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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
18/122

4月18日(金曜日)

「はぁ、一週間早いなぁ……」


朝7時半。私、相馬 美月は、靴箱で上履きに履き替えながら、小さくつぶやく。先週までは始業式やら入学式やらで慌ただしかったけど、何だか一気に日常が訪れた気がする。私は転校生としてこの青嵐高校に来てからまだ半月ほど。もうクラスのみんなともだいぶ慣れたけれど、何となく“よそ者”っぽい感覚がまだ残ってる。


昇降口から廊下に出ると、同じクラスの山田と中村が楽しそうに話しながら歩いていた。どうやら野球部の話題らしく、週末の練習試合だとか、部活動のメンバーのことだとかで盛り上がっている。二人とも入学時からの幼なじみらしく、その息の合ったやりとりが微笑ましい。


「おはよう!」と一応声をかけると、中村が「あ、美月、おはよー!」と手を振ってくれて、山田も「転校生ちゃん、今週もう慣れた?」と冗談まじりに返してくる。転校から2週間以上経つし、そんなに新鮮感もないんだけど、こうやって気軽に話しかけてもらえるのはありがたい。


「うん、おかげさまでクラスの雰囲気にも慣れてきたよ。ありがとうね」  

「そっかそっか。何かあったら遠慮なく言ってよ。俺ら暇なときは相談乗るからさ」  

「うん。ほんと助かるよ」


軽く笑い合って別れ、私は教室へ。席についてからまだ数分しか経っていないのに、クラスメイトの何人かはすでに目をキラキラさせて喋っている。井上や根岸なんかは週末のカフェ巡りを計画していたり、運動部組の江口や朝倉は部活の大会予定で忙しそうだし。私はというと……いまだに引っ越してきたばかりの土地感もなくて、土日どうやって過ごそうか悩む日が多い。


HRが始まり、担任の今井先生が「明日は模試だ、準備は大丈夫か?」と声をかける。土曜に模試があるから、クラスの進学希望組はちょっとピリッとした空気を漂わせている。


1時間目は英語。転校してきたばかりだから授業内容が微妙に前の学校と違って焦る部分もある。教科書の進度が合わないのは覚悟していたけれど、ここ最近は単語レベルや文法が結構高度で、追いつくのに苦労している。先生が指名して発表させるとき、少し冷や汗をかく瞬間があって、転校生という立場上「できない子と思われたくない」って気持ちも働くから余計にドキドキする。


何とか無難に2時間目までをこなし、休み時間に机でため息をついていると、隣の席の上原さんが「大丈夫?」とさりげなく声をかけてきた。彼女は保健委員で優しい性格。転入初日に一番に話しかけてくれたのも上原さんだったっけ。


「うん、まあ、ちょっとついていくのが大変で……。英語、難しいところ多いね」  

「そっか…もし良かったらノート貸そうか? 1、2年の内容もちょっと補習してるから、わかりづらいときは参考になるかも」  

「え、ほんと? 助かる。ありがとう!」  


転校生あるあるで何かと大変だけど、こうやって手を差し伸べてくれるクラスメイトがいて本当に救われる。私も転校してきた当初の不安から徐々に解放されている気がする。週末の模試も、正直厳しいと思うけど出てみようかなと思い始めた。苦手なところがはっきりして、それから対策を練ればいいもんね……と自分を励ます。


昼休みになると、数人から「美月、今日は学食行かない?」と声をかけられる。いつもなら静かな場所でお弁当を食べるんだけど、たまには大勢で学食に行くのもいいか、と思い、井上や根岸、そして小林あたりと一緒に向かう。女子4人でテーブルを陣取り、オムライスやカレーなど好きなメニューを頼んでワイワイやる。このクラスに来てよかったと思える瞬間かもしれない。


「美月って、大阪からの転校なんだっけ? 最初は方言とか出てなかったの?」  

井上が興味津々に聞いてくるので、「最初はちょっと出てたけど、何となく標準語に慣れてきちゃったかも」と苦笑いで返す。根岸が「それ聞きたかったのに~」と悔しがるのがおかしい。小林も「まあ、時々イントネーション違うよね。でもそれが可愛い」と笑い合う。軽口が飛び交う中、私も知らず知らず笑顔をこぼしている。


