ……山崎ぃ。」
心臓の音が、頭に響く。
……いつになったら、入ってくるんだよ。
「しょうがねえな。いくか。やっちまえ。」
「――あぁ、了解。」
突入される。
私は構えを取った。けれど、待てどもドアは開かない。外の気配が、すうっと消える。
静かすぎる。嫌な予感が背を這う。
次の瞬間――
ドアの中央が、じわりと橙色に染まり始めた。
……何、これ。
思考が止まりかけた瞬間、背後から声が飛ぶ。
「花蝶君!早く!窓から外に逃げろ‼︎」
神城だった。
その声が、思考を撃ち抜いた。
腕を引かれ、半ば引きずられるように走る。
「エアスラッシュ!」
神城の魔法が空気を裂き、窓ガラスを吹き飛ばした。
冷たい外気が、一気に部屋へ流れ込む。
神城、望月、そして私が次々と飛び出す。
「待って! 山崎さんが――!」
叫んだ私に、望月が低く告げた。
「……彼はもう、無理だ。」
その言葉が終わるより早く、
閃光――
世界が真っ白になった。
――直後に、衝撃。
地面を叩きつけられたような爆風。
鼓膜が破れそうな轟音。
吹き飛ばされ、視界が揺れる。
熱と風が背中を叩き、私は転げ落ちた。
背後では、アパートの一室がまるで紙のように崩れ落ちる。
私は耳を押さえながら、足を震わせ、ただ燃え上がる部屋を見つめていた。
アパートの炎の中から、黒い服を纏った二人の男が現れた。
「あーあ、余計な時間かかっちまったな。おい、さっさと倉庫に戻るぞ。せっかく手に入れたんだ、高く売らねえとよ。」
「これで俺ら、一生遊んで暮らせんな!」
……は?
何言ってんの、こいつら。
そんな、ガキの小遣い稼ぎみたいな理由で――
山崎は最後に言葉を残す事も、家族に会うことも、妻を助ける事を出来ずに死んだ。
なのになんで、こいつらは………。
私の中の道徳心が、崩れ落ちる。あぁ…ダメだ、今すぐこいつらを――してやりたい。
その殺意が視線に出たのかもしれない。私が睨みつけた瞬間、神城が前に出た。
「花蝶君、押さえなさい。」
その声は低く、鋭かった。いつもの飄々とした空気は、そこにはない。
「おい、違法魔法使い!」
「……あぁ?」
「んだコラ、誰だよテメェは。」
「魔導書を返してもらおう。それが命より大事なもんなんだろ?」
男のひとりが、にぃっと笑った。
「へぇ……国の犬が来たか。」
二人の視線が、私たちを突き刺す。人を殺してきた者だけが持つ、あの冷えた目。その眼差しを、神城がすっと身体を動かして遮った。
「花蝶君、望月君。君たちはここで待っていてくれ。」
……なぜ? 神城は三級のはずなのに。でも望月は当然のように頷いていた。なにかを知っている目だった。
「神城さん! 私も援護します。私が無理なら、三級魔法使いの神城さんにも無理ですよ!」
神城は手を挙げて静かに制した。
「三級魔法使いの戦い方を見せてあげよう。」
その顔には、笑み。けれど、それはまるで――始まりを楽しむ処刑人のようだった。
刹那、神城が掻き消える。否、速すぎて、目が追えなかった。粉塵が一直線に走り、空気が裂ける音が遅れて届く。姿を捉えたとき、すでに彼は男の懐にいた。
細い体躯。だがその動きは、獣にも似て鋭い。男の方は反応すらできず――
「フリーズ」
初級氷魔法。なのに、ただの冷気ではない。神城の掌から吹き出したのは、視界を白く染める”氷の奔流”。男の体が瞬時に硬直し、全身が分厚い氷塊に閉じ込められる。
もう片方の手が、氷塊に向かって弧を描いた。
「エアスラッシュ」
空気が斬れる。それも一線ではない。格子状の切断線が、氷を、男の身体を、幾何学的に切り裂く。
――静寂。砕けた氷の間から、じわりと滲む赤。
「まずは、一人。」
神城が足を止め、視線も動かさずに呟く。呼吸は乱れていない。ただ静かに、当然の結果として血の海を見下ろしていた。
「……!」
私は、声も出せなかった。使った魔法は、すべて初級。そしてそれを、これほどまでの威力と精度で使いこなすには、どれだけの鍛錬が――。
