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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
11/122

4月11日(金曜日)

「……本を返しに行かなきゃ」


朝、私、北川 詩織が、目が覚めて最初に思ったのは図書館で借りていた小説の返却期限。昨日までの授業と行事準備でバタバタしていたせいで、すっかり忘れていた。何とか今朝のうちに忘れず持っていかないと、返却ポストに入れられないまま週末が来てしまう。  

慌ててベッドを出て、机の上や本棚を探す。青嵐高校の図書室で借りた薄い文庫本が2冊。読みかけの作品はカバーが少し折れていて、その隙間に付箋がちらほら挟んである。文芸部の編集作業や、他の読みたい本が溜まっているせいで、あまりじっくり楽しめなかったな――そう思いながら、カバンの中にそっと収めた。


「よし、準備オッケー」


制服のリボンをきちんと結び、玄関でスニーカーの紐をチェックする。3年生になって最初の金曜日。4月もまだ始まったばかりだというのに、行事と授業が立て込んであっという間に1週間が過ぎようとしている。今日が終われば、また週末に突入だけど、文芸部としては新入生勧誘のフォローもあるし、やることが尽きないな……。


家を出ると、朝の冷たい風が頬をかすめる。手のひらで髪を押さえながら急ぎ足で駅へ向かう途中、スマホを取り出して時間を確認する。まだ7時半前だから余裕はあるけれど、図書室に立ち寄りたいこともあり、できるだけ早めに学校へ着いておきたい。そう思うと自然と歩く速度が上がり、胸の中にはちょっとした焦りのようなものが浮かんでくる。遅刻したいわけじゃないし、誰かに怒られるわけじゃないけど、急がなきゃ落ち着かない――自分でも不思議だけど、昔からそういう性分だ。


青嵐高校に到着して昇降口で靴を履き替えると、同じクラスの石川が珍しく早めに来ていたのか、少し離れたところを歩いているのを見かけた。彼は美術部の部長で、教室でもよく絵を描いている印象がある。周囲にはあまり馴染まないタイプだけど、私は同じ“ものづくり系”というか表現系に携わる者として、ちょっとだけ親近感を抱いている。  

声をかけようか少し迷ったが、彼は音楽を聴いているらしくイヤホンをして俯き加減で歩いていく。無理に話しかけても悪いかなと思い、そのまま気づかれぬようにスルーした。


カバンを抱えて図書室へ向かう廊下は、新年度ということもあって新入生の姿をチラホラ見かける。どの子もどこか緊張していて、2年前の自分を思い出してくすりと笑ってしまう。図書室の扉を開けると、まだ早い時間だからか利用者はほとんどおらず、司書の佐野さんが整理作業をしていた。


「あら、北川さん。おはようございます」  

「おはようございます。借りていた本、返却します」  

「はい、どうもありがとう。今日は早いのね」


佐野さんに本を渡し、返却処理をしてもらう。ついでに「この続きの巻ってどこにありますか?」と尋ねると、「あ、たしか文庫コーナーの奥に並んでたはず」と教えてくれた。ちょっとだけ探してみようかとも思ったが、朝のホームルームには遅れたくない。後で時間があれば昼休みか放課後にまた来よう。


教室に行くと、すでに何人かクラスメイトが席についていた。新しいクラスで席替えがまだ固定されていないので、朝は少し混乱する感じだけど、今井担任が「来週には改めて座席決めをする」と言っていた。私は今は窓から2列目くらいの席に座ってノートを出す。しばらくしてから、井上や小林など華やかなグループが入ってきて「おはよー」と声をかけてくれた。返事をするだけで頬が少し温かくなる。  

クラスのあちこちで「昨日の小テストどうだった?」とか「部活紹介の新入生が見学に来た!」なんて話題が飛び交い、賑やかだけど温かい雰囲気だ。ぼそぼそとだけど、私も井上たちの会話に時々参加してみる。彼女たちは恋バナや流行のSNSネタが中心で、正直私には大きくは分からない世界。でも、昨日の夜に音楽番組で紹介された新曲を私も聴いていたから、その話なら少し乗れるかもしれない。


やがて今井先生が来てホームルームが始まる。週末にかけての予定や行事の確認があるが、3年生としてはまだ大きな行事はない。先生が黒板に書きながら「来週には中間考査日程の詳細が出るぞ」と言うと、クラスが少しざわめいた。もうテストか…と私も内心で息をのむけれど、まだ先の話だから落ち着こうと自分に言い聞かせる。


1時間目は古典、2時間目は数学。苦手な数字が並ぶ時間帯にうんざりしかけるが、ノートに例題を書き込んだり、少しでも集中を切らさないように努力する。正直、文芸部としては文字表現や文学作品のほうが好きだけど、受験科目としては数学を捨てられない。そこがもどかしいところだ。  

途中、前の席の杉本が「ここ、どうやって解くの?」とノートをちらっと見せてきたので、囁くように簡単に公式を伝える。彼女はいつもおとなしく控えめだけど、こうやって少しずつ助け合うのもクラスの醍醐味だよなと思う。


