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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
5月:「迷いながら進む道」
36/122

5月6日(火曜日)

「……また、変な夢見た」


目が覚めた瞬間、私、井上美咲はぼそっと呟いた。

カーテンの隙間から差し込む光がまぶしくて、思わず顔をそむける。


スマホを手に取ると、10時42分。昨日も夜更かしして、動画をだらだら見てたせいで朝がつらい。

いや、正確には「夜更かし」じゃなくて「寝たくなかった」に近いかも。


寝ると、夢を見る。

その夢の中に、もう会うことのない「あの人」が、何度も出てくる。


声は聞こえない。表情もぼやけてる。

でも、たしかにそこにいたってわかる。


それが、つらい。


「起きなきゃ」


そう思いながらも、重たい体をなかなか起こせずにいる。

ようやく布団から這い出したのは、11時を回ってからだった。


階段を降りてキッチンに行くと、母が洗濯物を畳んでいた。


「おはよう……って、もうお昼ね」


「……うん。ごめん」


「いいのよ。連休なんだから、少しくらいゆっくりしたら?」


「うん……」


会話が続かない。

母は気を使ってるのか、それ以上何も言わなかった。


冷蔵庫を開けて、昨日の夕飯の残りのパンケーキを取り出す。レンジで温めながら、ふとテレビの音に耳を傾ける。


「本日はゴールデンウィーク最終日、各地の高速道路では帰省ラッシュが……」


「ラッシュもなにも、わたしはどこにも行ってないし」


思わず独り言。

高校3年、進路のことを考えなきゃいけないって、頭ではわかってる。

模試もあるし、中間テストも近い。

でも、心がまったく追いついてない。


パンケーキを食べ終え、スマホを開くと、通知が溜まっていた。

クラスのLINEグループは、昨夜からの雑談で盛り上がってる。


「川崎、相変わらずテンション高いな……」


《今日、暇なやつカラオケ行こうぜー! そのあとスタジオもあるし!》


《井上も来る? たまには音楽でも聴いて元気出せ!》


元気出せ、か……。


画面を見つめながら、美咲はちょっとだけ笑った。

昔なら、こういう誘いにすぐ「行く!」って返してた。

カラオケで大声出して、笑って、写真撮って、ストーリーに上げて――

あの頃の自分は、どこに行っちゃったんだろ。


既読だけつけて、返信はしなかった。


午後1時。部屋の片隅で、ふと鏡をのぞく。


「……やっぱ、顔、変わったかも」


あの人と別れてから、自分がどう見えてるのか分からなくなった。

肌の調子もイマイチ。髪もぼさっとしてて、何となく疲れて見える。


でも、不思議と泣き顔じゃない。


「涙って、出なくなるもんなんだね」


声に出すと、少しだけ喉の奥が痛んだ。

制服のスカートを取り出して、なんとなく合わせてみる。

着るわけじゃない。ただ、あの日の自分を思い出したくて。


あの駅前のカフェ。

あのときの風。

あの人の横顔。


「バカだな、わたし。いつまで引きずってんの」


でも、心のどこかで「もう引きずってもいいか」って、思い始めてる自分もいた。


午後2時過ぎ。

思い切って外に出てみた。


いつものように、駅前のベンチに座る。

近くの自販機で買ったアイスティーを飲みながら、人の流れをぼんやり眺めてた。


家族連れ、カップル、友達グループ…

いろんな「笑ってる人たち」が、わたしの目の前を通り過ぎていく。


誰も、わたしのことなんて見てない。

この世界にとって、わたしなんてただの背景。


「……でも、それが、ちょっと楽」


スマホの音楽アプリを開いて、昔好きだったバンドの曲を流す。


――♪明日を変えるのは 今日のため息じゃない

――♪涙のあとに 風が吹く


イヤホンの中で響く歌詞が、やけに沁みた。


と、そのとき。


「……美咲?」


声をかけられて顔を上げると、斉藤優希が立っていた。

ジャージ姿で、部活帰りらしい。


「……なんか、ボーッとしてた?」


「うん……まぁ、そんな感じ」


斉藤は隣に座って、持ってたスポーツドリンクを飲んだ。


「ずっと家にいた?」


「うん。特にやる気出なくて」


「……うん、そういうときもあるよね」


斉藤はそれ以上、なにも聞かなかった。

それが、ありがたかった。


「なんかさ、自分が何したいのか、よく分かんなくなってきて」


「わかる。わたしも、大学どこ行きたいかとか、志望理由書書けって言われても、全然ピンとこないし」


「斉藤でも?」


「斉藤“だから”かも。ちゃんとしなきゃって思いすぎて、逆に見えなくなること、あるよ」


「……なんか、ちょっと救われた」


「でしょ?」


2人でくすっと笑ったあと、斉藤が立ち上がった。


「じゃ、また明日から学校。ゆるっとがんばろ」


「うん。……ありがとう」


「いいって。また話そ?」


斉藤が去っていったあと、美咲はその背中をしばらく見送っていた。


なんか、ちゃんと向き合ってくれる人がいるって、すごいことだなって思った。



夕方。家に帰る途中、駅前のカフェに立ち寄った。

一番奥の席。いつか、あの人と来た場所。


注文したのは、あの日と同じチャイ。


でも、味は、もう「特別」じゃなかった。

ただの、ちょっと甘くてあたたかい飲み物。


それで、よかった。


スマホを開いて、久しぶりに自撮りをしてみた。

フィルターも加工もなし。

ふつうの、わたし。


「……案外、悪くないかも」


画面の中の自分が、少しだけ前を向いていた。

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