午後は世界史と数学の授業。世界史の先生が当てる範囲はまだ私には馴染みが薄いが、上原さんのノートを見せてもらう前提で「あとで復習しよう」と適当にメモを取る。数学はわりと得意なので、何とかついていける。先生が「土曜の模試でこの範囲も出るかもしれない」と言うたびにクラス中が「うわー」と小声で騒ぐのを見て、私もちょっと身が引き締まる。


放課後になると、部活組は一斉に教室を出ていく。私も前の学校では合唱部に入ってたけど、こっちではまだ入部届を出していない。ちょっと顔を出してみてもいいかなとは思いつつ、踏み切れないままだ。新学期の混乱が落ち着いたら見学に行こうと思うものの、なんだかモヤモヤ。  

「じゃ、私はバレー部の朝倉と練習あるから先行くわ」と井上が楽しそうに出ていき、根岸は「私は放送委員の打ち合わせ~」とバタバタ廊下へ。小林はバイトへ向かうらしく、帰り支度をしている。私は、うーん、することもないし家に帰っても宿題くらいか。せっかくの放課後、ちょっと寂しいなと思いながら黙々と教科書をまとめ始めたところで、上原さんが「美月、今日一緒に帰ろうか?」と声をかけてくれる。


「あ、いいよ。ありがと。でも保健委員の仕事とかあるんじゃない?」  

「うん、ちょっとだけ。すぐ終わると思うし、待ってくれる?」  

「うん、待つ待つ。そしたら帰り道、ちょっとコンビニ寄ろうかな。いいかな?」  

「うん、私も寄りたいからちょうどいいや」


そんなわけで上原さんと二人、昇降口で落ち合って校門を出る。さっき学食で聞かれた話の続きや、最近の授業の難しさなんかを軽く談笑しながら、歩道を歩いていく。大阪のほうが電車や町がにぎやかだった気がするけど、ここもほどよく都会で便利だし、自然も多いから暮らしやすいかもしれない。  

「美月、模試どうするの?」  

急に上原さんが切り込んできたので、私は「え、……受けるつもり」と答える。上原さんは「そっか、一緒に受けるなら心強いかも。私も心配だけど、経験しておくのはいいよね」と柔らかく頷く。うん、私もそう思う。転校前の勉強内容とこちらのカリキュラムが違うから不安はあるけど、気負わずに挑戦するって大事かも。


コンビニに寄って少し雑誌を立ち読みし、軽くお菓子を買う。外に出ると、夕方の光が傾き始めていた。空は薄オレンジ色で風が少し冷たく、春の日が少しずつ長くなっていることを感じさせる。  

「そろそろ慣れた?」  

上原さんがポツリと聞いてきたので、私は「うん、何だかんだでこのクラスの人たち優しいし。でもまだ完璧に全員の名前覚えてないかも」と苦笑いすると、「それは元からいる私だって怪しいから大丈夫」と笑い合う。こういう和やかなやりとりをしていると、転校生の寂しさや不安も徐々に消えていく気がする。


「お互い忙しいだろうけど、また気が向いたら一緒に帰ろうね」と上原さんは軽く手を振る。私は「うん、ありがとう、本当に助かる」と正直に言って別れ道へ。  

家に着くまでの道々、ふと大阪での友人たちのことを思い出すけど、もうだいぶこちらの生活に馴染んできたんじゃないかと思う。周りが部活やバイトで忙しくても、こうしてクラスの誰かと会話できたり、模試を頑張ろうって気になれたり……少しずつ前に進んでいる証拠だ。


いつかきっと、この青嵐高校の仲間と「転校してきてよかったよね」と笑い合える日が来るだろう。週末の模試は結果がどうなるか分からないけど、新学期が始まって最初の試練として受け止めてみよう。そう自分に言い聞かせながら、コンビニで買った新作のお菓子を一口かじる。甘い味が口に広がり、ふっと安堵感に包まれた。家に着いたらスマホで前の友達に近況報告しようかな。  

そんな軽い期待を抱きつつ、私は薄暗くなりかけた町を一歩ずつ踏みしめ、今日の高校生活を振り返るのだった。悩みはいろいろあるけど、新しい土地でもこうして居場所を見つけられそうなのだから。わずかな春風の残り香が、心をそっと前向きにしてくれる気がした。

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