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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
5月:「迷いながら進む道」
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5月5日(月曜日)

「今日って、子どもの日だっけ?……もう、子どもじゃねーけど」


俺、川崎 蓮は、ギターを抱えたままソファに倒れ込み、スマホで日付を確認した。5月5日。こどもの日。祝日。世間はGW真っ最中。

だけど、彼の生活リズムはとっくに崩壊していた。朝に寝て、昼に起きて、夜にギターを弾いて、深夜に曲を書き始める。


「……朝じゃないし、昼でもないな。夕方……?」


リビングには誰もいない。母は昼のパートに出ていて、父は長距離トラックの仕事で出張中。TVはつけっぱなしで、ワイドショーの音声が空虚に流れている。

BGM代わりというより、寂しさを埋めるノイズに近い。


蓮は、床に転がったギターのコードをひょいと拾い上げ、弦を何本か適当に鳴らした。


「ド、レ、ミ……ファ♯、……なんか違ぇな」


昨日、夜中に録ったメロディをスマホで再生してみる。

自分で言うのもなんだけど、Aメロは悪くない。問題はサビ。どうにも跳ねない。足りない。“あの感じ”が。


「サビ、弱いなあ。もうちょい跳ねる感じが欲しいっつーか……」


ソファからずるずると床に滑り落ち、リュックからノートPCを取り出す。GarageBandを立ち上げ、ギターをラインに繋いで仮録り。ヘッドホンをかぶると、外の世界が一気にシャットアウトされる。


「……これだとコード感が重すぎんだよな。ベースが鳴りすぎてる」


つぶやきながら、ミキサーを調整。気づけば30分、コードのパターンをいじっていた。


音楽は楽しい。でも、それと引き換えに“現実”がどんどん遠のいていく感じもある。


「……てか、俺マジで進路どうすんの?」


ぽつりとこぼれた言葉に、自分で苦笑いする。「誰に聞いてんだよ、俺が一番分かんねーよ」


ここ最近、斉藤や岡田が模試やら勉強やらに追われてるのを横目で見てる。LINEも、「模試どうだった?」とか「今度の模試は勝負しよ」とか、そんな話ばっか。


「みんな、焦ってんなぁ……俺だけ、止まってるみたい」


とはいえ、自分なりに思うところもある。昨日の夜、布団に入ったあと、ふと天井を見つめて考えた。


「音楽、続けたいな……でも、それでメシ食ってけんのかって言われたら、無理って思う」


高校卒業して、音楽の専門学校に行く。それもひとつの道。でも、親に言ったら「もっと現実を見なさい」って絶対言われる。


自分の部屋に貼ってある進路希望調査表のコピー。白紙のまま、机の隅に置きっぱなしだ。記入欄には、「第1希望」「第2希望」「志望理由」とあって、そのどれもが空欄。


「“志望理由”って言われてもな。音楽が好きだから、だけじゃ通らねぇんだろうな」


担任の先生は「蓮、お前もそろそろ決めろよ」って笑って言うけど、その笑顔の奥にある“焦り”みたいな空気は、なんとなく分かる。


「周りが推薦とかAOとか言ってる中で、俺はなにしてんだろ……」


でも、“将来何になりたいか”って、そんな簡単に決められるもんじゃないと思う。ギターを弾くようになってから、ずっと音楽だけが楽しくて、自分の中心にあった。だけど、いざ将来って話になると、それを武器にしていいのか、誰も教えてくれない。


「音楽が好きってだけじゃ、ダメなのかな」


けど、その“好き”だけは、ずっと本物だった。


蓮は、去年の文化祭のステージを思い出す。先輩たちと組んだバンドで、体育館の大ステージに立った。音響はしょぼかったけど、あのときの歓声は今も耳に残っている。


「もう一回、あれがやりたいんだよな……」


でも、その想いを口にするたび、頭のどこかで「そろそろ目ぇ覚ませよ」って声が響く。それは、自分の中にいる“現実の自分”の声だった。


LINEの通知。


朝倉 春奈「蓮、来週またスタジオ取った? 曲できてたら合わせたい」


川崎「まだ途中。でも、なんか掴めそう」


朝倉「おー期待してる! 文化祭までに新曲仕上げようね」


文化祭。そのワードに、少しだけ胸がざわついた。


もう3年生。この文化祭が、最後になる。最後のステージ。最後の音。最後の青春。


「だったら、やるしかねーな……」


蓮は立ち上がると、冷めたインスタントコーヒーを一口飲み、ベランダに出た。ちょっとだけ冷たい風が頬を撫でる。


隣の家の庭には、小さな鯉のぼりが揺れていた。それを見て、なんとなく笑ってしまう。


「……まだ俺、子どもでいいよな。あとちょっとだけ、夢見てても」


誰に言うでもなく、そうつぶやいた。けどその目は、ちゃんと前を見ていた。


部屋に戻ると、蓮はギターのボリュームを上げた。Aメロを繰り返しながら、サビのリフを何パターンも試す。コードを変え、転調を試し、リズムを崩しては戻し。


途中、友人の石井からもLINEが届く。


石井「蓮、進路面談もうすぐだぞー。なんか決めた?」


川崎「いや、全然」


石井「マジで焦った方がいいってw」


川崎「うっせw とりあえず文化祭が終わってから考えるわ」


石井「おま、それ去年も言ってたからな」


スタンプ連打が返ってきて、蓮は吹き出す。


「……ほんと、俺、変わってねーな」


夜8時を回った。母からの「ごはんあるからね」のメモを見つけて、ふと食欲が戻る。レンジで温めたチャーハンを頬張りながら、またメロディが浮かぶ。


「……あ、これかも」


箸を置いて、ギターをかかえ、録音ボタンを押す。頭の中で鳴っていたフレーズが、指先に伝わる。


「よし……これで、サビ、書き直しだ」


文化祭のステージ。その先にある、自分の“まだ言葉にならない進路”。だけど、音楽を続けたいって気持ちだけは、本物だと思った。


その夜、蓮はノートに1行だけ書いた。

『音楽、続けたいって言ってみる。ちゃんと、自分の言葉で』


いつか、それを親に話す日が来るかもしれない。

でも、まずは曲を完成させること。


今だけは、それでいい。


青嵐の夜。部屋には、ギターの音だけが響いていた。

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