4月27日(日曜日)
「……うわ、もう朝?」
目をこすりながらベッド脇の時計を覗き込むと、午前7時半を指していた。昨日の模試の疲れが抜けきれないまま、重たい身体を引きずるように起き上がる。
私、斉藤優希はベッドに座ったまま、ぼんやりと昨日の出来事を振り返った。模試自体はそこまで難しくなかったけど、集中力が切れそうになるとつい周りが気になって仕方がなかった。隣の席で必死に問題を解いていた岡田の真剣な横顔や、前の席でペンを回し続けていた川崎の余裕の表情。そんな周囲と比べて、自分の答案が正しいのかどうか気になってしまった。
「まあ、終わったことだし……自己採点、やるしかないか」
ため息交じりに立ち上がり、リビングに向かう。うちは父が会社員で、母は専業主婦。今日はふたりとも出かけていて家にいない。母は朝から買い物に行くと言っていたし、父は趣味のゴルフ仲間と郊外に出かけたらしい。兄は地方の大学に通っていて一人暮らし中。家には私ひとり。普段はにぎやかな家も、今日はやけに静かだった。
テーブルの上には母が作り置きしてくれたサンドイッチが置いてあった。「優希へ。朝ごはん食べてから勉強がんばれ」のメモが添えられている。
「はあ……プレッシャーかけないでよ」
独り言をこぼしながら冷蔵庫から牛乳を取り出し、サンドイッチと一緒に流し込む。母のサンドイッチは相変わらず美味しい。でも、今日はその味すら素直に楽しめない。胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった。
食事を終え、自室に戻る。机の上には、昨日使った模試の問題冊子と解答用紙が無造作に散らばっていた。ゆっくりと鉛筆を取り、答え合わせを始める。
「うわ……またミスってる……」
採点を進めるほど、気持ちはどんどん沈んでいった。ケアレスミス、小さな読み違い、時間切れで空欄にした問題。見れば見るほど、悔しさと情けなさが胸にこみ上げてくる。
自己採点を終えた頃には、すっかりやる気を失っていた。スマホを手に取り、グループLINEを開くと、すでに岡田や青山が結果を報告していた。
『やった!自己ベスト更新!』
『まあまあかな……でも、もう少し頑張らなきゃ』
その言葉に、さらに胸が苦しくなる。努力を積み重ねて結果を出している友達と、自分を比べてしまう。頑張っていないわけじゃない。でも、結果が出ないと、頑張ってることすら否定された気持ちになる。
「私って……頑張れてないのかな?」
ぼそっとつぶやく。すると、なんだか急に涙が出そうになって、慌てて顔を背けた。こんなことで泣くなんて、情けない。でも、泣きたい気持ちを押し殺しても、もやもやしたものは消えなかった。
ふと、窓の外に目を向ける。春の青空が広がり、新緑の木々が風に揺れている。思わず窓を開けると、ひんやりとした風が頬を撫でた。
「こんないい天気なのに、私は何してるんだろう……」
無性に外に出たくなった。気分転換が必要だ。軽く身支度を整え、スニーカーを履いて玄関を出る。家の前の通りは日曜日らしく静かで、どこかの家の庭からは芝刈り機の音が聞こえてきた。
公園に向かう道すがら、近所の犬がじゃれついてきた。頭を撫でながら「いいな、君たちは自由で」と笑った自分に、少しだけ救われた気がした。犬はしばらく私の足元で跳ね回り、その無邪気さに癒やされた。
公園のベンチに腰を下ろし、遠くで遊ぶ子どもたちの声をぼんやりと聞く。小さな頃、兄と一緒にこの公園でよく遊んだっけ。鬼ごっこ、かくれんぼ、何も考えず笑っていた日々。あの頃は、未来のことなんて全然怖くなかった。悩みなんて「明日の宿題どうしよう」くらいのもので、空の青さだけを信じて走り回っていたっけ。
「あの頃は私も何も気にせず遊んでたんだよな……」
自然と笑みがこぼれた。焦る必要なんてない。自分のペースで進めばいい。誰かと比べるんじゃなくて、自分が納得できるように。たとえ今、うまくいかなくても、それは失敗じゃない。全部、自分を作る大切な一歩なんだ。
スマホが震える。清水からだった。
『優希、模試お疲れ!今度の休み、一緒に息抜きに行かない?』
そのメッセージを読んだ瞬間、胸の中に暖かいものが広がった。清水はいつも、私が疲れているときにそっと寄り添ってくれる。優しいだけじゃなく、何も言わずにそばにいてくれる存在。そんな友達がいることに、改めて感謝したくなった。
「うん、行こう」
私はすぐに返信した。
『ありがとう、行こう!楽しみにしてる!』
帰り道、ふと立ち寄ったコンビニで、好きなチョコレートを一つだけ買った。小さな自分へのご褒美。大したことじゃない。でも、今の私には、それが必要だった。
家に帰ると、机の上の問題集を見つめながら深呼吸をした。焦らなくてもいい。一歩ずつでいい。模試の結果がどうであれ、自分を否定する理由にはならない。
まだまだ迷うことも、立ち止まることもあるだろう。それでも、自分を信じて進もう。今日の涙も、悔しさも、全部無駄じゃない。私は机に向かい、ペンを握った。次は、少しでも笑って終われるように。そんな未来を、自分で作るために。




