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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
5月:「迷いながら進む道」
54/122

5月24日(土曜日)

「それ、長ネギ。玉ねぎはこっち。丸いやつ」

「……マジで?見た目そんなに違う?」


スーパーの野菜売り場で、俺は手に持ってた長ネギをそっと棚に戻す。

隣では妹がカゴを抱えながら、わざとらしく溜息をついた。


「兄ちゃんさぁ、高3にもなってこれはヤバいって」

「野球部が全員、野菜マスターだと思うなよ…」


俺、江口健介。県立青嵐高校の3年生。

小学校の頃からずっと野球ひと筋で、授業中も、休み時間も、放課後も、頭の中は野球、野球、野球。

料理なんて、カップ麺作れるくらいが関の山。


今日は土曜日。午前中は部活で軽めの練習をして、午後はオフ。

ゴロゴロしてたら、母さんに「買い物ついてきてくれない?」って言われて、

つい「まぁヒマだしな…」って答えてしまった。

そしたら妹まで「じゃあ私もー」ってついてきて、気づいたら家族3人でスーパーにいた。


「たまご、安くなってるよ!母さん、買っとこう」

「そうね、来週はお父さんも毎日お弁当だし、2パック買っておこうかな」


「え、父さん来週ずっと家にいるの?」

「ええ。来週は市役所の担当部署で会計監査があるから、出張も夜勤もなし。

 久々にちゃんと家にいるのよ」


ああ、そうだった。

うちの父さんは、市役所で働いてる地方公務員。

平日は朝早くから出勤して、残業多め、地域行事の手伝いもあったりで、

意外と“家にいるけどすれ違ってる”って日が多い。


でも、今週末は珍しく「土日フルで休み」ってやつらしくて、

母さんはなんかちょっとウキウキしてる感じだった。


「父さん、唐揚げ食べたいって言ってたじゃん」

「そうそう。それとポテサラと、あと刺身も少しね。明日はちょっと豪華にしよ」

「てことは、兄ちゃんが揚げ物担当ってことで」

「いやいや、俺が?マジで?」

「できないとか言わない。チャレンジこそ青春」


すっかり中学生らしくなった妹が、得意げに言ってくる。

小学生の頃は「兄ちゃん、あーんして~」とか言ってたくせに、

今や料理も学校のことも、なんか大人っぽくアドバイスしてくるようになってる。


「兄ちゃん、進路はどうするん?」

「んー…一応、スポーツ推薦の話ある。でも悩んでる」

「野球、やめるん?」

「やめるっていうか…終わるって感じ。俺、野球以外の自分、マジで想像つかなくて」


自分で言ってて、少しだけ怖くなった。

「野球の江口」じゃなくなったとき、自分って誰なんだろって。


「父さん、それ知ってると思うよ。兄ちゃんの最近の顔、ちょっと硬いもん」

「え?」

「この前、父さんが私に聞いてきた。“健介、今、楽しくやれてる?”って」


父さんは、口数少ない。

俺のことも、ほとんど「がんばれよ」の一言で終わる人だ。


でも、昔から試合の日は、絶対来てくれてた。

外野の端っこで立って、最後まで無言で見てて。

で、帰りに「お前のスライダー、ちょっと浮いてたな」とか言うだけで。

それだけで、俺はめっちゃ嬉しかった。


「父さんさ、たぶんちゃんと話したいと思ってるよ。

 でも、兄ちゃんが話してこないから黙ってるだけだと思う」

「でも、なんか照れるし…」

「じゃあ、唐揚げ揚げながら話せば?」


なにそのフランクすぎる親子の会話シチュエーション。

笑いながらそう言う妹を見て、俺もちょっと笑ってしまった。


なんでもない買い物なのに、

なんか、ちょっとだけ大事なことが浮かび上がってきてる気がする。


「将来ってさ、何になりたいとかあるの?」

「…わかんねぇ。でも、野球が終わった後に何も残ってなかったら怖いなって思ってる」

「うん、わかる。私も中学入ってから“このまま部活だけでいいのかな”とか思うようになったし」

「…でも、そういうの、父さんに言うのって難しくね?」

「じゃあ、“父さんって何考えてた?”って聞いてみなよ。高校のとき、どうだったのか」


なるほどな。

父さんが高校球児だったって、昔から聞いてたけど、

そのとき父さんがどんな気持ちで、どこを目指してて、何に悩んでたかって、ちゃんと聞いたことなかった。


レジを終えて外に出ると、陽が少し傾いていて、風が少しだけ涼しかった。

母さんが重たい袋を両手に持ちながら、ぽつりと言った。


「2人ともありがとう。ほんと助かったわ。なんだか、家族ってこういうのが一番嬉しいのよね」


「……うん。家族って、こういうことかもな」


俺がつぶやくと、妹がニヤニヤしながら「名言っぽくてちょいキモ」ってツッコミを入れてきた。

でも、なんかそれすら、ちょっと心地よかった。


家までの帰り道。

いつもの道、いつもの店、いつもの風景。

だけど、ほんのちょっとだけ、心の中の風景が変わった気がする。


「兄ちゃん、明日はうまく揚げてね」

「任せろ。俺の唐揚げで家族を黙らせてみせる」

「やば、なんか楽しみになってきた」


明日、父さんと話すきっかけは…たぶん、唐揚げになる。

それもいいなって、ちょっとだけ思えた。

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