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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
7月:「暑さとともに募る想い」
108/122

7月17日(木曜日)

じりじりと肌を焼くような太陽が昇り、青嵐高校の校庭では朝から蝉がけたたましく鳴いていた。今日は一学期の終業式。教室の窓は全開にされ、生ぬるい風が教科書のページを気だるそうにめくっていく。

「うわ、通知表マジで見たくねえ…」

「夏休み、何する?バイト三昧っしょ!」

「つーか、宿題の量エグくない?」

教室のあちこちで、そんな声が飛び交う。期末考査という大きな山を越え、生徒たちの心はすっかり夏休みに向かっていた。どこか緩みきった、それでいて落ち着かない独特の空気が、3年5組の教室を支配していた。

私、朝倉春奈は、窓際の一番後ろの席で、ぼんやりとグラウンドを眺めていた。もう自分のいないバレー部が、新チームで練習をしている。少しだけ胸がチクリと痛んだが、「私も、前に進まなきゃ」と小さく息をついた。隣の席の江口健介も、同じようにグラウンドを見つめている。先日の壮行会で力強い決意表明をした彼の背中は、少しだけ大きく見えた気がした。

一方、教室の前方では、青山大輝が一人、静かに参考書を開いていた。周りの喧騒などまるで意に介さないように、彼の周りだけ時間が止まっているかのようだ。期末考査の成績はまたしても学年トップ。だが、彼の表情は少しも晴れない。完璧な結果でなければ意味がない、という強迫観念が、彼を孤独にしていた。岡田真由も、自分の席で静かに俯いている。彼女もまた、自分の進路と親の期待との間で、静かな戦いを続けていた。

そんな中、川崎蓮はスマホをいじりながら、イヤホンから漏れる音楽に体を揺らしている。「夏休みは毎日スタジオだな!」と隣の中村に宣言し、いつも通りの飄々とした態度を崩さない。だがその実、彼の心の中では、将来への焦りが黒い煙のように渦巻いていた。

やがてチャイムが鳴り、担任の今井先生が教室に入ってくる。

「はい、席に着け。これから終業式だ。体育館に移動するが、3年生らしく、静かに、迅速に行動するように」

体育館での終業式は、予想通りの退屈さだった。校長先生の長い訓示、生徒指導の先生からの「夏休みの過ごし方について」という毎年恒例の注意。蒸し暑い体育館の中で、生徒たちの意識はすでに別の場所へと飛んでいた。

教室に戻り、いよいよ通知表の返却が始まった。

「青山」

名前を呼ばれ、大輝が静かに立ち上がる。今井先生から手渡された通知表には、オール5に近い数字が並んでいた。だが、彼の表情は硬いままだった。

「岡田」

真由もまた、優秀な成績が記された紙を、どこか他人事のように受け取った。

「江口、朝倉。お前たちは部活はよく頑張った。だが、勉強もだぞ。夏が勝負だ」

先生の言葉に、二人は苦笑しながら頷く。

「川崎。……お前は、まず生活態度からだな」

クラス中がどっと笑う。蓮は「へいへい」と軽く頭を下げながらも、その笑顔の裏で、ぎゅっと唇を噛み締めていた。

一人ひとりに通知表が渡され、教室の空気は安堵と落胆、そして新たな決意が入り混じった複雑なものへと変わっていく。

最後のホームルーム。今井先生が教壇に立ち、クラス全体を見渡した。

「いいか、お前たち。夏休みは、ただの休みじゃない。3年生にとっては、自分の未来と向き合うための、大事な時間だ。遊ぶなとは言わん。だが、やるべきことはしっかりやれ。後悔だけはするなよ。……じゃあ、次に全員でこの教室に集まるのは9月だ。それまで、元気でな」

先生が教室を出ていくと、堰を切ったように、生徒たちの歓声が上がった。

「よっしゃー!夏休みだ!」

「海!花火!祭り!」

「補習だるいけど、頑張るしかねえな!」

誰もが、これから始まる40日間の自由な時間に胸を躍らせていた。その、最高潮に達した喧騒の中、ぽつりと、誰かが呟いた。

「……あと半年なんだね、このクラスも」

声の主は、いつもは物静かな北川詩織だった。

その一言で、教室の空気が、一瞬にして凍りついた。今まで浮かれて騒いでいた生徒たちが、ぴたりと動きを止め、互いの顔を見合わせる。

卒業。

誰もが心のどこかで意識していたけれど、あえて口には出してこなかったその言葉が、夏の光の中で、はっきりとした輪郭を持って立ち現れた。

あと半年。この教室で、この仲間たちと過ごせる時間。体育祭、文化祭、そして、受験。笑ったり、泣いたり、ぶつかったりした日々。そのすべてに、終わりが来る。

「……マジか。もう、そんな経つんだ」

江口が、誰に言うでもなく呟いた。朝倉は、何も言わずに窓の外を見つめている。その瞳には、一抹の寂しさが浮かんでいた。

青山は、参考書から顔を上げ、静かにクラスメイトたちを見渡している。岡田は、ぎゅっと唇を結んだまま、俯いていた。川崎は、イヤホンを外し、初めて真剣な眼差しで、教室の光景を目に焼き付けているようだった。

斉藤優希と清水悠人は、顔を見合わせ、小さく微笑んだ。彼らの間には、もう言葉は必要なかった。

「……まあ、とりあえず、夏休み楽しもうぜ!」

沈黙を破ったのは、中村だった。その明るい声に、教室は再びざわめきを取り戻す。でも、さっきまでの、ただ浮かれただけの騒がしさとは、少しだけ温度が違っていた。

終わりを意識したからこそ、今この瞬間が、かけがえのないものだと、誰もが感じていた。

青嵐高校3年5組、35人。それぞれの想いを胸に、それぞれの夏が、今、始まろうとしていた。それは、高校生活最後の、そして、未来へ向かうための、特別な夏。入道雲が湧き上がる青い空の下、彼らの時計の針は、確かに未来へと進み始めていた。


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