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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
5月:「迷いながら進む道」
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5月10日(土曜日)

「お腹痛っ……」


朝の駅前、コンビニの袋をぶらさげた岡田真由が、しゃがみ込みそうな勢いで腹を押さえた。


「……やっぱ朝はヨーグルトじゃなくておにぎりにすればよかった」


その横を、イヤホンつけたままの青山大輝が通り過ぎる。


「真由、何してんの。集合時間ギリギリだよ」


「うるさい、緊張でお腹やられてんのっ」


「……それ、昨日も言ってたよね」


「今日はマジで本番だもん。模試、模試、模試!!」


「はいはい。とりあえず行こ」


駅前から試験会場へ向かう坂道。途中で北川詩織と合流し、3人で歩きながら、なんとも言えない空気が流れる。


「今日は全国模試だもんね……どれくらいの人が受けてるんだろ」


「全国で3万?5万? いや、もっと?」


「そんなにいるんだ……」


岡田の声がだんだん震えてくる。


「昨日さ、共通テストの過去問やったら、全然時間足んなくてさ。時間配分ミスったらもうアウトじゃん」


「大丈夫だって。今日は模試、つまり“練習試合”」と北川。


「いや、私にとってはもう、ガチの公式戦なんだけど……」


岡田は一歩ずつ、重たそうに歩を進めた。


模試当日。それぞれの"現在地"を自覚する日。


会場に入ってきたのは、努力家・岡田、優等生・青山、芸術志望・石川、静の個性派・北川、スポーツ推薦の江口、さらに最近勉強に本腰を入れ始めた川崎も。


試験開始前、廊下でそわそわしているのは岡田。資料を読み返す手が震えていた。


「緊張するのは、準備してきた証拠……緊張するのは……」


ぶつぶつと自分に言い聞かせる。


一方で、青山は無言で参考書を閉じて目を閉じた。呼吸を整え、脳内でタイムマネジメントを再確認している。


川崎は手ぶらで教室に入ろうとし、係の先生に注意されて、「あ、筆箱忘れた……」と呆然。


「おい、マジで? お前ほんとに受ける気あんの?」と後ろから江口が笑って突っ込んでくる。


石川は筆箱をポケットに突っ込んだまま、窓から外を見ていた。


「この雰囲気、苦手だわ……」


彼にとっては、絵のないテストはどこか“自分じゃない時間”だった。


北川は、試験前にポケットからしおりを取り出し、折り目をなぞりながら深呼吸していた。


「文学も試験も、焦らず読む。慌てない、飛ばさない」


そんなふうに、自分に言い聞かせるようにしていた。


試験中。


国語の長文に詰まる岡田。時間が足りない。焦る気持ちが視線を泳がせる。


『また、読み返す時間がない……選択肢、どれも違う気がする……』


一度止まると、頭が真っ白になる。問題用紙の文字が、次第に黒いモザイクに見えてくる。


数列の問題で手が止まる青山。一問目からミスに気づき、修正に手間取る。


『冷静に。時間はある。落ち着け。計算、見直せば大丈夫』


ページをめくる指が、ほんの少し震えていた。


川崎は、途中で鉛筆を回しながら上を向いた。


『あー、眠っ。昨日スタジオで夜更かししたのミスったかも……てか、今、何分経った?』


タイマー代わりに使っていた腕時計を見て、「げっ」と小さく叫び、周りをチラ見してから再び問題に向き直る。


社会科目に入ると、石川のペンが止まる。手応えがない。問題文に描写された数字やグラフが、無味乾燥に見える。


『これ、ほんとに必要?……てか、俺、なんでここに座ってんだ?』


彼の頭には、未完成のポートフォリオのイメージがぼんやり浮かんでいた。


北川は、静かに解き進めていた。ペース配分は完璧。だが、時折ふっと視線が宙を泳ぐ。


『もしこの結果が悪かったら、私は……小説を書き続けていいのかな。両立できるのかな……文学部って、現実逃避って思われてない?』


江口は、数学で苦戦しながらも笑みを浮かべていた。


『ま、受験っつっても……今日の試合って感じ?案外、楽しいじゃん』


横を向けば、青山が真剣な顔で問題を解いている。


『すげーな、あいつ。集中力、半端ねぇ……』


昼休み。


自販機の前に集まった数人。


「数学、死んだわ……」


「英語のリスニング、ナニ言ってたかマジで分かんなかった」


「てか、あれ聞こえた?前の列のやつ、めっちゃ鼻すすってたんだけど」


「あとさ、トイレ行きたいのに途中で出れない感じ、拷問だよね」


「エアコン効きすぎて寒すぎた……手かじかんでシャーペン持てんかった」


重くならないよう、笑いを交えて話す空気と、それに乗れない岡田の沈黙。


「……うん、笑うとこだったね」


無理やり笑う彼女に、北川がそっとジュースを差し出した。


「真由ちゃん、あんまり無理しないで。今日は結果より、終わった後の気持ちも大事だと思う」


その言葉に、ちょっとだけ顔をゆるめる岡田。


「ありがと、北川さん。……やっぱ文学の人って優しい」


「んー、私、いつもは毒舌だよ?」


笑いながら、ジュースのプルタブを引いた。


後ろで川崎がひと言、「昼寝したい……」とつぶやいていた。


「てか川崎、お前ホント来ただけエラいよ」


「うるせぇ。受験舐めてるって言われたくないからな」


ぼそっと言って缶コーヒーを一気飲みした。



午後の教科が終わり、校庭の木陰に立っていた江口がスマホを見ていた。


通知は来ていない。だけど、母からの言葉が頭を離れない。


「健介、受験で勝つって、野球で勝つのと似てるのよ。練習してきたことを信じなさい」


ふと空を見上げた。雲が少しずつ形を変えていく。


『勝ち負けじゃないかもな。でも……逃げたくはないよな』


その頃、教室の隅では石川がひとり、落書き帳に何かを描いていた。幾何学的な図形の中に、自由に跳ねる線。


『俺のペースは、俺にしか作れない』


帰り道、青山と岡田が並んで歩いていた。


「……どうだった?」


「手応えは……正直、微妙。でも、全力は出せたかな」


「そっか。俺は、まだ足りないって思った。完璧主義すぎるのかも」


「真面目だね」


「それ、褒めてる?」


「うーん……50点!」


互いに笑いあって、駅へと続く坂を下った。


それぞれが、それぞれの“体温”で受け止めた模試の日。


試験結果はまだ先だけど、今日の感情こそが、“今”を映している。


焦りも不安も、静かな自信も、あの日の空気ごと全部、きっと未来のどこかで意味になる。


それぞれが、進む道を、少しずつ自分の歩幅で、探している。

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