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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
3/122

4月3日(木曜日)

「うわ、もうこんな時間!」


目覚ましを止めたまま二度寝しちゃって、私、朝倉 春奈は慌てて布団を蹴飛ばす。時計を見ると、朝の9時半。春休みだとわかっていても、なんだか気が焦る。いつもならバレー部の朝練に行っている時間だけど、今日は自主練習ってことで集合はお昼前に体育館に入れればOK。とはいえ、全国大会を目指して頑張ってきた身としては、やっぱり遅刻は落ち着かない。


「よいしょ……あ、腰イテ」


昨日はちょっとハードなメニューを組んでしまって、背中から腰にかけて筋肉痛がじわじわ。引退を控えてるとはいえ、最後のインターハイ予選までは全力出したいから、つい負荷をかけすぎたかもしれない。部活顧問の高野先生にも「無理はするな」って注意されたけど、やっぱり最後くらいは悔いのないように突き進みたい。そう思ってたら、こんな春休みにもかかわらず毎日体育館通いしてる自分がいるんだよね。


のそのそと起き上がり、制服のリボンやら中間テストのプリントやらが散乱している机を横目で見ながらため息。新学期が始まればもう3年生。思いっきり部活に打ち込めるのも、あと少し。引退後は勉強一本に切り替えて志望大学を目指さなきゃだけど、正直、間に合うんだろうか。ちょっと不安。


「お母さん、ごはんある?」


リビングへ顔を出すと、母はテーブルで新聞を読みながら「おはよう、珍しくゆっくりね」と笑ってる。弟は先に学校へ行ったらしい。弟は中学でサッカーやってて、今日は朝から練習試合だとか。私もあと少ししたら体育館に行くつもりだから、軽くトーストでも食べよう。


「昨日、夜中までストレッチしてたんでしょ。体壊さないようにね」

「わかってるよ。でも最後なんだもん。やれるだけやらなきゃって思って」

「そうね……引退してからでも受験は間に合うわよ。春奈なら大丈夫」


母はそう言ってくれるけど、実際どうなんだろう。クラスの優等生たちはもう進路に向けて塾や参考書を揃え始めてる。私も一応やってはいるけど、部活を引退するまでは本腰入れられない気もする。焦りと責任感が入り混じって、時々寝る前にモヤモヤするんだよね。


「はー、ごちそうさま。じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。お昼ご飯はどうするの?」

「体育館のあたりで適当に済ませる。夜までには帰るよ!」


そう言ってジャージを着込み、かばんに水筒と軽いおやつを放り込んで玄関へ。母は「気をつけてね」と声をかけてくれるけど、すでに頭の中は練習メニューでいっぱい。今日はアタック練習を強化したいし、新入生歓迎会の部活紹介に向けた軽いデモの準備もしなきゃ。引退は控えてるけど、新1年生が興味を持ってくれるような見せ場は用意しておきたい。


外に出ると、春らしく柔らかな日差し。ちょっと肌寒いけど、動けばすぐ汗かきそう。この季節になると「ああ、もうすぐ新学年だな」って空気が一段と増す。今年の春休みはなんだか特別な感じがする。3年生になるってことは、文字通り高校最後の一年が始まるんだから。


「よっ、朝倉!」


歩いていると、自転車で通り過ぎそうになった江口が声をかけてきた。江口は同じクラスの野球部主将で、いわゆるスポーツ仲間だ。春休み中もほぼ毎日練習だと聞いてる。


「おはよ、今日も部活?」

「当たり前。明日練習試合だから気合入ってる。朝倉も、今日自主練?」

「そうそう。怪我しないようにね」

「お互いな。あと少しで本番だし、無理しすぎるなよ!」


そう言って江口は去っていく。あいつは家も学校も遠くないから、いつも自転車通学。真面目そうに見えて結構ノリがいいし、部活への情熱は半端ない。ちょっとだけ尊敬してる。クラスがどうなるかはわからないけど、3年でも同じクラスだと嬉しいな。


校門から体育館の方に入ると、もうバスケ部やら卓球部やらがいて、それぞれに練習を始めている。フロアを分け合う感じだけど、部活によって空気が違って面白い。私はバレーコート用のスペースへ向かうと、すでに2年の後輩たちがネットを張ってくれていた。


「あ、朝倉先輩、おはようございます!」

「おはよー。今日は自由参加なのに、真面目だね」

「えへへ、先輩を一人にさせるわけにはいかないですよ。もう青嵐祭とか体育祭の話、ちょこちょこ出てきてますし。引退前にいろいろ教えてほしいこともあるんです!」


笑顔で声をかけてくる後輩の姿を見てると、やっぱり部活っていいなって思う。成長がはっきりわかるし、一緒に汗かけば自然と仲良くなれる。つい3年前、自分もこんな風に先輩を頼ってたのかと思うと不思議な気持ち。先輩方が卒業していったように、私もそろそろ受け継ぐ側から引き継がれる側になるんだ。