「驚いただろ?」
隣で望月が肩を並べてくる。
「知ってたんですか? 神城さんがこんなに強いって。」
「神城は、固有魔法を持ってない。ただそれだけで三級に甘んじてる。でもその実力は……一級と並ぶ。」
「一級……!?」
「滑稽だろ。アイツ自身が、それを一番理解してる。」
望月のその言葉が、どこか不穏で、意味深だった。
「もう……一人。」
神城が、ゆっくりと首を回す。その目は人じゃないみたいに冷たい。
残った男は腰を抜かしていた。目の前の惨劇に思考が止まり、ただ這いずるように後退する。
神城が歩く。音もなく。足音よりも先に、空気が冷える。
「逃げない方がよかったのに。」
その一言と同時。氷の槍が突き出された。男のふくらはぎを貫通し、地面に縫い付ける。
悲鳴が響く。耳を刺すような、泣き喚く獣のような声。敵だとわかっていても、痛覚だけは想像できてしまった。
神城はしゃがみ込む。そして男の口元を、静かに掴む。
「魔導書は――どこだい?」
吐息が触れる距離。だが男は、苦痛で言葉すら吐けない。
神城は無言で手を離した。
「は……ああ……はな、話す、話すから! お願い、殺さないで……!」
その声に、神城は微笑んだ。
「それでいい。最初からそうすれば、足は刺さずに済んだ。」
冷たい理屈。淡々とした声。
目の前にいるのは――正義の魔法使い、ではなかった。
もっと別の、何かだ。そうとしか思えなかった。
「というわけだ、花蝶君。君は……固有魔法に“依存”しすぎている。確かに汎用性は高い、でも、基礎魔術だけでも、これだけの結果が出せる。」
神城は、あの笑顔のままだ。
血と氷と死体に囲まれていても、どこまでも穏やかに笑っている。
「君なら、本当に最強の魔法使いに……なれるよ。」
その声は、祝福にも、呪詛にも聞こえた。
私は、何も言えなかった。ただ――心の奥で、ふと漏れてしまった。
「……バケモノ。」
自分でも、誰に向けた言葉か分からなかった。
燃え盛るアパート。血に染まった床。凍りついた死体と、砕けた氷。
ただその中に立つ、ひとりの笑顔だけが、どこまでも場違いで、怖かった。
こうして、この事件は終わった。
けれど、私の中の何かは、壊れたままだった。
その後、いくつかの後始末があった。
望月たち第二支部の動きで、使われていない倉庫から魔導書が3冊回収された。
情報を吐いた違法魔法使いは、静かに――処理された。秘匿死刑。
きっと記録にも残らないだろう。
私たちの方は、山崎の妻の病室を訪れた。
魔導書の何も語らず、ただ治療という名目で回復魔法を施した。
穏やかな眠りの中、山崎の面影を残すような横顔が、静かだった。
そして、私の戦闘の余韻も、すでに消えかけていた。
「山崎さん…これで報われたんでしょうか。」
ぽつりと呟いた私に、神城は静かに返した。
「報われるか、か…。そうだな。だが、違法魔法使いだろうが運び屋だろうが同じだ。ルールと道徳を履き違えるなよ。」
その目は、あの時の狂気とは違っていた。今はただ、真っ直ぐだった。
「……分かってますよ。それと、第2支部の件、よろしくお願いしますね。」
私は軽く頭を下げた。恩を売って、異動の後押しをしてもらう――そのつもりだったのに。
神城は、黙って私を見つめていた。沈黙が、妙に長く感じた。
「花蝶君。君は、第2支部で何がしたいんだい?」
唐突な問いに、私は答えに詰まる。けれど、答えは決まっていた。
「私は……山崎さんみたいな人を、もう見たくないんです。だから、第2支部でたくさんの事件をこなして、もっと多くの違法魔法使いを捕まえて――少しでも犠牲を減らしたい。」
それが、今の私にできること。そう信じていた。
けれど、神城の返答は――想定外だった。
「もし私が、もっと悪いやつを追っていたとしたら?今回の事件なんかより、はるかに深く、黒い何かを。」
