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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
6月:「揺れる気持ちと小さな光」
65/122

6月4日(水曜日)

「……見なきゃよかった」


昼休みの教室。私、井上美咲は、自分のスマホを伏せて机に置いた。


たまたま流れてきた、元カレのSNSのアイコン。無意識にタップしてしまった自分を、今は心の底から後悔している。


そこには、見知らぬ女の子とのツーショット。海辺の写真。砂浜でピースする二人の笑顔。背景に広がる青空と、ハッシュタグには「#初夏」「#デート日和」「#幸せ」なんて文字が並んでいた。


胸の奥がきゅうっと締めつけられるような感覚。別れてからもう半年以上経っているし、自分から終わらせたはずだった。それなのに、何、このざわつき。


「ねえ美咲、パン一口ちょーだい」

「え、あ、うん……」


隣の席の藤井に声をかけられても、まるで上の空だった。


いつもなら「一口じゃなくて一個でしょ」とか冗談を返すところなのに、今日は言葉が出てこなかった。


午後の授業が始まっても、教科書の文字が頭に入ってこない。ノートに書いた文字も、どこか薄くて、鉛筆の音すら遠く聞こえる。


数学の問題。見慣れた記号が、ぐるぐると回って見える。「a」「b」「√」すら、自分をからかってるみたいに感じた。


「……最悪」


放課後。教室を出た後も、スマホが気になって仕方がなかった。ポケットに入れたはずのそれに、指が何度も触れる。もう見たくないのに、また開いてしまいそうになる。


校門の前で、少しだけ足が止まった。風が吹いて、前髪が揺れた。見上げた空は、やけに青くて、どこか他人事のように広がっていた。


「美咲、今日さ、カフェ寄ってかない?」


昇降口で靴を履き替えていたとき、親友の栞が声をかけてくれた。


一瞬、断ろうかと思ったけど——


「うん、行こっか」


駅前のカフェ。お気に入りの席に座って、注文したアイスラテのストローをぐるぐる回す。氷のカランという音が、心に染みる。


「でさー、理科のレポートやばくない?」

「うち、まだ手つけてないし」


そんな話題についていこうとしても、心ここにあらず。


「……なんか元気なくない?」

「え、ううん、大丈夫」


本当は、全然大丈夫じゃない。


「元カレのSNS見て落ち込んだ」なんて、情けなくて言えない。自分から振ったくせに、今さら何を引きずってるんだって、自分でも思う。


でも、胸の奥に引っかかるものが消えない。あの笑顔を見た瞬間、置いてけぼりを食らったような、そんな感覚。


「最近、寝不足でさ〜」


笑ってごまかすと、栞はそれ以上は何も聞かなかった。優しい子だ。問い詰めたりしないところが、ありがたいけど、どこか少し寂しい。


ふと、栞が「そういえばさ」と話題を変えてくれた。次の体育祭のこと、先生の小ネタ、昨日のドラマの展開。どれもいつも通りの“日常”。それが逆に、心にしみた。


店を出たあと、駅に向かう道。夕暮れの中、道端の紫陽花が淡く滲んで見えた。色づきはじめたその花の姿に、なぜか胸がざわめく。


「じゃあ、また明日ね」


栞が笑って手を振る。その笑顔に、なんとか笑い返した。でも、心の中はもやもやしたまま。


電車の中、窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めながら、もう一度スマホを取り出した。


元カレのアカウントを開こうとして、指が止まる。


「……やっぱ、もういい」


数秒のためらいのあと、アカウントをブロック。画面を閉じて、深く息をついた。閉じた画面に映った自分の顔が、少しだけ大人びて見えた。


夜、布団にくるまって、再びスマホの画面を見る。何も表示されないアカウントの跡地が、少しだけ寂しく感じた。


「……さよなら」


呟いた声は、たぶん彼にじゃなく、自分自身に向けたものだった。まだ引きずってた自分に。


そのあと、少し泣いた。枕がじんわりと湿っていくのを感じながら、それでも涙が止まらなかった。


でも、泣いたあとは、不思議と気持ちが少し軽くなっていた。


きっと、これでよかったんだ。進まなきゃ、明日は来ない。


涙でにじんだ天井を見つめながら、美咲はゆっくり目を閉じた。


眠る直前、頭の中に浮かんだのは、栞の笑顔だった。


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