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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
5月:「迷いながら進む道」
37/122

5月7日(水曜日)

「……ねえ、マジでもう無理かも」


昼休み。教室の一番後ろ、カーテンの影に隠れるような場所で、斉藤優希は珍しく机に突っ伏していた。


「どうしたの?」


近づいてきたのは、同じくクラス役員の清水悠人。無邪気なトーンで声をかけたつもりなんだろうけど、その言葉にビキッと神経が逆撫でされた。


「清水さあ……昨日のLINE見てなかった?」


「え?」


「グルチャでさ、みんな時間も場所も好き勝手に書いてて、私、アンケート三回も作り直したんだよ?」


「いや、それは……ありがと。助かったよ、マジで」


「“ありがと”だけ? 清水はさ、途中で既読スルーしてたよね?」


清水の顔が固まった。


「……ごめん」


「ほんと、それだけ? ……もう私ばっかまとめ役とか、面倒見る係とか、無理だよ」


あまりのトーンに、周りの数人がざわついた。


「優希……」


「もういいから」


そう言い捨てて、立ち上がる。席の脇に置いていたカバンを肩にかけて、そのまま教室を出た。


空気がピリついてるのが背中に刺さるけど、今はどうでもよかった。自分でも驚くくらい、涙が込み上げていた。


図書室の前の廊下。誰もいない静かな場所に腰を下ろして、優希はスマホの電源を落とした。


「……なんか、ずっと張ってた糸が、切れたみたい」


今度の生徒総会の準備も、今週のHRの進行も、全部、斉藤優希がやっていた。誰に頼まれたわけじゃないけど、気づいたら「やらなきゃ」が口癖になってた。


「ほんと、バカだなあ……私」


頭の中には、昨日の深夜まで必死に作ってた進路希望調査の集計表が浮かぶ。A推薦、B推薦、総合型、未定――。みんなの進路も不安も、ぜんぶ整理して把握して、先生に渡して、終わったと思ったら次のイベント。


「私、何のためにやってるんだろ」


それなのに、今日の朝のグルチャでは、


「優希、また神対応ありがと!」

「さすが委員長w」

「斉藤ってほんと便利だよな」


「便利」って言葉が、グサッと刺さった。


「頼られるのが好きなわけじゃない。頼られ“すぎる”のが、もう苦しいんだよ……」


ひとりごとのように、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


午後の授業。図書室で時間をつぶしてから、HRだけは戻ろうと思っていた。


けど、教室に戻ると空気がやたら静かだった。優希の席の周りだけ、微妙な距離感。みんな、さっきのやり取りを見てたらしい。


清水が、席の近くで立っていた。


「……優希、ちょっと話せる?」


「……今さら?」


「うん。今さらかもしれない。でも言いたいことがある」


その言い方が、あまりに真剣で、つい立ち止まってしまった。


ふたりは廊下に出る。昼の陽射しがガラス越しに落ちて、ちょっと暑いくらいだった。


「さっきは、ほんとにごめん。俺、自分でも気づいてなかった」


「何を?」


「任せてるっていうより、“頼ってる”つもりだった。でもそれって、任せっぱなしだったんだなって」


「……いつも、私がやって当然みたいな空気じゃん」


「うん、そうかも。正直言うと、優希がいるから大丈夫だって思ってた。勝手に」


「…言葉だけじゃもう、しんどいんだよ」


「じゃあ、変えるよ。委員の仕事も分担しよう。グルチャの管理も、俺がやる」


「……ほんとにできるの?」


「やってみる。ってか、やらなきゃだめだよな。俺、今まで優希のこと“便利な奴”だなんて思ってなかったつもりだけど、結果的にそうなってた。気づけなかった俺が一番ダメだった」


その言葉に、優希はしばらく沈黙した。


「……じゃあ、1回だけ任せる」


「うん、ありがとう。マジで」


ちょっとだけ、肩の荷が下りた気がした。


放課後。職員室。


「斉藤、ちょっといいか?」


今井先生が呼び止めてきた。HRでの出来事が伝わっていたらしい。


「先生、もしかして……怒られます?」


「いや、むしろ、よく言ったと思うぞ」


「え?」


「誰かがやらなきゃ回らないのは事実だ。でも、その“誰か”が壊れる前に声を上げてくれて、先生はホッとしてる」


「……壊れてたかもしれません」


「なら、なおさらだ。自分の限界、知れたことは悪いことじゃないよ」


その言葉に、ちょっとだけ涙がこみ上げた。堪えながら、優希は深くうなずいた。


夜。部屋の机に座りながら、優希はノートを開いた。


そこには、今日の自分の気持ちが乱雑に書かれていた。


『限界まで頑張ってた。自分で“私がやらなきゃ”って思い込んでた。でもそれって、誰のためだった? 誰も私に全部を期待してたわけじゃなかったのに』


スマホの電源を入れると、清水からのメッセージが届いていた。


清水「アンケート、新しいの作ってみた! 明日チェックしてくれたら助かるけど、無理にじゃないから、気にしないでな」


ふふ、と笑みがこぼれる。


優希「ありがと。……でも、ちょっと見てあげるよ。委員長としてじゃなく、友達としてね」


送信して、スマホを伏せた。


母が部屋をノックして入ってきた。


「夕飯できたわよー。今日、学校どうだった?」


「ちょっとだけ泣いた」


「えっ?」


「でも、ちょっとだけラクになった」


母は驚いた顔のまま、でも何も言わず、優しく頭をなでた。


「じゃあ、いっぱい食べなさい」


「うん、わかった」


夜風がカーテンを揺らす。


今日は、壊れそうになったけど、ちゃんと自分の気持ちを出せた日だった。


『自分を大事にする』って、こういうことなのかもしれない――


そう、静かに思った。

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