準備運動を済ませてから、軽くレシーブ練習。膝や腕を柔軟に使うのを意識して、きれいにボールを上げる。昨日の疲れが残ってるものの、体は次第にほぐれてきた。後輩のセットアップに合わせてアタックもやってみると、


「ナイス! 先輩、さすがです!」

「まだまだよ。ちゃんとコンビ合わせないとスパイクも活かせないから」


こんな感じで和気あいあいとやりつつも、アタックの打点やトスの位置をチェックして細かい改善を繰り返す。私は主将だから一番上手いプレーをしなきゃ……っていうより、みんなのモチベーションを上げるような声かけとか見本を見せるのが大事。試合中も「絶対に勝つぞ!」って鼓舞する役目が多かったけど、真面目すぎるって言われるのもちょっと照れくさい。


一通り練習が落ち着いたところで、外の空気を吸おうと体育館を出る。時刻は12時を回ったくらい。小腹が空いたけど、午後も練習したいからコンビニで軽くサンドイッチでも買ってこようかな……と思ってたら、玄関に座り込んで休んでる同級生の寺田が目に入る。彼女も陸上部の短距離エースで、私と同じく最後の大会で結果を出そうと頑張ってる仲良し。


「寺田、調子どう?」

「あ、春奈! 足パンパンだけど、なんとか走れてるよ。夏まであと少しだし、踏ん張らなきゃね」

「ホントそれ。私も最近腰がキツくてさ……でも悔い残したくないし」

「だよね。私たちが今頑張らなきゃいつやるのって話だし」


2人で顔を見合わせて、「自分たちらしいね」なんて笑い合う。チームこそ違えど、スポーツに打ち込む姿勢はお互いに通じるものがある。大会が近づくほど身体も悲鳴をあげるけど、それ以上に「やりきりたい」って気持ちが強いんだよな。


「そういえば、クラス替えもうすぐだよね。気になる?」

「そりゃ気になるよ~。あと4日くらいで分かるんだっけ。私、今のクラス楽しいし、また離れたくない人多いし」

「わかる。私も同じ気持ち。まあ、どこに行っても仲間とは関わるだろうけど……ちょっとドキドキするよね」


そんな話をしていたら、後輩が「朝倉先輩ー! 練習再開します?」と体育館の扉から手を振っている。寺田も「そろそろ陸上部の筋トレ時間なんで」と立ち上がり、2人で「頑張ろうね」と軽く握手して別れた。こういう時の一言が、すごく心に染みるんだよね。同じ3年になろうとしている仲間がいるってだけで、すごく励みになる。


結局、午後も3時間近く練習して、足が震えるくらい動き回った。最後に後輩たちとクールダウンしながら「春になったけど、まだまだ寒いねー」なんて笑い合う。その一瞬一瞬が、かけがえのない時間に思える。引退までもう数か月だ。私は自分の力を信じて仲間と戦い抜きたいし、その後はしっかり勉強して志望大学に合格したい。正直、不安は尽きない。でも、「やるしかない」って思えるのは、こうして背中を押してくれる人がたくさんいるから。


「よし、今日はもう少しアタック練習したいけど……疲労がピークだし、これ以上やると明日に影響しそう。切り上げかな」


自分の顔をタオルで拭きながら、心の中でスケジュールを整理する。明日は午前中にまた集まる予定だっけ。クラスメイトからは「春休み最後だから遊ぼうよ!」なんて誘いもちょこちょこ来てるけど、体力が持つかどうか微妙。みんなに会いたい気持ちはあるけど、今は部活が最優先かな。


「先輩、お疲れさまでした!」

「お疲れ! 明日もよろしくね」


後輩たちに挨拶をして体育館を後にすると、外はすっかり夕暮れモード。晩ごはんまでには家に戻ってシャワーを浴びたい。さっき弟から「練習試合勝った!」ってLINEが来てたっけ。そっちの報告も気になるし、夜は父に日中の練習の話を聞いてもらおうかな。うちの父は元体育教師だから、つい熱血モードになるけど、支えてくれるのはありがたい。


校門を出ると、同じように部活を終えた生徒が何人かいて、みんなそれぞれの目標に向かって頑張ってるんだなってしみじみ思う。3年生になるってことは、みんな同じように進路で悩んだり、部活と勉強の両立で迷ったりしながら、それでも前を向いている証拠。


「あと少し、あと少し頑張ろう」


そうつぶやいて、私は少しだけ速いペースで家へ向かう。充実感と疲れが入り混じっているけど、胸の奥には確かなワクワクがある。最後の一年、本当に悔いのないよう駆け抜けたい。新学期には新たな出会いもあるかもしれないし、クラスが変わる不安もあるけど、それ以上に手応えを感じながら日々を乗り越えていきたい。自分なりのベストプレーを信じて。焼けつくような夕日の中、私は明日の自分に声をかけるように足を進めた。

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