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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
5月:「迷いながら進む道」
52/122

5月22日(木曜日)

「やばい、緊張してきた……」


私、岡田真由は、教室の隅でプリントを握りしめていた。今日は生徒総会。そして、3年生の生徒会役員が引退する日。岡田は去年、生徒会書記をしていた。そのとき作った議案書のデータが、今年もベースとして使われている。なのに——自分はもう裏方じゃない。3年になった今、後輩に任せて引く立場だ。


「岡田、前出るタイミングって、何時からだっけ?」


声をかけてきたのは斉藤優希。学級委員長にして、やっぱりまとめ役は健在だ。


「14時ちょい過ぎから、生徒会の報告タイムって書いてある。あたしらはその後、引退セレモニーって形」


「そっか。あー、緊張する〜。でもなんかさ、ちょっと名残惜しいよね」


「……うん、わかる」


そう返しながら、岡田は去年のことを思い出す。遅くまで残って議事録をまとめたり、全校配布の文書を何度も校正したり。バカ真面目にやってたあの時間が、今は妙に懐かしい。


---


体育館ではすでに全校生徒が整列し、空気はぴりっと引き締まっていた。マイクテストの音が「ドン、ドン」と響く。


「緊張してんの? 岡田って意外とそういうのあるんだな」


後ろからヒョコっと現れたのは、軽音部の川崎 蓮。


「……別に。あんたこそ、なんでここにいんの。総会なんて興味ないでしょ?」


「そーだけど。なんか今日は、区切りって感じじゃん。3年だし」


あくび混じりにそう言う川崎の表情は、どこか真面目だった。


「なに? キャラ変?」


「いや、ただの気まぐれ」


あの頃、ふざけてばっかだった川崎が、こんな風に話すなんて思ってなかった。何かあったのか、それとも変わろうとしてるのか。岡田にはわからなかったが、そんな川崎の“今”が、少しだけまぶしく見えた。



セレモニーは、生徒会長の挨拶で始まった。


「…今年の生徒会は、体育祭も文化祭も、全部“自分たちでやる”をテーマに走ってきました。何度もぶつかって、でも、最後までみんなが踏ん張ってくれたから、ここまで来られたと思っています」


マイクを握る手が少しだけ震えていた。でも朝倉の声は、はっきりと体育館に響いていた。


——そういえば、去年の体育祭。雨の予報に会議が紛糾して、放課後ずっと体育倉庫前で議論したんだっけ。


斉藤も岡田も、その場にいたメンバーだ。あのときは、全員ピリついてた。


今、あの頃のメンバーはバラバラだ。受験に集中してる人もいれば、部活引退が迫っている人もいる。家の事情でバイト漬けの人もいれば、未だに進路のことを決められずにいる人もいる。


「それでは、生徒会役員から、後輩たちへの引き継ぎの言葉です」


司会の声で、ステージの脇に並ぶ3年生たちが前に出る。岡田は一歩を踏み出した瞬間、ふと手の震えが止まっていることに気づいた。


——あたし、やれるじゃん。


緊張なんて、もうどこにもなかった。


引退セレモニーが終わったあと、体育館の裏で数人が自然と集まっていた。


「……もう、ホントに最後だったんだね」


斉藤がつぶやくと、朝倉が笑って言った。


「でもさ、私たちの“仕事”は終わったけど、高校生活は終わってない。まだ文化祭もあるし、受験もあるし」


「朝倉、あんたそれ、前も言ってたよ。体育祭の後だったか?」


「マジ? じゃあ、成長してないのかな、私」


「いや、たぶん……続けることが成長なんじゃね?」


その声に、みんなが一瞬黙る。


言ったのは川崎だった。いつもふざけてるイメージしかないやつの言葉が、やけに重く感じた。


「……カッコつけんなよ、蓮」


「つーか、そっちがマジすぎるんだよ。俺なんか、まだ全然“引退”って感じしねーし」


「それは……たしかに」


笑いが広がる。空気が、ちょっとだけ軽くなる。


その日の放課後。


生徒会室には、2年の新役員たちが書類をまとめていた。中でも、後任の書記になった吉田が、岡田に向かって言う。


「岡田先輩、これ……去年のファイルですか? メッチャ分かりやすいっす!」


「あ、うん。自分で作ったんだけど、使えるならどうぞ」


「先輩のあと、正直めっちゃプレッシャーですけど……頑張ります」


「プレッシャー感じるくらいなら、ちゃんとやれるよ。自分がやったことに自信持って」


自分で言っておきながら、岡田はちょっと照れくさかった。でも、その瞬間、ほんの少し「先輩」ってやつになれた気がした。


教室に戻ると、クラスの誰かが叫んでいた。


「おい、明日テストの返却日だぞー!」


「うわ、マジか……死んだ……」


「お前ら、生徒総会の日にそれ言う? 空気ぶち壊しじゃね?」


「あーでもそれがうちらっぽいっしょ」


廊下から差し込む夕陽が、ちょっとだけ眩しかった。


——まだまだ、ここからだ。


岡田は、誰にも聞こえない声で小さくそう呟いた

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