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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
20/122

4月20日(日曜日)

「……やば、やっちゃった……」


日曜の朝。というかもう昼前。私、北川詩織は、自室の机の上でノートパソコンを見下ろしながら、顔から火が出そうなくらい赤面していた。


昨夜、寝る前に書いていた小説の原稿。文芸部の部誌に載せる予定の短編で、締切はまだ先なんだけど、思い立ったら止まらなくて、勢いのまま一気に書き上げたのが23時すぎ。で、今朝になって改めて読み返してみたら――


「……完全に、私の話じゃん……」


自分でもびっくりするくらい、主人公の心情がまるっと自分と重なってた。古書店で偶然出会った大学生とのやりとり、将来への不安、誰にも言えない“好き”の気持ち……。


「こんなん、誰かに読まれたら即バレじゃん……バカか私……」


顔を覆ってごろりとベッドに倒れ込む。しかも最悪なことに、昨夜のテンションで文芸部のグループチャットに「新作、一応書けたので読んでもらえると嬉しいです!」なんて投げちゃってる。既読マークが4人分くらいついてるのが、もう……怖い。


「……気づいてないよね? ってか気づかないで……」


まさかと思って、スマホを開いてみると――案の定、コメントが来てた。


「読んだよ。なんかすごく“リアル”で、ドキッとした。これ、詩織の実体験だったりして?笑」


「……ぎゃーーー!!」


ベッドの中でバタバタ足を動かしながら、枕を抱きしめて叫ぶ。これ、冗談っぽく書いてるけど、完全に図星ついてるやつじゃん! どう返せばいいのか分かんない……。


「……っていうか、そもそもあの人のこと、好きとかじゃないし。たぶん。いや、ちょっと気になるくらい……いや、違うし!」


誰に言い訳してるんだ私……。


その“あの人”ってのは、先週の日曜日、ふくろう書房って古書店で出会った大学生。『銀の匙』の話をきっかけに、ほんの15分くらいしか話してないのに、なぜか強烈に記憶に残ってる。


「また会えるかな……とか、思っちゃったんだよね」


でもそんなの、都合のいい物語みたいなもので、現実にはなかなか起こらないって分かってる。それでも、書きかけの小説に“自分の気持ち”を無意識に乗せてたことが、今になって恥ずかしさを引き起こしてるんだと思う。


「落ち着け、落ち着け私……」


スマホを見つめながら深呼吸して、やっとのことで返信を打ち込む。


「うわ、読んでくれたんだ!ありがとう。実体験ってほどじゃないけど、ちょっと考えてたことが反映されちゃったかもです……照」


送信した直後に、「ああああ、なんで“照”とかつけたんだよバカー!」と再びベッドでジタバタ。いやもう、今日は情緒がジェットコースター。 


その後、文芸部の後輩からも「先輩の新作、好きです!」「静かな感情が沁みます……」みたいなコメントがぽつぽつ届いて、ちょっとだけ救われる。


「……まあ、誰にも見せなかったら、届かなかった言葉だったしな」


ちょっとの勇気で、世界は少しだけ動く――って、大げさだけど、そんな気がした。


午後は、気分を落ち着かせるためにふくろう書房まで散歩がてら出かけてみた。もしかしたら……なんて期待もちょっとだけ込めて。


「……って、いるわけないよね。ふふっ」


だけど、静かな古書店の空気と、本のページをめくる音が心地よくて、それだけで充分癒された気がした。


店内には他にも数人の客がいて、みんなそれぞれの時間を過ごしていた。常連らしきおじさんが店主と談笑していたり、小学生くらいの子が親と絵本を選んでいたり。こういう光景に混じっていると、自分もどこか、誰かの“物語の一部”になってるような気がしてくる。


ふと目に入った古びた詩集を手に取ると、ページの端に鉛筆で小さく書き込みがされていた。“この詩のラスト、なんか泣きそうになった。”――たった一言なのに、ものすごく胸に残った。


少しして、文芸部の後輩の香月から偶然声をかけられた。


「北川先輩? あ、やっぱり」

「えっ、香月? こんなとこで何してんの?」

「家近いんで、たまに来るんです。小説のネタ探しに」


思わず笑ってしまった。


「まさか後輩にまで読まれてるとは思わなかったよ……」


香月は、少し照れたように笑ってから言った。


「今日の小説、あれ、すごくよかったです。“言葉にしなきゃ伝わらない”って……なんか、すごく刺さりました」


その一言に、胸がじわっと熱くなった。


「ありがとう。なんか……がんばろうって思える」


「私も、もっと書いてみようかなって思えました」


別れ際、香月が「また、いろいろ教えてくださいね」と言ってくれたのも、嬉しかった。こんなふうに、自分の書いたものが誰かに何かを伝えてるんだって実感できたのは、すごく貴重な体験だった。


帰り道、ふと見上げた空は、春のわりにやたらと澄んでいて、青さが目に沁みた。通学路とちがって人通りが少ないから、いろいろと考え事をするにはちょうどよかった。


「進路……かあ……」


何度つぶやいたか分からない言葉。でも、まだ答えは出てない。それでも、何かを感じた今日みたいな日を、ちゃんと自分の“素材”にしていけたらいい。


帰宅後、パソコンを開いて新しいファイルを作った。まだ何も書けてないけど、なんか、書きたくなった。


「よし、今度は“誰かのこと”じゃなくて、“私の未来”を描こう」


その未来にはまだ、進路のことも不安だらけで、文芸部のことも、あの人のことも、なにもかもが曖昧で。でも、それでも――書くことで、私は私に向き合える気がする。


夕飯の後、リビングに戻ったら母が録画してたドラマを観ていて、つい一緒に見てしまった。主人公が将来の夢に迷ってるシーンで、母がぽつりとつぶやいた。


「夢って、いつ決まるんだろうね」


「……決まってからじゃなくて、動き出してから、決まるのかもね」


我ながらいいこと言ったかも、とか思いながらも、そのセリフがどこか自分にも刺さった。


ドラマが終わったあと、母と台所で少しだけ話した。


「詩織は、将来どうしたいの?」


「うーん、まだちゃんとは決まってないけど……書くことは、ずっと続けたいかな」


「そっか。だったら、焦らずに。いろんなものを見て、たくさん書いて、自分のリズムで進めばいいよ」


「……うん、ありがとう」


こうして面と向かって話す時間って、思ってたより大事だなって思った。


明日からまた、学校が始まる。進路相談も本格的になる。周りがどんどん“次のステージ”に進もうとしている中で、私はまだ、何も決められていない。


でも、書いてる間だけは、ちゃんと自分を保てる気がする。書くって、すごい。


そう思えただけでも、今日はいい一日だった。


……なんてこと、ちょっとカッコつけすぎかな。


だけど、ベッドの中で眠りにつく直前、私は小さく呟いた。


「……また、会えたらいいな」  


そんな自分に、ちょっとだけ笑った日曜日だった。

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