表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
6月:「揺れる気持ちと小さな光」
88/122

6月27日(金曜日)

放課後のチャイムが鳴り響く中、担任の今井先生の声が教室に響いた。私、斉藤優希は、大きく息を吸い込んだ。今日で三者面談週間は最終日だ。これまで何度も、クラスの連絡事項をまとめ、みんなの相談に乗ってきた。だけど、自分のこととなると、どうにも足がすくむ。


面談室に向かう廊下は、いつもより長く感じられた。すれ違う生徒や保護者の顔には、安堵や疲労、そして少しの希望が混じっているように見えた。みんな、それぞれの決断を下してきたのだろうか。

面談室のドアを開けると、父と母が既に席に着いていた。父は会社員、母は専業主婦で、いつも私を支えてくれる存在だ。今井先生はにこやかに「斉藤さん、どうぞ」と促してくれたが、その笑顔が、なぜか今日の私にはまぶしかった。


「お世話になります」

私 3 は一礼して、席に座った。目の前には、私の成績表、模試の結果、そして先日提出した進路希望調査の書類が置かれている。進路希望の欄には、まだ「未定」と書いたままだった。


今井先生は、私の学業成績や、クラス委員としての活動について淡々と説明してくれた。

「斉藤さんは、学業成績も非常に優秀で、クラス委員としても献身的にクラスをまとめてくれています。先生方も非常に信頼を置いています」


先生の言葉に、父と母は頷いている。その言葉は嬉しかった。クラスのために頑張ってきたことが、ちゃんと伝わっている。

「それで、斉藤さんの進路についてですが……」

今井先生が、私の進路希望調査票に目を落とした。そこに書かれた「未定」の文字が、やけに白々しく見える。

「何か、具体的に考えていることはあるかな?」

その問いに、私 は一瞬言葉に詰まった。父と母の視線が、私 に突き刺さる。頭の中では、「推薦」という言葉が何度も繰り返されていた。推薦入試の説明会も、希望者ガイダンスも、もう既に開催されている。周りの優秀な友人たちは、着々と準備を進めている。


「あの……まだ、はっきりとは……」

そう言うのが精一杯だった。本当は、「推薦で大学に進学したいです」と、はっきりと言いたかった。しかし、その言葉が喉の奥に引っかかって、出てこない。

「そうか。お父さん、お母さん、斉藤さんは、まだ将来の具体的な目標が見えていないようですね」

今井先生の言葉は、淡々としていて、私の言葉を代弁しているようにも聞こえる。だが、その言葉の裏には、「このままではまずい」というニュアンスがひそんでいるのが分かった。

父が、静かに口を開いた。

「優希。お前はこれまで、何事もそつなくこなしてきた。努力すれば、きっと道は開ける。焦ることはないが、そろそろ、本気で将来と向き合う時期ではないか?」


母も、「そうよ、あなたの人生なんだから、あなたのやりたいことを見つけなさい」と、やんわりと父に同調した。


誰も、私の「推薦」という言葉を待ってはいない。

そのことが、私の胸に重くのしかかった。推薦という言葉を口に出せば、それは「もっと頑張れ」という新たなプレッシャーにつながるような気がした。期待に応えられない自分を、見透かされるような気がした。

面談は、その後も重い空気のまま進んだ。結局、「夏休みまでに、具体的な進路の方向性を決めること」という宿題を課されて、面談は終了した。

面談室を出て、両親が先に歩いていく。私 9 は、その背中を追いながら、自分の不甲斐なさに打ちひしがれた。


校舎を出ると、夕焼けが西の空を赤く染めていた。風が、頬をかすめていく。

(なんで言えなかったんだろう……)

「推薦を狙いたいです」と、たった一言。その一言が、どうして言えなかったのだろう。

家に帰り、自室のベッドに倒れ込んだ。部活のように、全力で打ち込める何かがあれば、こんなに悩まなくて済むのだろうか。クラス委員として、みんなをまとめ上げることはできても、自分の未来をまとめることはできない。


スマホを開く。クラスのグループチャットは、今日も賑やかだ。

《面談終わったー!》

《うちも推薦で行くことになりそう!》

そんなメッセージが目に飛び込んでくる。胸が締めつけられる。彼らは、自分の道を、まっすぐに進んでいる。

夜、私 11 はベッドの中で天井を仰いだ。白い天井が、どこまでも遠く、高く見えた。


「臆病だな、私……」

ぽつりと、自分の本音が口からこぼれた。

誰かの期待に応えようとばかりして、自分自身の本当の願いを無視してきた。その結果、肝心な時に、自分の言葉を出す勇気さえ失ってしまったのかもしれない。

明日から、また新しい一週間が始まる。夏休みも、もうすぐだ。

私 12 は、もう一度、深く息を吸い込んだ。


(臆病な自分は、もうやめよう)

たとえ、推薦が無理だったとしても。たとえ、周りに追いつけなかったとしても。

今度は、自分の言葉で、自分の道を切り開いていきたい。


静かな夜の闇の中で、小さな決意を固めた。それは、自分自身への、最初で最後のエールだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