10話 反撃準備
「我々、国家魔法管理局にです。」
瞬間、山崎は椅子を倒すほど勢いよく立ち上がった。
そして、そのまま後退りし、崩れるように床へ沈んだ。
顔は青ざめ、目の奥には絶望しかない。
無理もない。
自分の独断で、全てを狂わせたのだ。
結果として、彼は魔導書を盗み、違法魔法使いへ送り届けたただの犯罪者。
そこに、どれほど切実な理由があろうと関係ない。
沈黙。
重い空気が、全員の喉元にひっかかる。
誰も、口を開かない。
ただ最悪の時間だけが、部屋を支配していた。
「もういいだろ!」
望月の怒声が静寂を裂いた。
「どう足掻こうが、魔導書はもう戻らない。時間の無駄だ。」
ズカズカと歩み寄る。床にうなだれる山崎の目の前に立ち、怒りの形相で見下ろした。
「正直、今すぐこの運び屋をぶち殺してやりたいくらいだ。」
「望月さん!」
「黙れシノ!……お前、分かってんのか?」
怒気を押し殺した低い声。
「魔導書ってのは世界に一つ。代わりなんて存在しねぇ。
それを失ったってことは、管理局から“回復”が消えたってことだ。」
ぞくりとした。
言葉の重みが、私の背筋を冷やす。
「でも、それでも…!」
その時、神城がすっと立ち上がった。
「望月君。山崎さんの処遇、第七支部に任せてもらえないか?」
「あぁ?無理だ、こいつは俺が――」
その時、神城が、ガッと望月に近づいた。
高い身長で、望月を見下ろす。
「私はねぇ、規則なんて興味ないんだ。必要なのは、“使えるかどうか”だけ。」
神城は口元を歪めて笑った。その笑みに、ぞっとするような冷たさがあった。
私も、望月も、言葉を失う。
「魔法犯罪の罪は、原則非公開の死刑。山崎さんは、それに十分該当する。そうだね?」
「……あぁ。だが……神城、お前は一体、何を――」
「何をするか? ――ただ、“山崎さんの死に場所”を、こちらで決めるってだけさ。」
神城は山崎のパソコンを手に取った。
「山崎さん。これは、あなたにしかできない。」
表示されていたのは、違法魔法使いに送る暗号送信の画面。そこには無機質な一文。
――『明日、全ての情報を開示する。私を陥れた報いだ。』
山崎は硬直し、震える指でその文面を見つめた。
「……これを、送れば……私は確実に……殺されます。」
「えぇ。だからこそ来る。そして、狩れる。使える駒は…最後まで使い切らなきゃ、損でしょ?」
神城の声は静かで冷たい。しかしその眼差しは、何よりも澄んでいた。
理性で削られた、決断の目だった。
「そんな…!」
思わず私が叫びかけた瞬間、望月が遮った。
「シノ。あいつらには、正攻法じゃ届かねぇ。」
「でも、山崎さんは囮にされて死ぬんですよ!? 私たち、正義のために動いてるんじゃ――!」
「正義?」
神城はうっすらと笑みを浮かべた。
「……君の言う正義は、今ここにある命のためか? それとも、まだ見ぬ数百の命のためか?」
答えはなかった。ただ、言葉の刃だけが私の中に突き刺さっていた。
沈黙の中、山崎がゆっくりと手を動かし、震える指で――送信を押した。
その瞬間、全員の空気が変わった。
これはやり返すじゃない、仕留める戦いだ。
山崎は深く息を吐き、椅子に座り直す。顔色は悪いが、どこか吹っ切れたような表情をしていた。
「これで……妻が助かる可能性が……」
「守れるのは、お前がいない未来だけだ。」
望月の声が静かに落ちた。
その夜、管理局第七支部は、山崎のアパートにて――準備を整える。
そして、違法魔法使いが動いた瞬間、すべての道徳と正義が――試される。




