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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
7月:「暑さとともに募る想い」
98/122

7月7日(月曜日)

「はぁ……もう、書くことないんだけどな」

俺、青山大輝は、目の前の短冊とにらめっこしながら、小さくため息をついた。七夕。短冊に願い事を書くなんて、小学生ぶりかもしれない。クラスの七夕飾りは、なぜか今井先生が「3年生は進路祈願も兼ねて、全員書け」って言い出したもんだから、仕方なく書く羽目になった。

周りのクラスメイトは、もうほとんど書き終えて、笹の葉に飾り付けをしている。

「志望校、合格しますように!」


「イケメンの彼氏ができますように♡」

それぞれが楽しそうに、あるいは真剣な顔で願い事を書いている。俺も早く書いてしまいたいんだけど、何を書けばいいのか、全然思いつかない。

「……とりあえず、『合格』でいいか」

シンプルに、そう書いた。でも、その文字を見た瞬間、なんだか胸の奥がざわついた。合格。そう、それが今、俺に求められていること。父の期待、兄の背中、そして自分自身がこれまで積み重ねてきた努力。すべてがその二文字に集約されている。


「けど、本当にそれだけなんだっけ……?」

心の中で、小さな問いかけが響く。先日の模試で学年1位を取っても、満たされなかったあの感情が蘇る。1位なのに、どこか空虚だった。完璧じゃない自分に、苛立ちすら覚えた。


チャイムが鳴り、1時間目の現代文の授業が始まる。今井先生が「今日は七夕。みんなの願い事が叶うといいな」なんて言いながら、短冊が飾られた笹の葉を教卓の横に置いた。なんだか、その笹の葉が、俺の「合格」という文字をじっと見つめているような気がして、少しだけ居心地が悪かった。

授業中、教科書を開きながらも、頭の中ではずっとその「合格」の二文字がちらついていた。俺は、本当に東大に行きたいのか7?それとも、父の期待に応えたいだけなのか?自分の正直な気持ちが、どこにあるのか、わからなくなっていた。


昼休み。教室は相変わらず賑やかだ。江口や中村たちが、期末考査の話題で盛り上がっている。

「マジで数学やばいって!」


「英語の長文、時間足りなかったわ〜」


そんな会話を聞きながら、俺は一人、弁当を広げた。味は、ほとんどしなかった。勉強はしている。努力もしている。結果も出している。なのに、どうしてこんなにも満たされないんだろう。

ふと、視線を感じて顔を上げると、隣の席の岡田が、自分の弁当をじっと見つめていた。彼女もどこか浮かない顔をしていて、俺と同じような悩みを抱えているのかもしれない。

午後の授業が終わり、放課後。クラスの何人かが、七夕飾りの笹を体育館の入り口に運んでいく。その中に、上原もいた。彼女も保健委員として、七夕飾りの準備を手伝っていたらしい。

「青山くん、お疲れ様!」

笑顔で声をかけてきた上原は、どこか疲れた顔をしている。彼女もまた、家庭の事情を抱えながら、自分の進路に悩んでいる。


「上原さんもお疲れ様。……なんか、疲れてる?」

俺がそう言うと、彼女は少しだけ笑って、「うん、ちょっとね」と答えた。その笑顔の裏に、たくさんの感情が隠されているのを感じる。

「無理しないでね」

そう言うと、上原は小さく頷いて、笹の葉を抱えながら歩いて行った。その背中を見送りながら、俺は自分の短冊に書いた「合格」の文字をもう一度思い出した。

「俺は、本当にそれでいいのか?」

誰かの期待に応えることだけが、俺の人生なのか?

家に帰り、自室の机に向かう。七夕飾りの「合格」の文字が、やけに白々しく見えた。俺は、その短冊をそっと外し、引き出しの奥にしまった。

夜。リビングで、母がテレビを見ている。七夕の特集番組が流れている。

「大輝、短冊に何書いたの?」

母が優しい声で尋ねてきた。

「……別に。秘密」

そう答えると、母は何も言わずに笑った。その笑顔に、少しだけ心が軽くなる。

「大輝は大輝の願い事を書けばいいのよ」

その言葉が、胸にじんわりと染みた。

俺は、再び自室に戻り、新しい短冊を手に取った。真っ白な短冊。今度は、誰の目も気にせず、自分の本当の願いを書いてみようと思った。

「俺が、本当にやりたいことって、なんだろう……」

ペンを握り、しばらく考える。そして、ゆっくりと文字を書き始めた。

『自分の道を見つけられますように』

その文字は、小さく、不確かなものだった。でも、そこには、確かな希望が込められている気がした。完璧じゃない。でも、これが今の俺の正直な気持ちだ。

窓の外を見上げると、夜空にはまだ星は見えない。でも、七夕の空の下、俺は小さな一歩を踏み出せた気がする。

明日から、期末考査の後半戦が始まる。そして、夏休みが、すぐそこまで来ている。受験に向けて、本格的にギアを上げなければならない時期だ。

だけど、今日、この短冊に書いた願いが、俺の背中をそっと押してくれる気がした。

「よし、頑張ろう」

そう呟き、俺は短冊を机の引き出しにそっとしまった。それは、誰にも見せることのない、自分だけの秘密の願いだった。

そしてその夜、俺は久々に、ぐっすりと眠ることができた。夢の中では、真っ白いキャンバスに、自由に絵を描いている自分がいた。それは、まだ見ぬ未来の、小さな予感だった。


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