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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
21/122

4月21日(月曜日)

「え? 今日、俺?」  


職員室前で担任の今井先生に呼び止められて、俺、川崎 蓮は思わず変な声出した。だって、月曜の朝イチで進路相談って聞いてねーし。まだ週のはじまりだぞ? もっとこう、心の準備とか……そういうのあるだろ普通。  


「お前、金曜に相談用紙出してないだろ。空いてる枠で今日入れておいたから」  


「いやいや、それ急すぎじゃね?」  


「今週で全員終わらせるんだから当然だろ。ほら、5分だけでいいから。逃げんなよ」


「……チッ、やれやれだぜ」  


って、つぶやいたのが聞こえたらしくて、今井先生がちょっとだけ笑ってた。なんだよ、人の困ってる顔見て楽しんでるタイプか? まあ、そういう大人の軽口も、嫌いじゃないけどさ。  


廊下を歩きながら、スマホをいじってグループチャットを確認する。軽音部のメンバーから、「文化祭に向けてオリジナル曲を本格始動しよう」って流れになってて、思わず既読スルーしかけたけど、昨日投稿された北川の短編小説も、地味に気になってた。こないだ古書店で会ったって噂の大学生がモデルなんじゃね? みたいなコメントが流れてて、正直ちょっとだけ羨ましい気持ちになった。俺には、そんな「話題にされる恋」なんて今んとこ、ないし。


登校してからの1時間目は現代文だったけど、正直ほとんど頭に入ってなかった。教科書を開いたまま、ページがずっと進まず、気づけば先生に名前を呼ばれていた。


「川崎、今の部分、朗読して」


「あっ……すみません、ちょっとページ……」


後ろの席からクスクス笑いが起きる。別にいじられてるわけでもないけど、目立ちたくないときに限ってこうなる。俺は苦笑いしながら、なんとかその場をしのいだ。


金曜の放課後、清水に言われた言葉がふとよみがえる。


「蓮、お前ってさ、進路どうするの?」


「音楽しかやる気ない」って、ムキになって答えたのは自分だけど、あれってほんとの本音だったんだろうか。


――職員室。


進路面談用の小さな机に向かい合って、今井先生は俺の提出してない用紙をスッと出してきた。しかも目の前で、無言で置いてくるスタイル。


「で? どうすんの、蓮」  


「えー、いやー、そのー、バンド活動は継続予定でー……」  


「ふざけんなって。真面目に言えよ」  


「いやいや、マジで。俺、音楽しかマジになれないんすよ。普通に受験とか向いてないし」  


「向いてない、ね……それ、お前が勝手に決めたことだよな」


「……」  


その言い方、マジでずるい。まるで俺の中にある“逃げ”を、言葉にして突きつけられたみたいだった。  


「例えばさ、仮に“音楽やってく”って決めたとする。でも、そのために“やらなきゃいけないこと”から逃げてるんだったら、話は別だぞ」


「逃げてるわけじゃないし」


「ほんとか?」


「……うっせ」  


知らない間に、手が机の下でグーになってた。バレないように膝の上で握りしめる。  


「文化祭、ステージやる気あるんだろ?」


「……まあ、一応」  


「“一応”で済ませるなよ。お前の音楽、本気で聴きたいと思ってるやつ、ちゃんといるぞ」  


その言葉が、頭の奥の方で響いた。俺たちの曲、そこまで届いてんのかよ。


「……じゃあさ、俺が“音楽で生きる”って決めたら、先生は応援してくれんの?」


「本気で向き合うならな。逃げずにやるなら、俺は全力で味方する」  


……ああ、なんかもう、そういう言い方ずりーって。  


「じゃあ……とりあえず、専門学校のパンフとかもらえます?」  


「お、ようやく前向きな言葉出たな。進歩、進歩」  


今井先生はそう言って、引き出しから数冊の資料を手渡してくれた。進路面談って、説教されて終わるだけだと思ってたけど、意外とアリだったかも。


職員室を出たあと、なんとなく屋上へ向かった。校舎裏の階段をのぼって鍵を押したら、たまたま開いてて。静かすぎる屋上、ちょっとだけ吸い込まれそうな感覚。風が強くて、制服の裾がバタバタ揺れてた。


「ふぅ……」


フェンス越しに見下ろすグラウンドには、サッカー部が練習してて、知り合いが手を振ってくる。俺も軽く手をあげて返したけど、なんか今は「音」じゃない静けさが欲しかった。


「俺もさ、ちゃんと向き合わなきゃなのかもな……」


そうつぶやいた声も、風が全部持ってった。


午後の授業は正直、まったく頭に入らなかった。窓の外ばっか見てて、隣の席の清水に「おい、なんかあった?」って小声で突っ込まれる始末。


「別に。ただ……進路、考え中」


「お、やっとか。遅いわ」


「だよな」


苦笑いしながら、机の下で専門学校のパンフを開く。音楽系のページをめくっていくと、「卒業生インタビュー」とか「在校生の1日」なんて項目があって、ちょっとだけ本気で読んでしまってる自分に気づく。思わず赤ペンで気になるワードに丸つけてた自分に、ちょっとだけ驚いた。


放課後、教室を出たあともそのまま軽音部の部室に向かった。すでに仲間が何人かいて、ベースの真司が「お、やる気モードか?」とニヤニヤしてきた。


「文化祭、出るからさ。曲、マジで仕上げたい」


「よっしゃ! そうこなくちゃ」


真司の言葉に、ドラムの律子も「新曲、昨日のデモよかったよ」とぽつり。律子って無口だけど、こういうときの一言が意外と効くんだよな。


そのまま2時間ぶっ通しで練習。汗かいて、声出して、なんか久々に“全部使ってる”感じがした。ギターが手に馴染んで、音の重なりが心地よくて。ああ、やっぱ音楽がないと俺はだめだなって実感する。


練習後、屋上でひと息ついてから、帰り道にコンビニ寄ってアイスコーヒー買った。ベンチに座って、スマホを開いて、グループチャットに一言だけ打った。


「進路、まだ真っ白だけど、今日ちょっとだけ見えた気がする」


すぐに返ってきたのは、北川からの「言葉って、ふとした瞬間に形になるよね」ってメッセージ。


あいつ、やっぱスゲーな。そういうセリフを、さらっと言えるのって才能だよな。


空を見上げると、春の雲がやたら流れてた。なんか、俺の中でも何かがちょっとずつ流れてく気がした。  


「……なんとかなる、じゃなくて。なんとかする。か」  


その一歩を踏み出せた気がした、月曜日の午後だった。

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