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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
25/122

4月25日(金曜日)

「……また被ったかも」


私、上原由佳は、配られた三者面談の日程プリントを手に、カレンダーアプリとにらめっこしていた。教室の隅っこ、進路資料が散らばった机の上。お昼休みなのに、周りの雑談は遠く感じる。母の通院と重ならないように、って思ってたのに、案の定、来週の水曜はまた通院日と丸かぶり。


「タイミング、悪すぎ……」


つぶやきは誰にも聞かれていない。けど、もし誰かに聞かれても、たぶん笑ってごまかすんだろう。いつもそうしてきた。心配されるのが苦手で、「大丈夫?」って聞かれると逆に胸が苦しくなる。


三者面談——進路——大学——家の事情。考え始めると、心がズーンと重くなる。休み時間なのに、全然休めてない。


「ねぇ上原、面談の紙っていつまでに出すんだっけ?」


不意に声をかけてきたのは、隣の席の山田。ちょっと気が抜けた感じの男子で、成績も中の下あたりを漂ってる。ノートもよく落書きだらけだし、授業中もたまに寝てる。


「月曜までだって。今井先生がさっき言ってたよ」


「あざーす。てか、もう親に相談した?」


「うん……まあ、一応は」


嘘ではない。でも、“一応”だけ。本当は、母に三者面談の話をするのが怖かった。体調が不安定で、病院の予約だけでも大変なのに、わざわざ学校まで来させるなんて、と思ってしまう自分がいる。


「俺んちさ、親父が平日無理っぽいから、母ちゃんだけ来るっぽいんだけど、話通じるか不安でさ〜」


「大丈夫だよ。今井先生、ちゃんと話聞いてくれるから」


「……そっか、ありがと」


山田は照れくさそうに笑って、自分のプリントに“母のみ参加”って書き込んでた。ああ、普通の会話って、こんなふうなんだろうな。自分も「母のみ参加」って書けたら、どれだけ楽だろう。けど、母の体調がその日どうなってるかなんて、当日にならなきゃわからない。


そのとき、前の席の斉藤優希がふと後ろを振り向いた。


「上原さん、体調とか大丈夫? この前の保健室のとき、ちょっとしんどそうだったから」


「あ……うん、大丈夫。ありがとう、斉藤さん」


斉藤は、クラスでも委員長的なポジションの子。気配りができて、誰にでも平等に接する。だけど、そんな彼女にさえ、家のことは話していない。


「なんか困ったことあったら、言ってね。進路のこととか、うちも親が口出し激しくて、正直疲れるときあるし」


「……うん。ありがと」


笑って答えながら、心の奥がズクッとした。みんな、いろいろあるんだよね。自分だけじゃないって分かってる。でも、自分だけ“家の都合”を理由に進路に支障が出るのは、やっぱり怖い。


放課後、プリントを手に職員室前の机に向かう。提出しようとしたけど、指が止まる。空欄にしていた“保護者出席の可否”の欄。どうしても、決められなかった。


「……ちょっと、帰ってからにしよ」


プリントをカバンに戻して、静かに昇降口へ向かう。外は少し曇っていて、夕焼けにはまだ早い時間帯。駅までの道を歩きながら、何度もスマホのカレンダーを開く。母の通院は毎週水曜と金曜。来週の面談候補日、ほとんどアウトだ。


途中、坂の途中のベンチに腰を下ろして、少しだけ空を見上げる。雲の切れ間から、うっすらと夕日がにじんでいた。ふと、ポケットの中のイヤホンを取り出して、いつものプレイリストを再生する。ピアノのイントロが流れ、少しずつ心がほどけていく。


「……全部、自分で背負わなくてもいいのにね」


ぽつりと口に出した言葉が、春風に溶けていった。


家に着くと、母はこたつの中にいた。いつも通りの薄い毛布、テレビの音だけが部屋に響いてる。


「由佳、おかえり。今日は学校どうだった?」


「うん、普通。……あのさ、来週、三者面談があるんだけど……」


「あら、もうそんな時期?」


母は笑って言うけど、その顔は少し青白い。無理させちゃだめだ。そう思って、「大丈夫だから、もし調子悪かったら無理しないでね」と続けた。


「平気よ。水曜以外なら、なんとかなると思うし」


「……じゃあ、木曜にするね。今井先生に言ってみる」


プリントに“木曜・母参加”と書き込む。ようやく少し肩の荷が下りた気がした。でも、まだ頭の中には「もし当日になってダメになったら……」という不安が残っている。


その夜、弟のノートを手伝いながら、ふと母が言った。


「由佳、進路のこと……ちゃんと考えてる?」


「うん……いろいろ、資料は見てる。まだ決めきれてないけど」


「無理に大学に行かなくてもいいんだよ。あなたのペースでいいからね」


その言葉に、胸がぎゅっとなった。そう言ってくれる優しさが、時に一番つらく感じることもある。でも、ちゃんと受け止めようと思った。


「ありがとう。……でも、やっぱり進学はしたい。まだ決まってないけど、やりたいこと、探したいから」


「そう。なら、応援するよ。体だけは気をつけてね」


「うん」


こたつの中で、母と並んでテレビを見る時間が少しだけ心地よかった。


部屋に戻ると、ふと思い出して、机の引き出しから進路資料を取り出した。大学案内のパンフレットをぱらぱらとめくっているうちに、「自分って、何が好きだったっけ」と呟いていた。


中学の頃は、本を読むのが好きで、よく図書室に入り浸ってたな。文学部、って響きに憧れたこともあった。けど、今は何となく「将来の役に立つか」で物事を考えてしまっている気がする。


そんなとき、スマホが震えた。画面を見ると、斉藤からのメッセージ。


「さっきはごめんね、急に聞いちゃって。でも、なんかあったらマジで言って。愚痴でも全然いいから」


指が止まる。画面を見つめたまま、返事を書くのに少し時間がかかったけど、ようやく打った。


「ありがとう。正直、ちょっといろいろ重なってて。でも、話せて少し楽になった」


送信ボタンを押した瞬間、涙がひと粒だけ、頬をつたった。


そのまま布団に入ろうとしたけど、なんだか心が落ち着かなくて、また机に戻って鉛筆を手に取った。ふと、白紙のノートに「私の未来」と書いて、じっと見つめる。でも、次の言葉が出てこない。


だけど、少しだけでも書いてみようと思って、「誰かの役に立てることがしたい」と書いた。


“誰か”って誰だろう。母? 弟? 友達? 自分? はっきりしないけど、その一文が、心の中で少しだけ火を灯してくれた気がした。


明日はいよいよ模試の日。緊張はしてるけど、それ以上に「今、自分にできることをやる」って思えるようになった。焦らなくてもいい。だけど、立ち止まらない。そんなふうに思えた夜だった。


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