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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
30/122

4月30日(水曜日)

「……マジで、ダル。」


ゴールデンウィークの谷間、4月最後の平日。今日も学校がある。ベッドの上でスマホのアラームを止めながら、俺、川崎蓮はぐったりとうめいた。


特に授業が楽しみなわけでもない。友達に会うのはまあ悪くないけど、それよりも最近ずっと頭を離れないのは、進路のこと。推薦、模試、オープンキャンパス。みんなが着実に次のステージに向かって動き出している中、俺だけが足踏みしている気がして、胸の中がザワザワしていた。


「……とりあえず行くか。」


適当に制服を着て、ギター柄のキーホルダーが付いたリュックを背負って家を出る。母ちゃんが「行ってらっしゃい」と言ったけど、心なしか顔はちょっと心配そうだった。


駅までの道を歩きながら、イヤホンで好きなバンドの曲を流す。それでも、心のモヤモヤは消えなかった。流れる歌詞に共感しながらも、胸の奥には焦りと空回りだけが残っていた。歩くリズムすら乱れるような、落ち着かない朝だった。


学校に着くと、クラスメイトたちはいつも通りワイワイしていた。でも、話している内容は少しずつ変わってきている。進路希望調査票、模試の結果、オープンキャンパスの話。


「おーい、蓮!」


軽音部の仲間、悠斗が声をかけてきた。


「文化祭のバンドメンバー、そろそろ決めようぜ。練習も始めたいし。」


「あー、いいね。俺も曲作りたいって思ってたとこ。」


口ではそう言いながら、内心は焦っていた。バンド活動は楽しい。でも、それが終わった後、自分には何が残る?文化祭も、受験も、卒業も、時間は容赦なく進んでいく。


ロッカーの前で、同じクラスの女子たちが大学のパンフレットを広げながら話しているのが耳に入った。なんだか、自分だけが取り残されているような気がして、少し胸が苦しくなった。


一限目の現代文。今井先生が黒板に書き出す評論文のキーワードを、ノートに取る手が重たい。テーマは「自己実現」。


「それぞれがどんなふうに生きたいか、ぼんやりでもいいからイメージしてみろ。目標ってのは、最初はでっかすぎるくらいでいいんだから。」


今井先生の声が教室に響く。真面目にペンを走らせる周りの音がやけにうるさく感じた。俺は、ノートの端にギターの落書きをして、視線を逸らした。


(自己実現、か……俺にできんのかな。)


次の英語の授業では、長文読解問題に取り組んだ。"努力なくして夢は叶わない"――そんなフレーズが目に入った瞬間、胸がちくりと痛んだ。皮肉だな、と思いながら、頭の中はバンドのこと、進路のこと、焦りと迷いでいっぱいだった。


机に伏せるわけにもいかず、ただ時間が過ぎるのを待っているような気持ちだった。周りがどんどん前に進んでいるのに、自分だけが止まっている。この教室の中でも、世界が違うみたいだった。


放課後、ふと通りかかった進路指導室の前。数人のクラスメイトが面談を待っている。青山も、斉藤も、真剣な顔で資料を見ていた。


(俺も……動かなきゃヤバいよな。)


思わず足が止まる。でも、ドアをノックする勇気が出ない。何を話せばいい?自分に何ができる?そんなことばかり考えてしまう。


「なにしてんの、蓮?」


軽音部の佐倉が声をかけてきた。


「え、いや……別に。」


「面談?進路、考えてる?」


「……まだ。」


素直に答えると、佐倉はにっこり笑った。


「焦らなくていいよ。でも、立ち止まったままだと、何も始まらないから。」


その言葉が胸に刺さった。焦りながらも動けない自分に、苛立ちと情けなさが募った。佐倉が背中を軽く叩いて進路指導室に入っていくのを見送った後、俺はその場を離れるしかなかった。


家に帰り、ギターを手に取る。アンプを繋がずに、指先だけでコードをなぞる。Fコード、Cコード、Gコード……音に乗せて、心が少しだけほぐれる気がした。


音楽が好きだ。この気持ちは絶対に嘘じゃない。だけど、それだけで未来を切り開けるほど甘くない現実もわかっている。


ふと机に目をやると、空欄の進路希望調査票が置きっぱなしになっていた。名前だけが書かれた無機質な紙。見ていると、胸が締め付けられる。


「……なにやってんだよ、俺。」


ぼそっと独り言を漏らして、ギターをそっと置いた。


スマホを手に取り、検索履歴に「音楽 専門学校」「ミュージシャン 就職率」「ライブハウス バイト募集」なんて文字が並ぶ。少しずつだけど、前に進もうとする自分がいるのが、ちょっとだけ誇らしかった。


夜の静かな部屋に、ギターの弦を弾く乾いた音が響く。まだ不安だらけだし、道のりは見えない。でも、それでも歩き出したい。


小さな音でも、確かな一歩を刻みながら、俺は未来へと手を伸ばそうとしていた。その手はまだ震えているけれど、確かに、前を向いていた。

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