「……それは、」
言いかけた私に、神城は言葉を重ねた。
「花蝶君。私は、君に第七支部に残って欲しいと思っている。」
その言葉には、いつもの飄々とした調子はなかった。
だからこそ、胸に何かが引っかかった。
――私は、どうするべきなのか。
神城は少し間を置いて、付け足すように言った。
「まぁ、後でいいさ。詳細はここでは話せないしね。明日、事務所でまた聞かせてもらうよ。……今日は帰りたまえ、花蝶君。」
その口調には、命令でも、懇願でもない、ただ“預ける”ような温度があった。
私はぺこりと浅く頭を下げて、その場を離れた。
夜風が思ったより冷たくて、足元の音だけが静かに響いていた。
――本当に、たった二日間の出来事だったのか。
第七支部に来たのは昨日のことだ。
非公式とはいえ、こんな大きな任務に関わり、命を賭けて戦った。
それも、支部の誰かの「命」を巡って。
確かに…第七支部の方が、私は成長できるのかもしれない。
いや、しなきゃいけないのかもしれない。
私はまだ、魔法使いとして何も成していない。
任務失敗で左遷されて、今回だって戦ったのは神城だ。
私は、ただそれを見て、追いつけなかっただけ。
でも――だからこそ。
何か一つ、結果を出せるまで。
この支部にいる意味は、きっとある。
私はそう思い始めていた。
病院――館内。
花蝶が去ったあとの静けさの中、広い受付のソファに神城は深く腰掛けていた。
夜のため、廊下には人影もまばら。だがその足音だけが、確かに響いてくる。
神城の前に立ったのは、望月だった。
「やぁ、望月君。君もそろそろ帰って休んだらどうだい。」
いつもの調子で言う神城に、望月は一歩踏み込む。
「やめろよ…その喋り方。いつまで、お前は彼女――奄美雫の真似をしてるつもりだ。」
神城の視線が、ゆっくりと望月をとらえる。
その目は笑っていない。ただ静かに、深く、何かを封じ込めるように見ていた。
「噂になってるぞ……支部長がたった1人の部下を死なせたってな。
でも真実は逆だ。第七支部の支部長だったのは奄美雫。死んだのは、彼女の方だ。」
望月の声が震える。けれど、それは怒りのせいだった。
「口調も、性格も、やり方も……全部、あの人のコピーだろ。あんた自身のやり方は、どこに行った?」
神城は短く、ため息をこぼす。
「望月……僕は、僕の目的を果たす。雫さんが生きていれば、同じことを選んだはずだ。」
「じゃあ……花蝶シノはなんだ?雫さんの代わりにでもするつもりか?やり方は違えど雰囲気似てるもんなぁアイツ。」
その言葉に、神城の顔が歪んだ。
「黙れよ…。」
怒鳴り声と同時に立ち上がり、望月を睨みつける。
だが次の瞬間、その表情はまた仮面のような笑顔へと戻った。
「……だからさ。早く帰んなよ、望月“君”。」
望月は小さく舌打ちを残し、背を向けて歩き出す。
振り返ることもなく、重い足取りで夜の病院を出ていった。
その背中に向けて、神城が言葉を落とす。
「……望月君。私は、第七支部に君も必要だと思っているよ。
……じゃあ、おやすみ。」
返事はなかった。ドアが閉まり、再び静けさが戻る。
ソファに沈む神城の影は、夜の照明の中で歪んで見えた。
微かに、かつての声が残る――
奄美雫という名の、過去の幻影。
序章――「国立図書館魔導書強奪事件」完。
数日の特別休暇を経て、私は再び第七支部のドアをくぐった。
今日、私の処遇が決まる。そう聞かされていたからだ。
ドアは相変わらず重くて軋む音を立てた。
中に入ると、事務所は変わらず雑然としていて、その中央に、いつもの男がいた。
「やぁ、花蝶君。真面目に来るとは偉い偉い。」
ソファに腰を落としたまま、神城は相変わらずの調子で口角を上げた。
その目は、相変わらず前髪の陰に隠れている。
「それで、神城さん。私は――第二支部に、戻れるんですか?」
