5月21日(水曜日)
「明日、生徒総会か……」
ホームルームが終わった後の教室で、斉藤優希はひとりごとのように呟いた。
配布プリントの最終チェックも終えた。議事進行の担当者にも連絡済み。先生にも提出物は出し終わっている。
完璧に見える。でも、心の中は少しだけ、乱れていた。
「優希〜! ちょっと来て来て!」
教室の後ろの方から声をかけてきたのは、**井上美咲**だった。いつも元気で、クラスの中心にいるタイプ。
「今ちょっと……あ、でも何?」
「えーっとさ……あのさ、聞いてほしいっていうか、ちょっと相談?」
「相談? なにかあった?」
「うん……ぶっちゃけ恋バナなんだけどさ……」
「……また?」
優希は小さく笑った。
恋バナは女子にとって重要なトピック。だけど、今の優希には、そのテンションに乗る余裕があまりなかった。
「ちょ、マジで今回は本気なやつ!」
美咲が座っていた机に、優希もつられて腰を下ろす。
「……で、誰の話?」
「高橋涼」
「……ああ、また?」
「いやいや今回は違うって! 最近、吉田麻衣と話してるとこ、よく見るんよね。体育のあととか、下校のときとか。なんかこう……ふたりだけの空気あるっていうか」
「うーん……ただの仲良しじゃないの?」
「違うんだって! この前も涼が“テスト前さ、誰かと図書室で勉強すると集中できる気がする”とか言ってたの。で、麻衣が“それ、私も”ってすぐ乗っかってて!」
「……でもそれ、私と清水もよくやってるけど?」
「うわっ、出た。ほらやっぱ、清水とのフラグ立ってるってば!」
「いやいやいや、それはない」
「その否定の速さが逆に怪しいやつ〜!」
そんなふうに笑いながら、2人でわちゃわちゃしていたそのとき――。
「……なに話してんの? 女子ってまじでうるせーなー」
近くの席にいた川崎蓮が、ギターケースをかつぎながら通りがかる。
「蓮は黙っててよ、今は女子トークの時間」
「ふーん、どうせ“誰が誰を好き”とかって話だろ? 青春だねぇ」
「うるさいっ!」
蓮はひらひらと手を振って教室を出ていった。
その後ろ姿を見ながら、美咲が小さくぼそっと言う。
「……なんか、あいつってああ見えて繊細だよね」
「え、意外な意見」
「うち、この前図書室でさ、蓮が北川詩織と本の話してるの聞いたんよ。“歌詞にしようと思ってる”って、めっちゃ真剣だった」
「へえ……」
その名前に、優希はちょっとだけ意外な響きを感じた。
北川詩織。文芸部部長。物静かで本が好きな女の子。教室ではあまり目立たない。
美咲が少し真剣な顔になる。
「……人間関係って、表面だけじゃわかんないよね。涼と麻衣、蓮と詩織、清水と優希……」
「ちょ、またそこ戻る?」
「だって気になるんだもん。あんたら、タイミング良すぎるんだよ。移動教室とか、下校時間とか、自然に一緒になってるし」
「……あれは、ただの仕事上の連携です」
「うっわ、超堅い返し。逆に怪しいって!」
「もう〜、勉強したいんだけど!」
優希は思わず声を上げた。机の上には英語の単語帳。開いてはいたけど、頭に入ってこない。
「明日、生徒総会なのに……全然集中できない」
「そりゃそうでしょ。人間関係って、頭使うし、心も使うし、結局いちばん疲れるやつじゃん」
「……うん、ほんとそれ」
そのとき、前の席から、控えめな声が聞こえた。
「……わかるな、それ」
振り向くと、千葉真央がノートを閉じていた。
「え? 真央も?」
「うん。私、あんまり人と話すの得意じゃないから……でも、最近ちょっとずつ仲良くなれる人もいて。それってうれしいんだけど、同時に不安にもなる」
「不安?」
「相手がどう思ってるかって、結局わかんないから。……でも、だからこそ、大事にしようって思うんだけどね」
美咲が「真央〜、名言〜!」と拍手して、場が少し和んだ。
そんな空気の中、教室のドアが静かに開いた。
「お、まだいたの?」
現れたのは**清水悠人**だった。ファイルを持っていて、委員長仕事の延長っぽい。
「おつかれ。明日の会場確認してきた。マイクのテストも済んだよ」
「あ、ありがとう……」
「てか、みんなでおしゃべりしてた?」
「恋バナ大会開催中でした〜」と美咲。
「……斉藤も、たまには肩の力抜いた方がいいよ」
「……それ、今日3人目に言われた」
「じゃ、俺がトドメ刺しとくわ。“人間関係に疲れたら、逃げてもいい”って」
「うわ、それ正論」
清水は少しだけ微笑んで、言った。
「でもさ、優希がいるからクラス回ってるんだよ。感謝してる」
「……やめて、泣いちゃう」
優希はそう言いながら笑って、それがなんだか本当に泣きそうなほど嬉しかった。
そのまま教室に残って、3人で資料の最終整理をした。
明日は生徒総会。完璧な準備をしたつもりでも、やっぱり不安は拭えない。
だけど、こんなふうに人とつながってる時間があるだけで、ちょっと心が楽になる。
帰り道、ふと思い出した美咲の言葉。
「人間関係って、いちばん疲れるけど、いちばんあったかい」
そうかもしれない。そう思えた今日だった。