3時間目、世界史の授業が終わって休み時間になると、文芸部の後輩が廊下で私を呼んでいるのが見えた。「北川先輩、ちょっと来てください!」と何やら焦った様子。なんでも新入生が文芸部の見学を希望してるけど顧問の先生が今日不在で、対応に困っているらしい。  

私は「わかった、すぐ行く」と席を立ち、教室を抜ける。廊下に出ると2年の文芸部員が「何人かで部室を見てみたいって子が来てるんですけど…」と説明してくれて、一緒に部室へ向かうことにした。急ぎ足で階段を降りながら、「もしかして新入生がもう興味を持ってくれたの?」とワクワクする。毎年、文芸部は華々しさはないけれど、小説や詩を書くのが好きな子たちが少しずつ集まってくれる感じがある。私も2年前、先輩が優しく案内してくれて入部を決意した記憶が鮮明だ。


部室のドアを開けると、中には制服姿の女子が一人立っていて、「あっ、すみません」と少し緊張した笑顔を向けてきた。  

「文芸部見学したいって聞いたけど、ようこそ。3年の北川詩織です。あなたは…1年生?」  

「はい、昨日クラスに配られた部活一覧を見て、ここを覗いてみたいなって思って…小説を書くのが好きで」  

「そうなんだ! まさに大歓迎だよ。私たちの部は自由に書いたり読んだりするスタイルで、部誌を年に数回発行してるんだ。興味があればぜひ一緒に創作してみない?」  

「はいっ、楽しそうです!」


初々しい新入生の声に、私もなんだか嬉しくなり、自然と笑顔がこぼれる。大げさかもしれないけど、自分が大切にしてきた文芸部という居場所に、また新たな仲間が加わるかもしれないと思うとワクワクする。高校生活の終盤に差しかかっているけど、こういう瞬間にまだまだドラマがあるんだなって実感する。  

後輩や新入生と簡単に部の活動説明をして、「次回は顧問の先生もいるから、放課後に来てみて」と連絡先を交換した。その子は少し恥ずかしそうに「ありがとうございます」とお辞儀して出て行った。私も後輩と顔を見合わせて「やったね」と微笑み合う。文芸部は地味に見られがちだけど、好きなものが同じ仲間と出会える喜びは大きい。


休み時間もあとわずか。急いで教室に戻ると、ちょうどチャイムが鳴ったところでギリギリセーフ。今井先生が「おや、北川、ギリギリじゃないか」と笑ってるけど、「すみません、ちょっと部活見学の対応で…」と慌てて席に滑り込む。  

隣の席の川崎が「何してたの?」と軽く突っついてきたので、「文芸部の見学者が来ててね」と小声で説明すると、「へぇ~、意外と人気なんじゃん」と興味なさそうな口調で言われて笑ってしまう。そう、たぶん川崎には「部活=ギターやバンド」みたいなイメージなんだろう。でも、私にとっては十分誇らしい出来事だ。


午後の授業までスムーズにこなし、放課後。私としては部活見学の子ともう一度顔を合わせたい気もするが、今日は顧問が所用で不在なので活動なし。教室でノートを整理していると、井上が「北川、よかったら一緒に帰らない? 途中まで同じ方向だし」と声をかけてくれた。いつもなら「ごめん、図書室寄るから」と断ることが多いけど、今日は図書室にも寄る予定はないし、文芸部も休みだし、たまにはいいかなと思って素直に頷く。


実際、一緒に歩いてみると井上と私では話題がズレがちだけど、それでも「昼の数学は難しかったね」とか「新入生、なんか可愛い子多くない?」なんて当たり障りのない話で笑い合える。意外とこういう雑談時間が貴重かもしれないと感じる。  

校門を出たあたりで、後ろから千葉が「バイバイ」と手を振ってきた。彼女も何だか今日は少し柔らかい表情をしている気がする。3年になって新しいクラスができあがりつつあって、人間関係もゆっくり変化しているのかもしれない。


「じゃあ、また明日ね」と井上に別れを告げて、自分の家へ続く道へ足を向ける。春の風がかすかに吹き、ほんのり暖かい空気を背中に感じる。ふと頭に浮かぶのは、文芸部に興味を持ってくれた新入生の笑顔や、クラスで交わすちょっとした会話の心地よさだ。静かに本を読んだり小説を書くのが好きな私だけど、こうして人と繋がる時間も悪くない。  

「自分の世界と、みんなと共有できる世界。両方大事にしたいな……」


家路を急ぎながら、小さく呟いてみる。まだまだ慌ただしい日々が続くし、3年生の後半には受験や部の引退が待っている。だけど、やりたいことも守りたいものも、しっかり抱えたまま一日一日を乗り越えていきたい――それが、今の私の正直な気持ちだ。  

空を見上げると、夕方の淡い光が校舎のほうを優しく照らしていた。大きく息を吸い、胸を張って歩く。明日になればまた違う出来事が待っているかもしれない。でも私はきっと、そのときも自分なりの言葉や物語を紡いでいく。新年度の始まりは、私にとって新しい息吹が芽生える季節でもあるのだから。

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