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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
4/122

4月4日(金曜日)

「……うわぁ、今日めっちゃ天気いいじゃん!」


カーテンを開けた瞬間、差し込んでくる朝の日差しがまぶしくて、私、井上 美咲は、一瞬目を細めた。春休み中ってこともあって、ついつい夜更かし気味だったけど、今日は珍しく目覚まし通りに起きられたのはちょっとした進歩かも。時計を見ると朝の8時すぎ。まだ余裕はあるけど、なんとなくソワソワして落ち着かないのは……やっぱり新学期を目前に控えているからなのかな。


「お母さーん、朝ごはん食べるの私だけ?」


リビングに行くと、母はすでに出勤でいない。メモ用紙に「夕飯の買い物頼むね」と走り書きが残されていた。まあ、うちは共働きだから朝から母も忙しい。弟は中学生の部活へ行ったみたいだし、家に一人でいるのもなんだか変な感じだな。


「んー、どうしよ。パン焼いて食べるか」


パパッと食パンをトースターに放り込みながら、スマホを手にしてSNSをのぞいてみる。クラスのグループトークも朝からちらほら動いてて、みんなやっぱり春休みでもちゃんと起きてるんだなあと感心しちゃう。清水が「今日は図書館で自習する!」って宣言していたり、川崎が「夕方バンドのスタジオ入るから来る人いる?」とか楽しげに募っていたりと、バラバラな感じがうちのクラスらしい。


でも私は今日はバイトが休み。もともと夕方からのシフトが多かったけど、春休みはなるべく家族との時間や友達との予定を優先しようとシフトを減らしてもらったんだ。もっとも最近は、お店の人手不足で手伝うことも多かったから、たまにはゆっくりする日があってもいいよね。


「……よし、まずはメイクでもして気分上げよう」


昨日、友達の根岸と一緒に買った新作リップがある。最近失恋したばっかり……いや、ちょっと前に別れちゃったんだけど、正直まだ完全には立ち直れてない。でも周りには大したことないって思われたくて、いつも明るく振る舞ってる。だから少しでもおしゃれしてテンション上げないと、気持ちが沈んでいきそうで怖いんだよね。


パンをかじりながらスマホの画面を見てたら、そこには昨日の夜に投稿した写真に「いいね」がたくさんついてた。友達とカフェに寄った時のやつで、めっちゃ笑顔のショット。自分で見ても「私こんなに楽しそうに笑ってたんだ」って驚くくらい。でも実際は、ふとした瞬間に元カレのSNSを見に行ったりして、胸がチクッと痛むことが多い。……うん、やっぱり忘れられてないんだろうなあ。


「いやいや、4月から3年生だし、いつまでもクヨクヨしてらんないよね!」


声に出して自分を励ましてみる。高校最後の年って考えただけでもドキドキするし、受験だの就職だの、いろんな進路が見えてくる時期でもある。クラス替えのことも気になるけど、まずは新学期を元気にスタートしたい。失恋なんてそのうち笑い話にしてやるんだから。


メイクを終えた頃には気分もそこそこ上向き。服は春っぽいトップスを選んで、少しだけ明るい色のカーディガンを羽織ってみる。そろそろ出かけようかなと思ったところで、スマホに通知が。画面を見ると、仲良しグループの小林から個チャが届いていた。


**小林**「おはよー、美咲! 今日ヒマならカフェ行かない? 春物の服見たいし、午後からショッピングでも!」


うわ、まさに今のタイミングで連絡きたんだけど。小林は流行に敏感で、私と根岸を含めた3人でよくカフェ巡りする仲良しメンツ。彼女もバイトがあったり家のこともあったりするけど、こうして時間が合えば誘ってくれるから助かる。私も今日はバイトが休みだし、予定も空っぽ。


**私**「めっちゃ行きたい! 何時にする? 午前中でも全然OKだけど」


数分で「じゃあ11時に駅前集合ね!」という返信がきた。時計を見ると10時前。家から駅までは歩いて20分ちょっとだから、余裕をもって出ればいい感じ。よーし、これはもう行くしかない。


軽く家を片付けて、洗濯物を干して。弟のユニフォームまで洗いっぱなしなのを見てちょっとイラッとしながらも、こういうのは私がやるしかないんだよな。母のメモで頼まれてた買い物もあるから、帰りにスーパー寄らないと。でも、買い物リストを見ると大した量でもないし、今日のメインはショッピングとカフェ巡りだって自分に言い聞かせてテンション上げる。


「それじゃ、行ってきまーす!」


家を出た瞬間、ぽかぽかした日差しが肌に気持ちいい。昨日まではちょっと冷える日もあったのに、今日は春全開って感じ。駅に向かう途中でSNSを開くと、根岸が「今日は別の友達とランチ行くからまた今度ね」ってコメントをくれてた。まあ彼女は放送部の子と絡むことも多いから、予定がすぐ埋まるタイプ。小林との2人行動も久しぶりだし、楽しみ。


