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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
10/122

4月10日(木曜日)

「もう少し完璧にできなかったの?」


朝7時。私、千葉 真央は、鏡の前で髪を整えながら、つい自分に問いかけてしまう。昨日のテスト形式の課題プリントで、あと1点取りこぼしただけなのに、夜になっても気持ちがモヤモヤして眠れなかった。  

本当は「自分なりによく頑張ったじゃない」と認めてあげるべきなんだろう。だけど私の家では昔から、満点を取って当たり前、1点でも落とせば「次は満点を狙いなさい」と言われて育ってきた。特に父は大手商社勤務で管理職、完璧主義な性格もあって、私の成績にはとても厳しい。そんな環境でずっと頑張ってきたから、もうそれが当たり前になってる。  

けれど、こんな自分にも少し息苦しさを感じることがある。3年生になった今、それはますます強くなっている気がする。


「行ってきます」


家を出ると、朝の肌寒さの中に春の香りが漂っていた。桜の花びらはすでに多く散ってしまったけど、道端に少しだけ残る薄紅色が、なんとなく心を和ませる。だけど和んだところで、頭の中では「今日は完璧に乗り切るぞ」という言葉がリフレインしていて、結局落ち着かないままだ。  

青嵐高校に着くと、3年のクラスはまだ誰もいないわけではないが、朝早い時間なので人影はまばら。昇降口で靴を履き替えながら周囲を見回すと、「あ、千葉、おはよー」と声をかけてきたのは朝倉だった。バレー部の主将で明るい性格。クラスは隣だが、2年のとき合同行事で顔を合わせる機会が多く、そこそこ言葉を交わした仲だ。


「おはよう、朝倉さん。早いね」  

「うん、朝練の前に教室で少し準備しようと思って。千葉は?」  

「私はちょっと自習しようかなって。授業始まるまでに課題プリントを見直したくて…」  

「そっか、さすがだね。お互い3年生だし、頑張ろう!」


朝倉が笑顔で手を振って去っていく。彼女のようなスポーツ系の子は、いつも前向きでキラキラしていて、ちょっと羨ましい。私は「もう少し気楽にしてもいいのに」と自分で思いながらも、なかなかそうはできない。


教室に入り自分の席につくと、案の定まだ数人しかいない。窓際に朝の日差しが差し込んでいて、ふわりと暖かい。昨日の部活紹介の喧騒が嘘みたいに静かな朝の教室。私はカバンからノートとプリントを取り出して、一人黙々と昨日の復習を始めた。  

しかし、机に向かっていると、頭の中で「どうせ父や母に誉めてもらえる点数じゃなかった」とか「クラスメイトの中でももっと高得点の人がいるかも」とか、余計な考えがぐるぐる回り始めてしまう。別に誰かに成績で負けたくないわけじゃないけど、常にトップであることを要求されてきたせいで、負けを認められないというか、心のどこかにピリピリしたものが張りついてる感じだ。


そんなふうに悶々としていたら、後ろから「おはよう、千葉」と声がした。振り向くと、3年5組で席が近い岡田が立っている。彼女も学年トップクラスの成績を持つ優等生タイプだ。ここ最近、何かと「岡田と千葉はライバルっぽいよね」と周囲から揶揄されることがあるけど、私はそれを聞くたび変な競争心が疼いてしまう。


「おはよう、岡田さん。今日も早いね」  

「うん、ちょっとノート整理したくて。あの……昨日の課題、難しくなかった?」  

「まぁ、普通に解けたけど…1問だけミスした。あれ、ちょっと落ち込む」  

「そうなんだ。私も1か所だけ間違いがあって、悔しくて夜中まで見直ししてたの」


岡田は目を伏せて苦笑いしている。彼女もまた厳しい両親の下で育ったらしく、ずっとトップクラスを維持してると聞いた。言葉の端々に共感する部分があるけど、「お互い苦労するよね」と素直に言い合うことはなぜか難しい。負けず嫌いが邪魔をして、きれい事ばかりになってしまう。  

それでも私は「まぁ、お互い頑張ろう」とだけ言い、視線をそらして再びプリントに向かった。すると岡田も「うん、そうだね。あとで答え合わせしよ」と言って自席へ戻っていく。この微妙な距離感が、私たちの関係性を象徴してるかのようで、胸がざわついた。


やがてチャイムが鳴り、クラスメイトが続々と登校してきた。教室は一気に賑やかになり、江口や山田たち運動部男子が「朝練終わった~」と大きな声で入ってくる。女子グループの井上や根岸も、春らしいワンポイントアクセを話題に盛り上がっていて、私にはちょっとまぶしい光景だ。斉藤が「そろそろ席について~」と声を張り上げ、担任の今井先生がホームルームを始める。