私はソファにも座らず、正面に立ってそう訊いた。余計な言葉はいらない。答えだけが欲しい。
「そのことだけど……君の第二支部への復帰は、正式に許可されたよ。」
一瞬、胸がふわりと浮く感覚がした。
「……本当に?」
「本当さ。だが――同時に、君が第二支部へ行く必要も無くなった。」
「……え?」
一気に冷水を浴びせられたようだった。
今の言葉の意味を、脳がうまく理解してくれない。
「……それ、どういうことですか?」
私の声だけが室内に浮かび、やけにクリアに響いた。
神城はニコリと笑い、私の肩越しに向かって言った。
「それじゃあ、入りたまえ。」
すると重たい空気と共に、ドアが軋む音を立てて開く。
現れたのは、見慣れたあの顔だった。
「……やりやがったな、神城。」
「望月さん!?」
彼の目は怒りを抑えきれずに揺れていた。だが、それ以上に疲弊していた。
「望月、第二支部リーダー……ようこそ、第七支部へ。」
神城が口角を上げて、芝居がかった拍手を送る。
「お前……! 第七支部と協力した情報、上にバラしやがったな。協定違反の名目で降格だとよ、まさか第七支部まで落とされるとは…。」
「ね? 花蝶君。君の上司は君を追ってここへ来た。もう第二支部に未練はないだろう? これからは、三人で仲良くやっていこうじゃないか。」
笑っているのは、神城だけだった。その笑みに、どこか底知れないものが滲んでいた。
望月はふぅと深いため息をつき、事務所をぐるりと見渡す。
「子汚ぇ事務所だな……片付けもされちゃいねぇし、カビ臭ぇし。ほんと、最悪。」
ぶつぶつ言いながら、一つの机の上に目を留めた。そこには、色あせた家族写真が飾られていた。
「……おい神城。雫さんの席、まだそのままにしてんのか?」
「雫……さん?」
私が訊き返すと、神城は一瞬だけ口を閉じ、だが望月が口を開こうとした瞬間――
「亡くなった前任の席だ。」
神城が食い気味に言い放つ。語気は強く、遮るように。
その言葉に、部屋の空気が一段と重くなる。
「……それも含めて、話すつもりだよ。第七支部の“本当の目的”を。」
私は息を呑んだ。
「本当の目的」――その言葉が、頭の奥で何度も反響する。
神城は何かを隠している。尋常ではない強さ。曖昧な言動。そして、この第七支部そのものが、どこか異常だ。
「私は……魔法使いの味方ではない。否、誰の味方でもない。」
唐突すぎる言葉に、思考が凍った。どういう意味だ?
「ありがちだろ?ある日、重大な秘密を知って、敵陣に潜入するとか……まんま、そのパターンだよ。」
「その、“秘密”って……」
「まだ言えない。下手に話せば、君たちの命に関わる。」
「それは……その、雫さんって人も……?」
一瞬、神城の眉が動いた。
「……そいつが死んで、確信に変わった。それまで仮説に過ぎなかったものが、現実になった。だから、今動くべきだと思ったんだ。」
「……だから人を集めたんですね。」
「ああ。もう察しているかもしれないが、簡潔に言おう。――私の敵は、《国家魔法管理局》。そのトップだ。」
私は生唾を飲み込む。
それが真実なら、神城の言っていた“もっと悪い奴”は―私たちの、すぐそばにいる――それが神城の言う「敵」だというのなら。
「ここには、信用に値する人間だけを集めたつもりだ。望月君、君は私と同じ時期に現場に出た同僚だ。君の実力と覚悟、私は理解している。」
同僚だったのか……なら、あの口の悪さも納得できる。だが、私は――。
「花蝶君、君は今回の図書館任務で十分に証明してくれた。洞察力、固有魔法、そして決断力。私は君の“使い方”をもう理解している。なにより、その性格がいい。――信用に値する。」
一瞬、胸がざらつく。それは嬉しさでも、誇りでもなかった。ただ、選ばれたという事実だけが重たく響いた。
「――ああ、やっと理解できた。」
望月が頭をかきながら、ため息まじりに笑う。
