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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
5月:「迷いながら進む道」
50/122

5月20日(火曜日)

「……この感じ、なんて言えばいいんだろ」


私、北川詩織は、ページの途中で指を止めた。

窓の外には、夕焼けが静かに沈んでいく。

校舎の壁がオレンジに染まって、図書室の時間だけが、世界から切り離されたような気がした。


テストが終わって、教室は騒がしかった。

中間考査が終われば、みんな多少は開放感に浸る。でも詩織の心は、なぜか落ち着かなかった。

試験が終わったことで、逆に“これから”を突きつけられている感じ。

ぼんやりとした未来。輪郭のない気持ち。どこに進めばいいのかも、何がしたいのかも、わからない。


——こんなとき、どうしたらいいんだろう。


「また詩集?」


声の主に気づいて、詩織は少し驚いた。

顔を上げると、向かいの席に清水悠人が座っていた。


「うん。……あ、びっくりした。気づかなかった」


「ごめん、なんか声かけるタイミング逃してた。詩織、めっちゃ集中してたから」


清水はいつも通り、静かだった。

決して話しかけすぎることもなく、でもそっと寄り添うみたいな距離感で接してくれる。


「国語の記述で、先生に“詩的だけど意味が見えにくい”って言われてさ。ちょっと悔しくて」


「え、それ、ほめ言葉じゃないの?」


「そう思いたいけどね。……先生は、“伝えるには整理が必要”って」


「詩って、整理するもんだっけ?」


「……わかんない。でも、ちゃんと伝わったらうれしいじゃん」


清水はちょっと笑って、「たしかに」とつぶやいた。


「俺さ、思ってたより、詩織って言葉にこだわってる人なんだなって思った」


「……そうかもね。なんか、“言葉にならない”って気持ちを、どうにか表に出したくて。うまく言えないけど」


「言葉にできないってさ、めっちゃ苦しいよな。でも、それを言葉にしようとしてるのが詩なんじゃね?」


「それ、うまいこと言うじゃん」


ふたりは、少し笑った。

そうやって話していると、詩織の中のもやが、ほんの少し晴れていく気がした。


「……実はさ、清水のこと、ちょっとだけ覚えてた」


「え、俺?なんかやらかしてた?」


「いや、違う違う。中学のとき、図書委員だったでしょ? 毎週月曜の朝、図書室で本返してたじゃん」


「あー、あれね。うん、思い出した」


「そのときも、静かに来て静かに帰ってたよね。でも、詩集のコーナーにいるの見て、“あ、この人も言葉に興味あるんだな”って勝手に思ってた」


「うわ、それは……ちょっと恥ずかしいな」


「今日、ここで話すの、なんか不思議な感じ。ちゃんと話すの初めてなのに、初めてじゃない感じ」


清水は少し照れたように笑ってから、スマホをいじりはじめた。


「俺もさ、最近ちょっとだけ言葉書いてみてる。メモに」


「マジで?」


「本当に短いやつ。電車の中とか寝る前とかに思いついた言葉。誰にも見せてない」


「……見せてほしい」


「詩織だけになら、いいかも」


「じゃあ、交換しよ。あたしのも、読んでほしいから」


そう言って、詩織はノートの端を破って、小さく折った。

清水も、スマホ画面をスクショして画像を送ってくれた。


「なんか、緊張するね」


「めっちゃ緊張してる」


図書室の奥で、司書の先生が「そろそろ閉館です」と声をかけてきた。


ふたりは静かに席を立ち、並んで図書室を出た。

廊下には、テスト明けの開放感で浮かれる声が響いていた。


「……進路、決めた?」


「……ううん。てか、決められる気がしない。何になりたいかも、よくわかんない」


「俺も。とりあえず“大学行ければいい”って思ってるけど、本音はたぶん、それだけじゃなくて」


「“ちゃんとした理由がないといけない”って感じ、あるよね」


「あるある。でも、そんなの急に見つかるわけないって思う」


「でも……こうやって誰かと話すとさ、“なんかに向かってる”って感じする」


「それ、俺も思った。今日みたいに、ちょっとだけ言葉が交差しただけでも」


「……今日、ここで話せてよかった。ありがとね」


「俺も。詩織とこうしてちゃんと話したの、なんかタイミングよかったのかも」


昇降口を出た空には、薄い月が浮かんでいた。

もうすぐ夜になるその手前で、ふたりの時間だけがやけに静かだった。


「……じゃあ、また明日ね」


「うん。あ、詩、ちゃんと読むから」


「私も」


ふたりは違う道へ歩いていった。

でも、心のどこかで、ひとつの言葉が重なっていた。


——「言葉にならないもの」。

それは、誰かと分け合ったとき、初めて輪郭を持つのかもしれない。


ポケットの中の紙切れが、あたたかく感じた。

それはまだ未完成の言葉。でも、たしかに「誰かに向けた言葉」だった。


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