午前中は数学と世界史、それに英語の授業。3年生向けのカリキュラムは入試対策要素が増していて、先生たちも気合いが入っているのが伝わる。私はもともと文系志望だが、世界史の暗記範囲が広大で正直大変。それでも落ちこぼれはしたくないとノートに必死で書き込みを続ける。気を抜くと隣の岡田のテキパキした勉強姿勢と比較してしまい、妙にあせりが募る。


昼休みが近づくと、私の頭は軽いオーバーヒート気味で、ノートを取った手がじんわり疲れてきた。今日も昼はどうしようかと考えていると、後ろの席の小林が何やら友達に「千葉も行く?」と声をかけてるのが聞こえる。どうやら学食に行こうとしてるらしい。でも私は「行ってみても会話に入れるだろうか」と考えてしまう性分で、いつも断りがち。  

少し悩んだ末に、「あ、でも行ってもいいかも」と思い切って椅子を立つ。こんな私でも一緒に誘ってくれようとしてるのはありがたいし、3年生になったんだし、人との関わりをあまり避けるのもよくないかも。私はおそるおそる声をかけてみる。


「えっと…学食、行くの?」  

「あ、千葉、来る? もちろんいいよ!」  

小林は笑顔で言ってくれて、井上や根岸あたりも「行こう行こう!」と手を振る。こういう陽気なグループは苦手意識があるけど、思い切って飛び込んでみるのもいいかもしれない。


学食は新年度で混雑していたけど、私たち4人はなんとか隅のテーブルを確保して座る。私以外の3人はファッションや恋バナの話で盛り上がっていて、「ドラマの俳優がカッコいい」だの「新しいコスメを買った」だの軽やかに話題が飛び交う。私はどうやって会話に加わっていいか分からず、うんうんと相槌を打つ程度。でもときどき井上が「千葉はどう思う?」と振ってくれたり、小林も「そっか、千葉は勉強忙しいもんね」と話を振ってくれる。  

最初は落ち着かなかったけれど、徐々に「こんなふうに過ごすのも悪くないな」って思えてくる。自分が完璧主義だとか、成績がどうとか、そういう話題とは全然違うけど、それが逆に新鮮。おしゃべりの合間に食べた学食のカレーライスもいつもよりおいしく感じた。


午後の授業が始まる前、教室に戻る途中で井上に「ありがと、誘ってくれて」と小さく言うと、「いいのいいの! また行こうね!」と返される。こういう何気ないやりとりが、少しだけ私の中のカタさを和らげてくれる気がする。昔から“ピリピリした優等生”として見られることに慣れていたし、自分でもそう振る舞わなきゃって思い込んでいた。けど、本当はこうして軽く笑い合える関係のほうが、心が楽なんだよね。


午後の授業では小テストがあった。いつもなら過剰に緊張するところだけど、昼に少しリラックスできたおかげか、比較的落ち着いて解けた気がする。それでも「ミスがあったら嫌だ」と最後まで解答を見直してしまうし、提出したあとも「大丈夫かな」と不安になるのは相変わらず。  

だけど、終業のチャイムが鳴ったころ、私の胸には少しだけ前向きな思いが芽生えていた。完璧でいることが自分の生き方だとしても、時には肩の力を抜いて周りに溶け込む時間も必要じゃないか、と。そこから“何か”が変わり始めるかもしれない……。本当はもっと気楽になりたいんだよ、私だって。


放課後、クラスの山田や江口が「ゲーセン行こーぜ!」と盛り上がり、井上や根岸も「行きたい!」と答えている。私は明日の予習があるから参加しないけど、心の中で「今度は行ってみてもいいかもな」とふと思う。どこかで小林が「千葉も来れば?」と言いそうな気がして、ちょっとだけ胸が弾む。  

もちろん家に帰ったら父と母に「勉強は順調か?」と聞かれるし、今夜も“完璧”であろうとする自分がいるだろう。だけど学校では少しずつ、他の顔を見せてもいいのかもしれない。周りのクラスメイトを見ていると、勉強ばかりでなく部活や友人関係を楽しんでいる人がいっぱいいる。私だって3年生を最高の形で終えるために、もっといろんな人との関わりを持っていいんじゃないか……そう思えるようになった。


校舎を出ると、風が春らしく柔らかくなっていた。桜の季節は終わりかけだけど、少しだけ散らばった花びらが足元を舞うのが見える。私は一つ息をついて、空を見上げる。  

「明日もミスなく、頑張ろう。でも……たまには少しだけ力を抜くのもありかな」


そうつぶやいた自分の声は、意外にも明るかった。ごく小さな一歩だけど、確かに前に踏み出せた気がする。頭上には淡い夕方の空。明日もきっと、この青嵐高校でみんなと共に、自分らしさを探していくのだろう。完璧主義の殻が簡単に崩せるとは思わないけれど、ほんの少し隙間を作れば、そこから新しい風が吹き込むかもしれない。そんな期待を抱きながら、私は家路へと歩みを進めた。

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