「お前がわざわざ俺に『シノをこっちに寄越せ』って言ってきた理由、やっと腑に落ちたよ。上層部に先に抜かれるのが嫌だったんだな?こいつの固有魔法――強いから。」
「その通り、敵に回ると怖いからな。
と言うわけで、これからはこの3人でやっていきたいところなんだけど……残念ながら、任務がない。せっかく花蝶君に実践を積ませた買ったけれど……だから、また盗んで来ようか任務。」
神城の口調は、さっきまでとまるで違っていた。
国家を敵に回す決意を告げた男とは思えないほどに、軽くて、飄々としていて、腹の底が見えない。
だが、その軽薄さの裏にある確かな「本気」だけは、今の私たちにはわかっていた。
望月も黙っていた。ただ一つ、笑みのような、呆れのような、そんな顔で神城を見ている。
私は、この支部のやり方も、空気も、そしてこの、変な人たちも。
――不思議と、嫌じゃなかった。
「それで…どうやって任務を盗むんですか?もう私は任務持ってないですよ。」
「そうか…。なら望月君、君は左遷されたばかりだろ?なんか持ってないのかい?」
「持ってねーよ、こちとらいきなり過ぎてそんな余裕もねぇわ!」
――手詰まり。神城が黙り込むなんて、今回ばかりは何も思いついていないらしい。このままじゃ、私たちは”灰被り支部”として書類整理と雑用漬けの毎日。魔法使いになった意味が消えてしまう、それだけは絶対に嫌だった。
「どこかで、募集とかできないですかね。」
適当に出したつもりのその案に、2人の視線が一斉に刺さる。神城の目は相変わらず髪で隠れているけど、確実にこちらを見ている気配がした。
「……悪くない。やってることはほぼ違法魔法使いと同じだが、国に認められてる魔法使いなら問題ない。」
「ああ、原則として国からの仕事しか受けられないが、民間や企業からの依頼を受け付ける“相談窓口”にしてしまえば、それ自体は違法じゃねぇ。」
こうして、私の一言で第七支部は新たな方向へと動き出した。すると神城がノートパソコンを取り出し、国家魔法管理局の公式サイトを開く。画面横のメニューをスクロールして、下部を指差した。
「ここの一番下。ここに“民間相談窓口”を特設する!」
「了解!」
私たちの関係は、命令で動くだけの歪なものから、目的を共有する仲間へと変化し始めていた。
その後、ページの構築を進めていく。レイアウトもそれっぽくなってきて、問い合わせフォーム、任務カテゴリのセレクトメニューの表示など、形になっ行った。
そして数日後、公式ページに、民間相談窓口が作られた。
だが、ふと胸をよぎる一抹の不安。――これ、普通に考えて秒で消されるんじゃない?勝手に窓口作って、局に見つかったら終わりだ。
「神城さん、ちょっといいですか……これ、絶対すぐ消されますって。」
私の声に、神城は顎に手を当てながらニヤニヤとこっちを見下ろしてくる。
「花蝶君。消されてもいいのだよ。少なくとも一日、たった一日持てばいい。依頼は絶対来る。世の中、思っている以上に魔法使いを求めている。」
「でも、一日どころか数分で消される可能性も……」
「そこは大丈夫。」
神城が私の背後に回り、勝手にマウスを操作しながら自分のPCを差し出す。私の画面にも、神城の画面にも、国家魔法管理局の公式ページが開かれている。
「見てごらん。」
私は自分の画面のメニューをスクロールして下を確認する。……無い。さっき作った民間窓口のリンクが消えてる。
「やっぱり消されたじゃないですか。」
「いや、こっちにはある。」
神城のPC画面には、確かに“民間相談窓口”のバナーがある。
「……どういうことだよ。俺の画面にもねえぞ。」
「このサイトな、国家魔法管理局関係者は自動ログイン状態になる仕様でね。こっちの設定で、“ログイン状態のユーザーには表示しない”ってフィルターかけてるのさ。」
私と望月は顔を見合わせた。……姑息だ。でも、確かにこれなら見つからない。すぐに消されることもない。