駅前に着くと、もう小林が待っていた。校則ぎりぎりのアクセサリーやメイクが彼女っぽくて、私とはまた違ったおしゃれ感。二人とも「やっぱ春休みは昼まで寝てたいけど、今日くらいは出かけるのもアリだよねー」なんて笑い合いながら、早速商店街のほうへ向かう。


「てか、美咲、髪ちょっと切った?」

「え、わかる? この前ちょっとだけ整えただけだよ」

「全然印象変わる! 前髪の雰囲気とかいい感じ!」


そんな女子トークに花を咲かせつつ、まずはお気に入りのカフェへ。春限定の桜フレーバーのラテとかあるらしく、インスタ映えしそうなスイーツを物色。2人で並んでメニュー見て「どれも可愛いじゃん!」と盛り上がる瞬間がたまらなく楽しい。


ふと、オーダーしたラテが運ばれてきたタイミングで、小林が「そういや失恋のほうは大丈夫?」と声を潜めて聞いてきた。私があんまりその話題を出さないから、気になってたのかも。


「あー……ぶっちゃけまだ引きずってるかも。でも、もう連絡しないって決めたし。」

「そっか。まあ切り替え大事だよ。今は勉強とか部活とか、他にもやることいっぱいあるじゃん?」

「だよね。3年になったら進路どうするかで余計忙しくなるし……恋愛とか言ってる暇ないかも。」

「それくらいのほうが忘れられるんじゃない? 美咲なら絶対もっといい人に出会えるよ!」


小林はサバサバしてるし、自分も美容系の進路を目指すって言ってたから、お互い悩みは尽きない。だけど、こうして思ったことを素直に言い合えるのはありがたい。まだ胸の奥がチクチクするけど、親友の言葉が背中を押してくれるのを感じる。


たっぷりおしゃべりを楽しんだあとは、商店街をぶらぶら。小林が「このトップス可愛くない?」って見つけた服を一緒に鏡の前で合わせてみたり。試着はちょっと恥ずかしいけど、彼女のファッションセンスが上手いことアドバイスしてくれるから勉強になる。


「新学期が始まってクラスが変わっても、こうやって放課後とか休日に遊ぼうね」

「うん、もちろん! むしろクラス離れてもお互い誘い合おうよ!」


そんなやりとりをするだけで、私の気持ちもぐんと軽くなる。恋愛だけが全てじゃない。友達や家族や、これからの高校生活だって、まだまだ楽しいことがたくさん待ってるかもしれない。引退まであと少しとはいえチアリーディング部の練習も続くし、次のステップに向けて自分なりに前向きにならなきゃね。


時計を見ると、もう15時。あっという間に時間が過ぎていた。そろそろ母に頼まれたスーパーでの買い物も済ませないと。それに明日はバイトが夕方から入ってるから、今日のうちに準備しておきたいこともある。


「よし、そろそろ一旦解散にしようか。買い物あるし」

「そうだね。私も妹を塾に迎えに行くし」

「じゃあまたLINEする! ありがと、楽しかった」

「私も! あと、ほんと落ち込まないでね。困ったら呼んで!」


2人で駅前のロータリーまで歩きながら、次はいつ遊ぼうとか、今度根岸も誘おうって話でまた盛り上がる。クラスのメンバーとも春休み終わるまでに一度集まれるといいんだけど……まあ、あと数日で新学期だから焦らなくてもいいか。


小林と別れてから、スーパーで母のメモ通りに買い物を済ませる。夕方になって少し風が冷たく感じるけど、心はどこかあったかい。なんだろう、失恋したばっかりなのに、こうやって笑顔で過ごしてる自分が嘘みたい。全部吹っ切れたわけじゃないけど、ちょっとずつ先へ進めそうな気がする。


「よーし、明日はバイトで頑張るぞ。それからクラス替え発表まであと3日くらいかぁ……」


家に着くころには、ほんの少し疲れたけど達成感に包まれていた。ドアを開けて「ただいまー」と言っても返事はない。でも、ふとキッチンを見れば弟の使った食器が山積みで、「もう、何やってんの……」と苦笑しつつ、また誰にも見えない明るい笑顔が浮かぶ。こういう日常を大切に積み重ねながら、高校最後の一年を素敵に彩りたい。どんなクラスになっても、どんな不安があっても、きっと私は前を向いていけるはずだから。


失恋の傷は完全に癒えたわけじゃない。だけど、今日は可愛い服を見つけられたし、小林と思いきり喋れたし、美味しいカフェラテも味わえた。ほんのちょっとだけど、心が軽くなったのを実感している。残りの春休み、まだまだ楽しむぞ。そう思いながら、私は荷物を抱えてリビングへ足を進めた。やることだって山ほどあるけど、今なら笑って向き合えそうな気がするから。

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