11話 違法魔法使い
――そして、次の日。
現在、山崎宅。
2階で2LDKの室内には、生活の痕跡が静かに沈んでいた。
壁にかけられた家族写真。表彰状。カレンダーに赤く囲まれた病院の予定。
どれも、ここにあった幸せを考えると、目を逸らしたくなる。
「今はこの家で、お一人ですか?」
不用意に聞こえたその言葉に、山崎はちらとこちらを見やった。
望月と神城の表情を確認してから、小さく、ゆっくりと頷く。
「ええ。息子はもう独立しています。……妻は、病院です。」
淡々とした口調なのに、その一言が場の温度を数度下げた。
私は言葉を選びかけて、何も言えずに黙る。
「――あの、皆さん。」
沈黙を破ったのは、山崎自身だった。
ゆっくりと立ち、全員の顔を順に見てから、深々と頭を下げる。
「お願いがあります。……私が死んだあとで構いません。どうか、妻を、守ってやってください。」
その声に、虚勢はなかった。ただ、残された人への祈りだけが宿っていた。
私は、何も言えなかった。
「……山崎さん。」
神城が口を開く。
その唇に浮かんだのは、冷笑でも皮肉でもない――ほんの一瞬、素の笑みだった。
「我々は、あなたを利用することに決めました。そして、守ることにも決めました。……そのどちらも、矛盾していません。」
「……ありがとうございます……」
山崎は絞り出すように声を返し、震える肩を抱くように、再び頭を下げる。
その横顔に、私は罪と希望が重なって見えた。
「――と、いうわけで、センチな空気はここまでにしよう。」
神城が手を叩く音が、静かな室内を断ち切った。
そのままテーブルに身を乗り出し、小声で囁く。
「先ほどから、2人組がこちらに向かってきている。距離はおよそ三十メートル。違法魔法使いかは断定できないが……足音が、静かすぎる。動きに無駄がない。プロの手口だ。」
息が詰まるような静寂が落ちた。
「――あの、そのことなんですが……」
私が声を潜めて問いかける。
「相手も魔力感知を使っていたら、この家に山崎さん以外の魔力があるの、気づかれませんか?」
その瞬間、望月の手が、ぽんと私の肩に置かれた。
驚いて振り向くと、どこか余裕めいた笑みを浮かべている。
「心配すんな。そんな高精度の魔力探知ができるのは、俺の知る限り――コイツだけだ。」
視線を神城へ向けると、案の定。
――あの、むかつくドヤ顔。
やっぱりね。……自信だけは一流なんだから。
「山崎さんはこのままテーブルで待機を。絶対に動かないでください。」
神城が声を潜めて命じる。
「俺たちは――玄関で待ち伏せだ。」
張り詰めた空気が、次の瞬間を静かに告げていた。
―数十秒後。
ゴンゴンッ!と
玄関に鈍い衝撃音が響いた。
私は息を詰め、壁の陰で身を潜める。耳に集中する。
「おーい、山崎さーん?居留守っすか?」
「……バカじゃねえの、通報されるぞ。」
「うるせぇな、殴るぞコラ!」
バァン!
今度は拳でドアを殴ったらしい音。次の瞬間、足元の小さな宅配窓がカチャリと開く。
……まずい。
私はそっと死角へ身を滑らせた。視線が合わないよう、壁伝いに移動する。
「……あーあ。靴、あるじゃん。」
「チッ……山崎ぃ。」
心臓の音が、頭に響く。
……いつになったら、入ってくるんだよ。
「しょうがねえな。いくか。やっちまえ。」
「――あぁ、了解。」
突入される。
私は構えを取った。けれど、待てどもドアは開かない。外の気配が、すうっと消える。
静かすぎる。嫌な予感が背を這う。
次の瞬間――
ドアの中央が、じわりと橙色に染まり始めた。
……何、これ。
思考が止まりかけた瞬間、背後から声が飛ぶ。
「花蝶君!早く!窓から外に逃げろ‼︎」
神城だった。
その声が、思考を撃ち抜いた。
腕を引かれ、半ば引きずられるように走る。
「エアスラッシュ!」
神城の魔法が空気を裂き、窓ガラスを吹き飛ばした。
冷たい外気が、一気に部屋へ流れ込む。
神城、望月、そして私が次々と飛び出す。
「待って! 山崎さんが――!」
叫んだ私に、望月が低く告げた。
「……彼はもう、無理だ。」
その言葉が終わるより早く、
閃光――
世界が真っ白になった。
――直後に、衝撃。
地面を叩きつけられたような爆風。
鼓膜が破れそうな轟音。
吹き飛ばされ、視界が揺れる。
熱と風が背中を叩き、私は転げ落ちた。
背後では、アパートの一室がまるで紙のように崩れ落ちる。
私は耳を押さえながら、足を震わせ、ただ燃え上がる部屋を見つめていた。




